第49話 キキョウの葛藤

          ★


 夜が更けあたりが静まり返る中、何かが動いた。


 身体を起こし、銀の瞳を輝かせたキキョウは、床で眠っているライアスとキャロを一瞥する。


 二人は、久々の再会を喜んでか大量の酒を呑み、敷かれている布団に辿り着くことなく力尽きていた。


 ライアスは普段通りに左向きに寝ているのだが、キャロはそんなライアスの背中に頭を預け、幸せそうな表情を浮かべていた。


 気配を殺し、二人に気付かれないように外にでたキキョウは涼しい空気を一杯に吸い込んだ。


 小屋の中はアルコールの臭いが漂っていたし、何より普段感じられない臭いがして落ち着かなかったからだ。


 空を見上げ、月明かりを浴び、銀の瞳を輝かせる。

 今日一日、様々な事件が起こったことをキキョウは順に思い出す。


 朝になりライアスを送り出したこと、その後すぐにキャロが転移してきたこと。

 互いに相手を疑い、色々あって泥だらけになってしまい風呂に浸かったこと。

 ライアスに裸を見られたこと、キャロが迷宮で戦ったこと。


 キキョウは胸を強く掴む。こんなにも心を大きくかき乱されるとは思っていなかった。


「ライアスと別れたくない……」


 誰もいない場所で、キキョウは思っていたことを口にした。

 それが、戦友を失うからなのか、一人で置き去りにされる恐怖なのか、あるいは……。


 父の姿が浮かび上がる。泣いているだけで何もできなかった彼女に冷たい目を向ける。


「そのためには、私は……」


 今こそ強くならなければならない。大切な者を失わないための強さを……。


 キキョウの覚悟が夜空へと溶けて行った。


          ★


「昨日で大体わかったから、今日からは二階に行きましょう!」


「えっ? まだ戻らないのか?」


「何よ、そんなにキキョウと二人きりになりたいの?」


「いや、あまり待たせるとトーリやメアリーに悪いかなと……」


 昨晩、俺とキャロはこれまでにあったことを酒を呑みながら話し続けた。

 互いの苦労話を笑い合い、トーリやメアリーの状況も聞けた。


 そのせいで、二人に会いたいといういう気持ちがより一層強くなってしまった。


「まだ昨日の狩りで満足していないからね。ここなら滅多に遭えないレアモンスターが当たり前のように出現するのよ」


 確かに、リザードマンウォーリアは討伐依頼を受けて倒すものだが、そう言った依頼はそこまで多くない。

 青鬼にやキキョウの故郷のモンスターは俺たちの故郷には存在していないため、好奇心旺盛なキャロが未知のモンスターを求める気持ちはわかった。


「それに、昨日かなり稼げたんでしょう?」


「まあ、そうだな……」


 魔石をガンガン消費していくスタイルのキャロだが、その分殲滅力が高く、これまで俺が見せてもらったことがないような高威力の魔法をガンガン繰り出すと、モンスターを瞬殺していた。


 そのお蔭もあってか、短時間で移動することができ、効率的にドロップを集めてptを増やすことができた。


「今の私は昨日よりもかなり調子がいいの、きっと今日も活躍できるわよ」


 杖を握り締め、楽しそうにキャロが告げていると……。


「おはようございます、二人とも」


 目が覚めるとどこにもいなかったキキョウが小屋に入ってきた。


「おはよう、朝から出掛けていたのか?」


「ええ、少し……」


 相変わらず口数が少ない。昨日も、キャロと酒を呑み話をしながら彼女に話を振ったのだが、一言二言で黙り込んでしまった。


 今日の狩りは二階だし、できればキキョウにもいて欲しかったのだが、この様子では誘うのをやめておいた方がいいだろうか?


 だが、キキョウは昨日までとは違って、強い目で俺を見た。


「ライアス、今日からは私も戦いますから」


「大丈夫なのか?」


 俺は彼女の様子が心配になり聞いてみる。


「ええ、平気です。今朝も一人で一階で戦ってきましたから」


 そう言われてみると、彼女の身体のところどころが汚れているのに気付く。装束は洗ってあったし、刀も手入れ済みだったはず。それらに使われた痕があるということは、キキョウの言うことは本当なのだろう。


「無理しすぎだろ……」


 一度は戦うことへの恐怖で武器を手に取ることすらできなくなっていた。そんな彼女が単独で迷宮一階に入ったということで、俺は無事で良かったと思うと同時に、危険な行動をとるキキョウに背筋が冷たくなった。


「勿論今後も足を引っ張るつもりはありません、次に足手まといな行動をとるようなら見捨てていただいても結構です」


「いや……見捨てるなんてあるわけないだろ」


 真剣な目で俺を見る。瞳に曇りもなく彼女が本心からそう言っているのがわかった。


「ねえ、話が済んだなら行きましょうよ」


 そんな俺たちにキャロが話し掛けてくる。


「今日は戦えるんだ? よろしくね、キキョウさん」


「ええ、よろしくお願いします。キャロさん」


 二人してお互いを目をみて挨拶をする。いざとなったら俺とキャロでフォローすることもできるだろう……。


 俺は覚悟を決めると、二人を連れて迷宮二階へと進むことにした。


 

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