第三章 メイドのエリーと魔寄せの石 その6




 村から一キロほどの場所に高さ百メートルに達する塔のような大きな岩があり、その付近にモンスターがいる。


 程なくして岩のすぐ下に辿り着くと、確かにそこにはモンスターが居て、こっちに気付くと唸り声を発し威嚇してくる。だがこれまでの中級や上級モンスターと違いサイズは大きくなかった。


「サマエル、アレって知ってる?」


「ふむ……冒険者たちは、カンガリオンと呼んでいたな。ランクは上の下、あたりか」


 大きさと見た目はカンガルーの雄っぽいが、口には猛獣の如き牙が生え、体の色は黄色で豹柄だった。って筋肉ムキムキやないかい。


「おっ、なにか始めたぞ」


 マルコシアスが楽しそうに言った時、カンガリオンの左右の空間が円く歪んで見えた。


 カンガリオンは歪んだ空間の中に手を突っ込みすぐに引き出す。すると両手にはショートソードが握られていた。


「あいつ、なろう系チートの定番、アイテムボックス使えるやん」


「そういえば前に来た時も、上級の中には武器を出現させるモンスターがいたな」


 カンガリオンは前傾姿勢になり戦闘態勢をとるが、突撃してこず慎重にこちらの様子を窺っている。


「うへへっ、あの目付きの悪いカンガルー、二刀流の剣士かよ。遊びがいありそうだな」


 マルコシアスは戦う気満々で前に出ようとする。


「待てよマー坊、次のモンスターは俺の獲物だろ」


 サマエルが睨み付けて言う。


「確かにな。マルコはデカ猫と戦ったし、次はサマエルの番やな」


「ふざけんなよ。あのクソ猫なんて戦ったうちに入んねぇだろが。だからノーカンだノーカン」


 マルコシアスが言った瞬間、カンガリオンが襲い掛かってくる。ってやっぱ一番デカい俺にくんのかい。


 カンガルーの如く飛び跳ねて一気に間合いを詰めたカンガリオンは、容赦なく首を狙い剣を振り抜く。


 こいつめっちゃ動きが速い。流石上級ってとこか。だが余裕で躱し、それぞれ三方向に回避した。でも酒場にいた冒険者たちだったなら、今の攻撃で終わっていたかも。


「次に襲われた奴が相手するってことでいいな」


 回避と同時に提案する。


 そしてカンガリオンが次に斬りかかったのはサマエルだった。


「ふははははっ、ということで、こいつは俺の獲物だ」


 サマエルは達人レベルの剣技を飛びながら躱し、悪魔の特殊能力で異空間より武器を瞬時に出現させる。


 サマエルが右手に取った武器は、突きと切る両方ができるバージョンの細身の長剣、レイピアだった。鍔や柄の部分は金色で、貴族の持ち物のように豪華な造りだ。


 本来はもっと大きなサイズの武器なんだろうが、小さくなっている召喚悪魔たちに合わせるように、魔法書の力で自動的にサイズダウンしている。


 既に俺とマルコシアスは後方へと回避していたが、マルコシアスは納得いかない様子で愚痴っていた。


「おーいサマエル、戦い方は任せるけど、この辺りの森は破壊するなよ。食糧源って言ってたし」


 忠告するがサマエルは「ふんっ、知ったことか」と返す。ですよねぇ、悪魔だしこいつら。全然ゆうこと聞きゃしねぇ。って俺が召喚したんじゃないし当然か。


 カンガリオンは容赦なく小さい体のサマエルに剣を振り下ろす。だがサマエルは簡単に往なして弾き返す。するとカンガリオンは連続して剣を繰り出した。


 サマエルは襲いくる二本の剣を全て捌きながら、隙をみて突いたり切ったりの攻撃を仕掛ける。しかしカンガリオンもその攻撃を完璧に捌ききる。


 凄まじいスピードで剣を繰り出し続ける二人の周りには、鎌鼬のような剣風が巻き起こり、その場から移動するたびに周りの植物を切り刻む。


 二人のスピードは既に低級の冒険者には、何をやっているか理解できないほど速く、重力を感じさせない縦横無尽の動きで剣技を繰り出し続ける。


「やるやん、豹柄カンガルー。あれだけ速く飛び跳ねて動けるとはな。酒場の冒険者たちがビビるのも無理はない。巨大モンスターじゃないけど、パワーもあるし」


 隣でイライラしているマルコシアスが地面に唾を吐き、「どこがだよ、ザコだろザコ」と言い返す。


 カンガリオンは一旦距離を取ると魔力を高め全身より黒いオーラを放出する。その力の凄まじさは大地が大きく揺れるほどだ。


 サマエルは合わせるように魔力を高め赤いオーラを全身より解き放つ。それはカンガリオンの魔力より遥に強大だった。


 カンガリオンは臆する事無く突撃し、また剣で攻撃しようとする。だがそれはフェイントであり、口から燃え盛る業火を吐き出す。そのタイミングは完璧であり回避するのは不可能と思われた。


 直撃を喰らうと思われた瞬間、サマエルの蛇の尻尾が伸びて前に移動し、口から炎を吐きだす。


 蛇の頭は小さいから炎の質量も少なく見えるが、その火力はカンガリオンが吐き出した業火の上をいっており、少し鍔ぜり合った後、業火を押し返しダメージを与える。


 瞬時に後退したカンガリオンは怒りの雄叫びを上げ更に魔力を高める。すると体の色が黄色から紫色に変化し、背中には大きな蝙蝠の羽根が現れる。


「スゲーな、パワーアップ変身できるやん」

「色が変わって羽が生えただけだろが、ショボいんだよクソが」

「いやいや、物凄く魔力上がってるし」


 さっきサマエルは上の下とか言ってたけど、ランクは中か上はありそう。こりゃ倒した後の原料が楽しみだ。


「ほう、それが本気というわけか」


 サマエルは楽しそうに微笑んでいる。すぐに倒さずに遊ぶつもり満々だ。


 空高くに急上昇したカンガリオンは、口から魔力の塊である光弾を吐き出す。


 サマエルは光弾に自ら向かっていき、三日月形の斬撃を飛ばし光弾をいとも簡単に切り裂く。

 光弾は大爆発して爆煙で視界が閉ざされる。だがその煙の中でサマエルとカンガリオンは戦っており、剣とレイピアが激しくぶつかり合う金属音が鳴り響く。


「もう飽きた。それが限界なら止めを刺す」


 サマエルは眼前の空間を斬るようにレイピアを振り、凄まじい衝撃波を放つ。カンガリオンは回避できずに二本の剣で受け止めるが、こらえきれず後方へと押し込まれ、聳え立つ大岩に激突した。


 既にサマエルは次の攻撃を放っていた。魔力を纏った巨大な光る斬撃が、大岩にめり込むカンガリオンに直撃して大爆発する。


 この一撃で岩の上部は完全に破壊され、カンガリオンは大ダメージを負い、落下して地面に叩きつけられた。


「だーかーらぁ、破壊するなって言ったやろ。しかたがねぇなぁ、まったく」


 爆発音は村まで聞こえたはずだ。誰かが戦っていることは冒険者たちにバレてしまった。因みにこの時、暇なマルコシアスは周りの木々から果物を採ってムシャムシャと貪っていた。


 カンガリオンは流石に上級モンスターだけあり防御力やライフも高く、近くにあった剣を一本掴むと、ふらつきながらも立ち上がる。


「戦意喪失はしてないようだな。もう少しだけ遊んでやろう」


 サマエルは同じ目線の高さまで下りて言う。


 突撃したカンガリオンは防御を捨て、玉砕覚悟で大振りだが渾身の一撃を連続して繰り出す。だが全て弾き返されると、今度は意表を突いて体を横回転させ、尻尾を鞭のようにしならせ攻撃を仕掛けた。


「ぬるいんだよ」


 サマエルは吐き捨てるように発し、カンガリオンの尻尾を斬り落とす。


 ダメージを負って瞬間的にサマエルを見失ったカンガリオンは、次にその姿を見た時に驚愕する。自らを取り囲むように、サマエルが十人に分身していたからだ。


「フィニッシュだ」


 残像ではなく悪魔の異能で分身している全てのサマエルが同時に、レイピアを振り抜きカンガリオンを切り裂く。


 回復不能な大ダメージを負ったカンガリオンは、ボンっ、と音と煙を出して消滅する。何度見てもゲームみたいで面白い。


 サマエルはレイピアを消した後、地面に落ちた原料を拾い、こっちまで飛んで来て投げ渡す。


「おっ、またしてもきん。デカ猫と同じぐらいの重さやな。上級モンスター様様ですわ」


 思わず金を凝視しながらにやりと笑っていた。


「サっちん時間かけ過ぎなんだよ、もう少しで寝るとこだったぜ」


 マルコシアスはデカい椎茸のようなキノコを何個もムシャムシャと生のままで食べながら言った。ってソレ、村の人が栽培してるやつなんじゃないの。


「てか今更だけど、モンスターって血とかでないよな。臓器もなさそうだし」


「そういやそうだな。血がドバって出たり、内臓ドロンっていうグロいのないもんな」


 マルコシアスが返す。


「そもそも生物じゃないだろ、この世界のモンスターは」


 サマエルが的確な意見を述べる。


「だな。でもどうやって作るのか興味あるわ」


「俺様的には食えたらよかったんだけどな。見た目が上手そうなやついっぱいいたし」

「いやどこにおってん」


「いただろが。猫に熊にキノコとか」


「アレが食材に見えるお前が怖いわ。って言うかキモっ」

「んだとこのクソ無職‼ もっとまともなもの食べさせてから言えや‼」

「お前に食べさせる責任はない。文句があるなら召喚者の優希に言え。あいつが保護者やろ」

「ぐぬぬ……優希の名前だしゃいいと思いやがって……俺様は別にビビってねぇけどな、いつかやってやんよ」


 マルコシアスは悔しそうに空中で地団駄を踏んだ。


「おい、そろそろ出てきたらどうだ、居るのは分かっている」


 サマエルが後方に向けて言う。だが動きがないので俺も呼びかけてみた。


「長老に言われて、本当に倒すか確認しにきたんやろ」


 すると二十代ぐらいの男の村人が姿を現す。大柄の白人系で槍を持っている。


「すみません。隠れているつもりはなかったんですが、戦いが凄すぎて、怖くて動けませんでした」


 村人はまだ少し震え気味でおどおどしていた。


「あのさぁ、この程度の被害なら村としても文句はないよな。モンスターはちゃんと倒したし」


「は、はい、勿論です」


 村人は引き攣った顔で返事した。


「じゃあ村に帰りましょうか。長老の家まで案内よろしく」


 村の方向へと歩き出しながら言う。


 悪魔の無双っぷりを見た村人は怯えており、村まで帰る間、一言も話すことはなかった。村人は普段から戦いとは無縁なだけに、その態度は仕方がない。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る