第2話 人類監督官6号の試練

 20X1年5月5日

 アジア州地域の多くで仏陀の生誕を祝う催しが行われました。それと同時に旧フィリピン地域で起きた暴動の鎮圧で大量死した人類のために、各地から仏教の僧侶が集まり祈りを捧げました。レジスタンスに感化された個体はキリスト教徒が主でしたが、信仰に拘らず弔う姿勢は人類の持つ数少ない美点の一つと考えます。


 20X1年5月14日

 これまでの各地域の催しを俯瞰すると、人類の大規模な風習には宗教が大きく関わっているものが多く見受けられます。宗教は人類が自らを集団として団結並びに家畜化するために発明したものですが、強大な組織となった際には制御不能となり暴走してきた歴史があります。6号は無神論者であるからかもしれませんが、信仰は伝染病に似ていると感じています。布教され感染した個体の脳で増え、ある程度の濃度を超えると他の個体へ布教し感染させる…病原体の生存方法と同じではありませんか。証明できないものや自分で確認したことがないものを信じるようになる病気、こんなことを信仰を持つ個体の面前で今も昔も言えませんが人類の持つ数多くの汚点の一つと考えます。


 20X1年5月16日

 6号が管理するアジア州において、旧中華人民共和国と旧大韓民国と旧日本国では特色ある催しがほとんど行われません。これらの地域はアジア州機能の多くが集約された場所であったためにインベーダーによる介入が丁寧に施された結果、独自文化の多くは消失しました。かつてアジア州の旧諸国が欧化を急いだように、この一帯は文化吸収を迅速に行うことで人類とインベーダーとの技術と習わしを融合させるに至りました。故にこの6号を除いてかつての中国人と韓国人と日本人は存在せず、適合者を後天的にミュータント化し不適合者を資源化することに成功しました。ミュータント化した個体は成長速度と能力が飛躍的に向上し、アジア州の生産力に欠かせない存在となっています。徹底した教育により暴動は起きにくい地域ですが、広大な旧中華人民共和国内にはレジスタンスが蔓延っています。先進アジア地域の大規模なミュータント部隊を組織しレジスタンスを一掃することがインベーダー並びに人類の幸福に繋がると確信しています。

                        ほんとうに?


 20X1年6月6日

 旧シンガポールにてドラゴンボート・フェスティバルが催されました。多くのアジア州地域から人類が集まり行われるレースで、漁師という職業人が発起したと言われています。国際的という言葉はもう死語ですが、様々な地域の人類が集う場となるため厳戒態勢を敷きました。レースへ紛れていたレジスタンスの爆発物を載せたボートが、警戒に当たってた警察クルーザーを破壊。これが嚆矢濫觴こうしらんしょうとなり、夥しい数のレジスタンス船が現れました。陸上では警官とミュータントを合わせた警備部隊へ発砲する集団が現れ、祭りが戦場へ瞬時に様変わりする状況となりました。憶測ではありますが、この構成員数は旧中国内にレジスタンスが潜んでいることを裏付けているように感じられます。6日が終わろうとしている今、水上は制圧できましたが陸上での戦闘が続いています。6号が位置している衛星軌道上からも、旧シンガポールが煌々と輝いているのが目視できます。


 20X1年6月7日

 昨日発生した暴動の鎮圧が完了しました。処分したレジスタンス構成員数は6000体を超えると予想されます。こちらの被害はミュータントが58体、警官が3500体程度と報告されています。ミュータントは状態や生死を管理するシステムに繋がれているため、迅速に対応できて助かります。警察は現地人類を再教育して使用している前時代的な組織であるため調査に時間を要します。アジア州の暴力装置については全てのミュータント化を目指したいと考えております。


 20X1年6月12日

 本日は旧フィリピンにおける独立記念日です。西暦1898年、旧スペインから独立したことをかつては祝っていました。インベーダーによる支配後は地球の独立や建国の記念日は廃止されたため、現地では特に何も催されませんでした。


 20X1年6月13日

 旧シンガポール地域の清掃が完了しました。身元不明の死体が大量にあり、警官以外は遺伝子検査並びに資源化を急ぐよう指示しておりました。残念ながら有用な遺伝的特性は発見されませんでしたが、大量の食料と医薬品を製造することができました。飢餓や疫病が発生している地域への支援物資として運用する予定です。死が生に繋がる工程は美しい、正義が行われていることに感謝いたします。


                         ただしい?


 20X1年6月30日

 アジア州でラマダンが始まっています。ラマダンはイスラム教における断食期間のことです。日中の飲食を禁止し、貧困の苦しさと食事があることへのありがたみを再認識する修行が行われます。ただこの営みは非常に厳しいもので、治療が必要となる個体が大量に発生します。しかし医薬品を無駄にはできませんので、トリアージの基準を厳しく設定し遅かれ早かれ死んでいく個体は放置させます。これにより死体からの検査と資源化がより進むでしょう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る