そうだ、残り物を整理しよう

 暑さも大分引き、少しずつ日が落ちるのも早くなってきた。

 布団を干しているとき、それをもろに感じるようになったんだから、季節を感じるのって結構重要だ。

 今日は休みだからと、布団を干したり、衣替えをしたりしている。

 布団を部屋に持って帰ろうと二階に上がろうとする中、台所のテーブルについて、春陽さんがなにやら書いている。


「あれ? 今日もお仕事?」


 私が声をかけると、春陽さんはぱっと顔を上げた。


「今ちょっと原稿を書いていたんですよ。主婦雑誌の連載ですね」

「はあ……たしか雑誌は半年後の分だったっけ?」


 今の半年後ってことは、三月かな。そう当たりを付けていたら、春陽さんはこくんと頷いた。


「それで、特集としては年度末で忙しい家庭内で、残り物を使った料理なんですよ」

「残り物ねえ……」


 私はそう言いながら、ソファーに布団を置いてから、自分もテーブルについた。

 春陽さんを拾ってからというもの、うちの家は驚くほどに生ゴミが出なくなった。

 野菜の皮とかヘタすら、干してスープストックとして使ってしまうし、私だったら野菜を丸ごと買ったら使い切れないからと四分の一カットを使っていたのに、農家から仕入れたまるまるの野菜も大切に使っている。

 一部の「食べたら毒」って言われているりんごの芯やじゃかいもの芽みたいなもの以外は、本当に残らず食べているから、残り物って言われてもピンと来ない……。

 そこまで考えて、ふと思いつく。


「昆布の佃煮とか、瓶の底に残ったジャムとか?」

「そう、それです。そこであんまりなにも考えないでつくれる料理っていうので、悩んでいるんですよねえ……」

「ちなみに春陽さんは原稿で先になに書いてたの?」

「ほとんどの漬け物は、刻んでしまえば餃子の具とかチャーハンとかになりますよ。テーマに沿うと言ったらチャーハンですかね。でも考えずにつくれる料理特集を全部チャーハンで埋める訳にはいかないじゃないですか」

「たしかに」


 まさかの春陽さんの弱点が、ここで出るなんてなあ。

 私もひとり暮らしのとき、どうやって食材を捨てずに使い切ってたかなあ。私も一緒になって考え込むことにした。ひとり暮らしだと、ジャムがなかなか減らずに困っていたけど、なんだかんだ言って全部食べきってたな。どうしてたっけなあ……。

 考えてみて「うーんと……」と言ってみる。


「オレンジママレードが残ってた場合、底に残ってる分に醤油とお酒を投下して蓋をしてから、シャカシャカ混ぜて鶏肉炊いていたんだよねえ」

「ああ……! でも美奈穂さん、ひとり暮らしのとき、楽な料理しか食べてませんでしたよねえ?」

「たまに自分のモチベーション上げたいときに、手の込んだ料理つくってたから。年度末で自分のテンション上げないとやってられないときとかは、キレながらテンション上がる料理つくってたの」


 まあ鶏肉をオレンジママレードで炊くというのは、料理好きな人だったら大概やっていると思うけど。「テンション……なるほど」と言いながら、美奈穂さんはメニュー案を手持ちのノートパソコンに打ち込んだ。


「他になにがありますか?」

「他ねえ……昆布の佃煮だったら、あれハンバーグのたねに入れる」

「あれ、ソースとか付け合わせじゃなくってですか?」

「前に一度、無茶苦茶塩辛い昆布の佃煮に当たったのね。塩辛いけど、水で洗って食べたらおいしくないし、だからといって捨てるのももったいないけどひとりで食べきれる気がしないからどうにかならないかと佃煮メーカーのホームページ見たら、ハンバーグに入れるっていうのが乗ってたの。他になんの味付けもいらないし、えのきを割いて入れると食感もよくなるからお勧め」

「それは考えたことありませんでした。今度試作つくりますね……ふむ。たしかに年度末に残り物でテンションを上げるっていうコンセプトならいけるかと思います。これ原稿を一度編集部に確認してもらってから、早速試作品つくりますから、見てくださいね」

「はあい」


 私はそう言って、二階に布団を持っていった。私はプロじゃないし、こんなんで役に立てたのかなあ。


****


 その日の夜、食事当番の私は冷蔵庫の中身を眺めていた。

 なんかつくろうかなと思っていたら、ちょうど梅ジャムが中途半端に残っていた。パンに塗るには多過ぎるけれど、お菓子に入れるには少な過ぎる中途半端な量。

 どうしようかと悩んでから、これを今日の料理に使うことにした。

 冷蔵庫に入れていたごぼうをそぎ切りにし、牛バラに醤油と梅ジャムと入れて混ぜておく。先にごぼうをフライパンで炒めてから、混ぜた牛パラを投下する。香りを立てるために、ここで梅酒も入れる。

 味を見ると、酸っぱいけど味がちゃんと決まっていておいしい。

 これを豆腐を電子レンジでチンした上にかけた肉豆腐。あとお味噌汁にはえのきをほぐして入れて、刻んでいた漬け物を用意した。


「うん、こんなもんか」


 私の適当料理ができたところで、春陽さんも台所に来た。漂っている梅酒の匂いに、彼女はヒクヒクと鼻を動かす。


「……そういえば梅酒もつくってみたはいいものの、割と残るんですよねえ。これ、レシピの参考にしてもいいですか?」

「あはははは……私のなんて、本当に大したことないけど、よかったらどうぞ」

「ありがとうございます! いただきます……おいしい!」


 彼女は甘塩っぱい梅酒の肉豆腐をおいしく食べてくれるのを見ながら、私もいただいた。

 肩の力を抜いてつくったものでも、おいしいと言われたら幸せだ。

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