僕の日常

 僕の日常は、登校して必ず因縁をつけられる所から本番が始まる。

 僕をイジメている男子の太一たいち君は、他の生徒に命令して教室の扉を閉め切る。


 それからは、みんなの見ている前で裸になり、踊るように指示をされたり、自分から踊れと言っておきながら、「気持ち悪いんだよ」と腹を踏みつけてくるのだ。


 今日もまた、僕は一糸纏いっしまとわぬ姿で、ボールをリフティングしている。


「落としたら、バツゲームだぞ」

「うっわ。汚ぇもん、揺れてるよ」


 ゲラゲラとクラスメート達がわらう。

 その中で、一緒になって嗤う彩香あやかさんの姿が目に留まった。


 太一くんの彼女で、同じくイジメっ子の女子、彩香さん。

 いわゆる『ギャル』ってやつで、性格はキツイ所があるけど、活発で男女の垣根かきねを超えて接しており、ムードメーカーな一面がある子だ。


 手入れの行き届いた金色の長い髪で、前髪は片側に寄せて、インナーは半分だけ濃いピンク色に染めている。

 肌は色白できめ細かく、目はブラウンのカラーコンタクトを入れているのか、水晶玉のように透き通っていた。


 そして、制服はだらしなく着こなしたシャツの上に、黒を基調としたパーカーを着ていた。

 今流行りなのか分からないけど、斜めにチャックが付いているデザインで、半開きにしているおかげで中がチラチラと見えるのだ。


 見えると言えば、スカートの丈も短く、ミニスカにしている。

 少し動いただけで下着が見えるので、思えば『これ』が原因で鬱屈うっくつとした日々が始まったのである。


 矛盾するが、僕は彩香さんにイジメられるのは、割と平気である。


 彼女は笑うと目じりを持ち上げて、いたずらっ子のような笑顔になり、僕にはその小悪魔のような笑顔がとても美しく見えている。


「チッ。何、ジロジロ見てんだよ。ッらぁ!」


 いきなり、腹を踏まれ、僕は前かがみに倒れた。


「一回もできてねえじゃん。なに? 罰ゲームしたいの?」


 他の生徒が嗤う。

 僕の前には、ニヤついた太一くんが立っていた。


 僕が鬱屈としているのは、こいつが原因だ。


 背が低いくせに、体つきはガッチリ。

 目は細くて、色黒。

 野球部に所属しているらしいが、ウチの学校は強豪校でもなければ、弱小の中の弱小。


 一回戦敗退が常の部である。


「ほら。ピースしろよ」

「……え?」

「記念撮影してやるよ」


 太一くんが、リングをはめた腕の甲をこっちに向ける。

 リングのスリットからは、青いレーザーが出力された。


 レーザーは横一直線に発して、僕の頭の天辺から足にかけて、隅々をスキャナしていく。


 何をしているのか、というと『立体写真』を撮っているのだ。

 もちろん、初めてじゃない。


 スキャナが終わると、何もなかったはずの床には、ミニサイズの僕が現れた。


 サイズにして、10分の1。

 フィギュアサイズである。


「ぎゃっはっは! 気持ち悪いぃ!」


 クラスメートは爆笑していた。

 床には、ツンツン頭のメガネを掛けたデブが、裸でピースをしているのだ。


 MR技術を悪用したホログラフィーである。


 本来ならば、『図面』や『模型』などの『教材用データ』を映し出すMRなのだが、ろくでもない輩が悪用すれば、教室で『立体アダルト写真』を見たり、このようにホログラムを使って、いじめられっ子の間抜けな姿を映し出すことができてしまう。


「はっは! いいじゃん。古川、超イケメン」

「女子が、すんげぇ見てるよ」


 周りの女子達は引いていた。

 当たり前である。


「先生くる前に消しなよ」

「背筋寒くなってくるわ。あー……、キモ」


 女子達の半分が引く中、もう半分は嗤っている。

 その中に、彩香さんもいて、「受けるんだけど」と、腹を抱えていた。


 そうこうしていると、次の授業の時間が始まる。

 教室の扉がガタガタ揺れ、慌てた男子が扉に走っていくのが見えた。


「ま、待って。まだ服着てない!」

「着るんじゃねえよ! テメェは裸で過ごしてろ!」

「ちょ、っと、離し……」


 太一くんは舌打ちをして、膝で腹を蹴ってくる。

 ずっしりと重くて、服を掴んでいた手を離し、僕はお腹を押さえてうずくまる。


 僕が呻いていると、皆はそそくさと自分の席に戻っていく。

 扉が開いて、先生が教壇きょうだんに向かって歩いてくる。


 前を向けば、後ろの席には僕がいて、当然目と目が合う。


「古川ァ! お前、何て格好してんだ!」

「い、や、その……」

「通報される前に、さっさと服着ろ! バカヤロウが!」


 大声で怒鳴られた後、教室には静寂が訪れた。が、すぐにクスクスと笑い声がそこら中から聞こえてくる。


「……う、はい」


 腹を擦り、僕は下着を履いた。

 その間、先生はずっと僕を睨んでいた。


「おい」


 先生が近づいてくる。


「なんだ、これ?」


 僕の足元には、まだホログラムが残っていた。

 本来なら、ここでイジメを疑ってもよさそうなものだが、先生はそうは思わなかった。


「悪さばかりしやがってよ。あぁ?」

「違うんです。これは……」


 僕が口を開いた直後、太一くんは大声で言った。


「休み時間にいきなり服脱いで、撮ってくれって頼まれたんスよ」


 太一くんに便乗して、周りの生徒も頷く。


「そうそう。オレら止めたんですよ」

「泣いちゃった女子もいたなー」


 すると、見る見るうちに先生の顔は赤くなっていき、目をカッと見開く。


「古川ァ!」


 手を大きく振り上げ、僕は身構えた。


 バチン、と片方の耳を叩かれる。

 耳鳴りがして、僕はその場に蹲った。


「後で職員室にこい。どうしようもねえ、バカヤロウがよぉ」


 顔を上げると、先生はそのまま教壇に戻っていく。


「おし。じゃあ、今日は項目42からだ」


 僕を無視して授業が始まる。

 教壇の隣には、戦争時の映像が出力される。


 急いで服を着て、僕は痛むお腹を擦りながらタブレットを起動した。


「えー、長崎と広島で、したんだ。それをから、今はごめんなさいしてるってところだわな。これ以降も日本は悪さばかりしたから――」


 退屈な授業が始まった。


「センセー。バアちゃんから聞いた話と違うんスけどぉ」

「国が制定したんだから、お前のバアちゃんより、こっちが正しいんだよ。バカ。いいから、頭に詰めとけ」


 生徒の一人が不満そうに口を尖らせる。

 僕からすれば、どうだっていいことだった。

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