12 人間として

 冬馬はハノンが吸血鬼を連れてきたのを見て、またか、と思った。彼が世話焼きなのはよく知っていた。なので、今回もそうなのだろうと、ハノンが何も言わずとも分かっていた。


「彼がボクのパートナーの冬馬だよ。冬馬、こっちはヒカルちゃん」

「初めまして、ヒカルです……」


 ヒカルは力なく名乗った。酔いが回っていた。


「初めまして。まあとにかく、二人とも中に入って」


 冬馬はリビングに二人を通した。ソファに座ったヒカルがほてった顔をしているのに気付き、一旦台所へ行き、水を二杯差し出した。ヒカルはそれを大人しく飲んだ。慣れていない酔血をあんなに飲んだのだ。

 ハノンの方は、今夜は比較的しっかりしていて、事の顛末をハキハキと冬馬に話した。


「そんなわけで、しばらくうちで面倒見ようかなと」

「うん、オレはいいよ。いつものことだろう?」


 冬馬は両手を上げ、肩をすくめた。


「冬馬ならそう言ってくれると思った」


 ハノンは冬馬の頬をつんとつついた。

 時刻は深夜一時を過ぎていた。正直冬馬はそろそろ眠りたかったところだったが、ヒカル、そしてハノンのためにも、もうしばらく起きていることにした。


「とりあえず、ソファに寝てもらうのでいいか?」

「うん。もう寝ちゃいそうだし、このまま横にならせてあげよっか」


 すでに朦朧としていたヒカルをソファに横たえさせた冬馬は、次に寝室に行き、ブランケットを取ってきた。吸血鬼といえども、暑さ寒さは感じる。季節は冬になりつつあった。このままの恰好だと可哀相だと思ってやったことだった。

 ヒカルが寝息を立て始めたのを確認して、ハノンはシャワーを浴びに行った。その間、冬馬は寝室のダブルベッドで横になって待っていた。


「律儀だねぇ、冬馬は」


 冬馬が寝ずに自分のことを待ってくれていたのを知って、ハノンははにかんだ。そして、彼の隣にすべりこんだ。


「ねえ、ボク今夜はまだ飲み足りないんだ。貰ってもいい?」

「いいよ」


 そう言って冬馬は、寝転んだ体勢のまま、ハノンに左手を差し出した。彼が飲むのは、薬指からだ。ハノンはいつもより強めに冬馬の血を吸った。


「冬馬。ヒカルに血をあげちゃダメだよ?」

「わかってるって。オレはハノンだけの酔血だから」


 そして二人は顔を近付けた。洗いたてのハノンの髪から、シャンプーの香りがするのを、冬馬は楽しんでいた。リビングにヒカルを寝かせているという状況が、彼の気を高ぶらせた。


「ハノン。抱き締めていいか?」

「もう、しょうがないなぁ」


 彼らはしっかりと互いの肌を触れ合わせた。


「好きだよ、ハノン」


 冬馬が言うと、ハノンは寂しげな顔付きになった。それが冬馬には意外で、何故だ、と口を開こうとした。


「ボクも、冬馬のことが好き。だからこそ、冬馬には人間としての幸せも掴んで欲しい。本当は欲しいんでしょう? 自分の子供……」


 それは、吸血鬼としてのハノンの勘で、直接冬馬から聞いたわけではなかった。


「欲しくない、と言えば嘘になる」


 冬馬は正しく本音を打ち明けた。ハノンに対して濁したり装ったりすることを、何よりも嫌っていたからである。そのくらい、彼はハノンに真摯でありたかった。


「やっぱりね。母子家庭だって聞いてたから、なんとなくそうなんじゃないかと思ってた」

「当たりだ。やっぱりハノンは鋭いな」


 冬馬はハノンの白銀の頭を撫でた。


「ボクは吸血鬼だから、冬馬の子供は作ってやれない。その前に、男だしね」

「そうだな。それでもオレは、ハノンのことが好きだから」


 今度はハノンも顔を赤らめて目を閉じた。何百年生きていても、ハッキリと口に出して好きと言われることに、喜びと気恥ずかしさを感じるのだった。それから、ハノンは今までのパートナーたちのことを思い返した。何人も、こういう関係になって、そして、看取ったのである。冬馬もそうなるのか、と思うと、何とも言えない侘しさに襲われた。


「ボクは吸血鬼だ。見た目もこのまま変わらない。その間に冬馬は老いていく」

「うん」


 ハノンは早口になり始めていた。


「チャンスがあるのなら、迷わず掴んで欲しい。人間が老いるのは、ボクにとってはとても早いんだ。だからちょっと、焦っているんだよ」

「でも、ハノンの酔血になることは、オレ自身が決めたことだから。これでいいんだよ」


 ハノンは冬馬の瞳を見つめた。よく澄んだ、綺麗な瞳だ。出会った頃からこれだけは変わらない。そして、頑固なところも。


「そうだ、ハノン。お前のパートナーになったまま、結婚して子供を持った人間っていたのか?」

「ううん、居ないよ。そんなの、結婚相手が納得するわけないじゃない」


 ハノンは冬馬の手の甲に爪を立てた。


「オレさ、何とか見つけてみせるよ。そういう相手」


 冬馬はハノンの指を掴み、手の甲から引き剥がした。


「本当に? アテでもあるわけ?」

「実は、この前飲んだ新人の女の子がオレに気があるらしいんだ」


 冬馬がそう感じたのは、定型文ではないメッセージがひっきりなしに彼に届くようになったからであった。今度二人だけで飲みに行きたいとも言われていた。そして冬馬自身も、彼女のことを憎からず思うようになっていた。会社でもあまりに慕われるので、自然とそうなっていた。


「もし、彼女に覚悟があるのなら、ハノンとのことを打ち明けてみるよ」

「そっかぁ。上手くいくとは思えないけどね?」


 ハノンは心配だった。今まで一度もそんな事態になったことは無かったのだ。しかし、冬馬の頭の堅さを知っていた彼は、もうなりゆきに任せることにした。

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