少女の初恋事情

月曜放課後炭酸ジュース

第1話

プロローグ

「恋のお悩み解決します、させます。してみます」



 本当に好きな人がいたとする。

 皆だったら、どうする?

それを私に教えて欲しい──瞳がその人にしか向かなくなったらどうすればいいのかを──私に教えて欲しい。

そしてそれを教えてくれるのが今すぐだと嬉しい。

因みに。

自己紹介みたいになってしまうが、そんな質問をしているこの私は人類最強──神定 《かんじょう》 手紙てがみ

世界一の探偵で、配達人だ。

どこにでも駆けつけるし、どんな事件でも瞬く間に解決する。

比喩ではなく、瞼を閉じて、それを開けた次の瞬間には解決している。

嘘じゃないぞ。

本当にしてきたんだから、これは正しいんだよ。

そしてそれを可能にしているのは、私の世界一の戦闘能力とこの世の全てを明晰にする程の推理力があるからである。

人類で一番強い、そんな私だからとは言わないが、やはりそれだけの大きなプライドが私にはある……。

だからこそ──恋に落ちてしまった時、私はどうすればよいのかが分からなかったのだ。

意味不明な感情と感覚、それと同時に私を襲う胸の高鳴り……なんだこれは。

私は知らないぞ、こんなものを。

人類最強──私は戦闘兵器として作られた半分人間であり、半分神だ……なのにこれはなんなのだ?

人間如きにときめくなんてちゃんちゃら可笑しい話である。笑い話だ。

間違いなんてしない、この世の全てを解決出来る私。

なのに私自身の恋の悩みが解決出来ない……出来なかった。

そんなこと──この人類最強にあってはならないよな。

よし、それならば解決してみるか。

確かにあの恋をした時、私はまだ人類最強になっていなかったしな──つまりこれは私による私ののための難事件というわけだな。

恋愛によって恋愛の苦しみを知る物語。

久々の主役だから緊張しちまうぜ──でも大丈夫。私は最強だからよ。

いやでもさ──。

こんなんだったら、いつも馬鹿にしてる椴松にでも、恋愛の秘訣を聞いておくんだったぜ。

それかこの本の読者に恋愛マスターはいませんか?



イギリスかぶれの少女がいた。

名前は誰も教えてくれないから、私は知らない。

だけど見た目ぐらいは知っている。

薄い少し白みがかった腰まである長い金髪、そしてまるで深海のように暗い青色の瞳。

見ていたら、引き込まれてしまう──そう錯覚する程の青いくっきりとした瞳。

そしてイギリスかぶれの少女は化け物である──彼女の能力は未来予知だ。

未来を視ることが出来る──正確に言うと、今見ている人の未来を視ることが出来るである。

昔はその能力を使って、占いをしていたらしい──まあ飽きたか、疲れたかで、辞めたそうだが……(本当の占いではなく、本当にその人の未来が見えてたら──つまり一人の人生を毎日何人も見ていたら、そりゃあ疲れるよな……飽きるってのはよく分からないが)。

そんな彼女が唐突に私の元を訪れたのだ。

そして彼女は人類最強の私に告げた。

「人類最強、あのね。私は──来月殺されます」

「は?」

つい、そうやって声が漏れ出た私を見て、彼女は「ふふ」と小さく笑った。

まあ私の未来を知っていたということで、今の反応も知っていた反応だったわけだよな。

うーんまあそりゃあ面白いよな……。

「因みに貴方は来月、そんな私を救おうとしているわ」

「つまり、お前は──私に自分が殺されないように依頼したのか……。そして──」

来月、私が彼女を救えなかったってことか。

彼女の依頼を果たせなかった。

だから殺された──。

「そうよ。貴方の考えた通りに、私は依頼したの、人類最強の貴方にね。そして貴方は失敗をした。惨敗をしたのよ──未来の殺人犯にね。ねえ、人類最強。私を救ってくれない? そして壊してくれない? この未来を」

人類最強ならこれぐらい出来なきゃね? ──と彼女は笑った。

巫山戯んな、結構おもしれえじゃねえか。

受けてやんよ──その「未来を壊す」という、その依頼はこの人類最強に任せな。

丁度人を殴りたいと思っていた頃だ。



第一章

「過去は全て去っていった過ちです」



私には初恋の相手がいる。

結納 《ゆいのう》 人時ひとときという日本人特有の黒髪で目立たない男である。

それはまだ私が若い頃の話になるのだが、というより私がまだ最強になる以前の話だな。

もう若くないこの身だが、彼と出会った時は、十九歳がもう終わりを迎え始めている時期だ──因みに最強になったのは二十代中盤だった気がするぜ。

完全に人としての型を壊せたというか、人の範疇で無くなったのは……という話だけどなあ。

素直にそれまでは未熟だったといえば、それもまた間違いではないが……依頼とか時々解決出来てなかったし。

まあ最強になってからは、間違いはあれど、依頼を解決出来なかったことは無いから、誰にでも下手な時期はあった──ということにしてもらうか。

この私が許しを乞うてやろう。

それで許してもらおう。

あと当時との違い……まあ服装の点の違いとかだな。

今はクラシックレッドスーツを着ることが多いが、当時は赤いライダースジャケットが多かったぜ……。

なんだその──少し恥ずかしいな。

ライダースジャケット……あんな若ガキに似合うわけねえのに。

まあ若かったということで、そういうことにしてもらおう。

しっかし──。

そんな赤いライダースジャケットを身にまとっていた、化け物のなりかけてる私が好きになった男は、ごく普通の「男」だったんだよな。

普通と言えばそうだし。

普遍的と言えばそれもそう。

しかし地獄のような幼少期、人間を辞めるようなことをさせられていた青いはずの思春期には──彼のような普通が欲しかったのだろう。

私はそう思う。

あの時の恋に──私はそう理由付けをする。

実際に恋をしていたんだから、この感情に嘘はつかないがな。

でも結果から話すと、その恋愛は失敗だったけどよ。

失敗であり、敗退。

告白をして私は敗れたし、そして私という最強を作り出した先生には、こっ酷くしかられた。

でもそれ以降、一度も恋を出来ていない私にとっては、非常に良い経験だったと思っている。

忘れない、忘れたくない思い出でもある。

だから私は結納 人時という男には感謝をしている。

「なあ、イギリスかぶれの少女──そう言えばお前は殺される未来を知ってるんだろ? 誰に殺されるんだ? 教えてくれよ」

いいですわよ──とイギリスかぶれの少女は微笑む。

そして、彼女は告げる。

しっかりと、はっきりに──私に告げる。

「結納 人時ですわ。私を殺す張本人は」



戯言だ。

つい……私は、そう呟いてしまった。

低酸素のデスゾーンにいて、思考能力が欠如していたとしても、私は、恐らくそう呟いただろう。

結納 人時。

私の初恋相手。

そして唯一人生で愛せた人。

「どうかしました? 人類最強」

「ん……いや、なんでもねえ。大丈夫だぜ」

そうか、イギリスかぶれの少女──コイツは人様の未来が見えるだけで、過去が見えてる訳じゃねぇんだった。

彼女の能力は最強の一つだが、そのレベルではない。

嫌な言い方をすれば弱点的な──ものだよな。

だから私が結納の事を好きだったという事実、つまるところ過去を知れねえんだ……。

大丈夫。

まだ知られていない。

──この事実過去は。

だがこの物語の中で、イギリスかぶれの少女に知られてしまう可能性は十二分にある──私はどうすればいい?

──分からない。

そもそもここまで動揺する必要も無い気がする……いやしかし考えろ。

動揺で揺さぶられてる頭をしっかりと抑え、私は深く考える。

──未来の私がこの依頼を達成出来なかったのは、これが原因だった可能性は非常に高い。

いや……めっちゃ高ぇ……(勿論それ以外に沢山の理由の可能性があるのだろうが)。

私は溜息を吐き出した。

あー……もう。

意味分からないぜ。

どうしたら、そしてどうして人類最強にまで昇格した私がこんな目に遭うんだ?

いや……そもそも私が恋なんてしてなかったら良かったんだ。

人類最強ではあるが、人ならざる者に近い私が──恋をするべきではなかった……のか。

でもそれが正しい。

人と人は支え合って生きる、と言われているが、私にはそれが必要ないしな。

私は一人で生きていける。

半分神である私にはそれぐらいのことは余裕だしよ。

くそ……だめだ。

どういう思考回路をしても、思考経路をしても結論はこうなる……「私は一人で生きるべきだったんだ」と。

しかも今現在私が一人であるかと言われたら、それは嘘であるが。

当時はいなかったが、仲間達だけで良かったのである。

恋愛感情なんてない、親友達のような仲間さえいれば……良かったのに。

それが出来るかなんて、若かりし頃の私に知る由もないが……。

それにしても若い頃の私って……危機管理能力が足りな過ぎないか?

私の敵は世界になる、つまり本当の仲間以外は誰しもが敵になる可能性が高いことは分かっていたはずなのに。

なに恋愛してんだよ、テメーは。

「さっきこの感情に嘘はつかない」とかカッコつけたことを言っていたが、それは取り消しをさせてもらおう。

それを範囲選択してデリートを押してもらうぜ……。

はあーーーーー。

「皆が皆好きなことだけをやればいい」と世界の中心に立つお姫様──曖 《かげ》実咲みさきが言っていたが、やはりあいつの発言は間違いだった。

そんなことだけやってたら、この地球という世界が無くなってしまう。

椅子取りゲームみたいに作られているこの世界だが、実咲みたいな生き方は運ゲーだな。

そう聞くと嫌な気もしないが(私は運ゲーが好きだから)……。

いや落ち着け──しっかりとしてやろう。

私は働く。

私は運ゲーシステムで生きたいわけではない。

だから私はこの嫌〜な仕事をしてやろう。

なんだとしても受けてやろう。

男に二言はない様に、人類最強にも二言はないぜ。


そしてここまで気になってはいたが、私は聞けていなかったことを彼女に問う。

一旦落ち着くため──深呼吸をしろ。

私。

「というか、未来をイギリスかぶれの少女は知ってるんだろ? そしたらその未来は回避出来るだろ。なんで殺されるんだ?」

「?」

「え、なんでそんな顔をするんだ? お前は」

「私にお前、だなんて……失礼なことですわ」

「わりわり、まあいいじゃねーか。で、なんでなんだ?」

「それはですね」

私は結納 人時さんのことが好きなんですわ──と彼女はそう言った。

私は心の底から最悪だと思った。



第二章

「好きじゃない、本当に無関心です」




私の心臓を止めて、そして貴方の手で動かして。



「なあてめーの名前ってなんなの?」

「教えませんわ」

「ケチ」

「それは貴方みたいに甘くないからですわ」

ふん言いたいこと言いやがって。

しかも合ってるし、更に腹が立つぜ。

結納に対する問題は完璧に私のせいだしな。

クソが。私の馬鹿が。

今、私とイギリスかぶれの少女は、ティータイム中である。

私の家で。

お洒落な家とかではないこの家だが(金だけはあるから、まあまあ広めの家だが)、ティーカップとかそういう類のはある。

人類最強という戦闘狂みたいな私だけども、普通に紅茶とかそういうのが好きだからな。

人間らしさの象徴──。

まーまだ半分は人間みてえーなもんだしなまだまだ余裕っすよね。

私はそう思ってから、紅茶を飲む。

「というか結納 人時──なんでアイツのこと、好きなんだ?」

「ん? なんでというのは?人類最強、貴方結納 人時さんのことを知っているのですか?」

「い──」

「知らないのですね」

「ま──」

「だ何も言ってなくても、貴方が何を言おうとするのか私には分かりますわ。なんせ未来が見えるんですもの。それぐらい余裕ですわ。この先生きるのより簡単です」

「うるせえ! シンプルに腹が立つんだよ!喋らせろや! 結納の代わりに私が殺すぞ!」

私がそう吠えたら、彼女はその怒りを「ふふ」と軽く躱した。

「まあいいけどもよお、教えてくれよ。何故結納 人時を好きか」

事件を解決するためにはそういう情報が必要だしな。

好きだった身として、彼女に共感できる部分もあるだろうし、純粋に聞きてぇよ。

嫉妬とかの感情は無い──と思う。

「そもそもお前と結納は付き合ってるんか? 恋人関係ってやつ?」

「いえ、ただの私の仕事で会っていたという感じでしたわ。初めて会ったのは私がまだ占い師だった頃ですね。占い師というのは占いをして、未来を測る人の事ですが、私はただ単に未来を見ているだけ……つまり確定した未来を言っているだけです。私がこの世界で唯一存在する真のペテン師だったわけですわ。閑話休題話は戻りまして──結納は私のお客様だったのですよ。私を殺す未来までは見えませんでしたが、まあまだそこは確定していなかった未来なのでしょうね」

彼女は結納 人時の芯の通った優しさを、その未来を見る時に見たのであろう。

彼の善行を。

そしてそれを善行だと思っていない、当たり前の行動だと思っていそうな彼の姿を見たのであろう。

共感出来まくっちまう。

人類最強、イギリスかぶれの少女──私達みたいに闇の世界で生きている者達から見たら、結納 人時のそういう面は正しく太陽なのだ。

虹とも言える。

味付けされた優しさではない、無垢な優しさというものがハートに刺さっちまう。

素直に言うとですね──とイギリスかぶれの少女。

「本当に好きになった理由はあの方が優しいから、というだけなんですわ。凄く優しくて、それに嫌味を感じないあの人に──女子中学生の男の好みを聞かれた時に言う返答みたいなことを言ってしまって、申し訳ないのですが、好きな所は優しい所です。普通でいて、優しいところですわ」

「まーー優しいってなんか普通だよね、前提条件だよね──みたいなノリで話されること多いけど、割りと凄いよな。私には絶対出来ねえし、未来が見えるお前なんかにも絶対不可能なものじゃんか。まあ上辺の優しさぐらいなら、お前だったら出来るかもだけどよ」

「……まあ、そうですわね」

「真の優しさってのはなかなか出来るもんじゃねえ。相手を好きなだけで出来る優しさってのも相当じゃねえと出来ねえ──が、結納 人時は相手が誰でもそう優しくするんだろうな。そしてそれは更に凄い。世界にそうそう居るもんじゃねえよ」

私はニヤリと笑ってみた。

自分の気持ちを噛み砕いて、ゆっくりと嚥下した。

過去の自分の気持ちってやつは結構苦いな。

「恐らく結納 人時は普通の優しさをできるやつなんだろうな〜。本当に偉業だよな。普通じゃないイギリスかぶれの少女のお前が惚れる気持ちも分からんではない。共感とかはともかく理解は本当しちまうぜ」

「あら──恋愛なんて絶対に出来なさそうである人類最強にも、意外とそういうことに理解してくれるのですわね」

そこで私は「そんなことないですわね」と言ってから、言葉を続ける。

「これでも正真正銘生粋の乙女なんだぜ? 恋愛初心者、ほとんど未体験だけどな」

「ふーん……いやそのほとんどの部分の余白はなんですか? ほとんどの部分には何があるのか、気になりますわ」

「女の子の膜がねえ」

売っちまったよ──と人類最強。

「ふふ、なんだ。そういうことだったんですか。私もないですわよ」

結納 人時様に捧げました──と彼女は笑ってきた。

おい、私の男だぞ?

寝盗られか?

純愛主義者の私は許さねえぞ?

というか──私が結納 人時のことを知ってるだろうなって勘づいたから、今の情報を話しただろ。

こいつ。

性格悪いぜ、ほんと。



いや神定 手紙さんは失恋をした訳じゃありませんよ。恋心は失っていないので。ただ恋に敗れただけです。敗恋はれんしただけ──。


希望的観測者──椴松とどまつ 竜児りゅうじ


 *


 第三章

「好感度なんて最初はないです」


 *


それから一ヶ月が経った。

今日がなんと、なんとなんと──イギリスかぶれの少女が死ぬ日である。

ぶっつけ本番で人様の命を扱うなんて酷いということで、私達は一応作戦会議をした(私は要らないだろ、と言ったんだけどな……)。

作戦会議の場所であり、今日の事件現場はイギリスかぶれの少女が住んでいる屋敷か……いや館か、だ。

いやこれ本当にどっちだ?

館なのか屋敷なのか。

まあどちらでもいいが(私はそーいうのよく知らねえ)、やはり殺人事件には館がよく似合う。

だから館とでも呼んでおこうか。

少女が住む館。

少しボロついた西洋風なこの館で、私達は作戦会議をしたのだった。まあ実際、これを作戦会議と呼ぶのか、私には分からないけどな。

だってした会話(もうこの時点でダメだ)なんて、将来についての構想と現実とかいう──しょうもないものだ。

そもそも今回殺されないで、しっかりと生きないとそんなことないのにな。

 お茶目ちゃんかな?

 年上として私が頑張らないとだぜ。


 話は変わるが──。

未来が見える能力ってどんな気分? というより感じなのだろうか?

よくよく考えたら気付いたんだが──今までイギリスかぶれの少女とは何回も会ってきたが、そういう類の話をしたことないんだよな。

だからよく分からないんだけども……意外と未来が出来上がるまでの構図が見えているとかいう話に近いのか?

うーむ、ここで一旦纏めてみるのはありだな。

イギリスかぶれの少女の能力についての話──勿論これは私の見解であり、解釈だ。

間違えていてもそこは許して欲しいぜ。

例えばだ──とある受験生の一人が受験のために死ぬほど努力をしたとする。

そしたらそこで未来は出来ていく。

そのとある受験生が合格し、同じ学校を受けた誰かが落ちる未来が構成されていき──未来が決定する。

じゃあ運というものは関係ないのか? と言われると、それも違う。

その努力の時に、運という物が追加され……るとかかな。

まあ追加ポイント的なものといえば、わかりやすい。

そういう諸々が追加され、決定される。

その未来が構造され、決定される瞬間がイギリスかぶれの少女には見える──もしこの解釈が合っていたら、彼女は化け物じゃねえ、神様かもな。

ただの化け物とは分かってはいるが、神様と言っても差し支えない程の能力だぜ。彼女の戦闘能力が強かったら、私ですら勝てない能力。

ある種私を超越した奴だ。

いやしかし──。

本当はただ単にジャンヌ・ダルクみたいに頭いかれてるだけ説もあるな?

だってその能力ってなんつーか、化け物としての能力の範疇を越してるよーな気がすっからよ (実際に彼女の能力は見てるから、その証明をしているし、嘘じゃないことは分かってるけども)。


──冗談はさておき。


この世界の化け物という存在達は、言う必要も無いかもしれねえが、人間じゃねえ。そしてその証拠として、体のどこかが変だ。

私は食べる以外のことは必要が無い、とかな。睡眠とかは半分神になる時に必要が無くなっちまった(寝るのは好きだから、一ヶ月に何回かは寝てるけど)。

けどイギリスかぶれの少女にそういうのは見当たらない。

つまり人として普通にしか見えない。飯も食えば、睡眠欲もあるっぽいし──性欲だって普通に健在だしな。

「なあお前ってなんか見た目に変なところないのか?」

「え、どういう意味です?」

「いや化け物だったら普通何かあんだろ。水瀬 結乃で言えば、猫耳が生えてるとかよ。アレがあいつのトレンドマークだしよ」

「あーそういう話、なるほどですわ。まあ見てれば気が付くと思ったけど、意外と鈍いのかしら? 人類最強さんとやらも。えっとですわ、実はですよ。実は影が無いのよ、私」

それだけか?(言われるまで気付かなかったし) と私は思ってしまったが、それは化け物がいる世界に慣れてしまった弊害だろうな。

しかしここでまた疑問が生まれてしまう。

「でもどうして影が無いんだ? お前の能力と影が無いこと、何が関係してるんだよ?」

「あら? 人類最強さん? 意外と学がないのね? 鏡よ、鏡。影見──これは鏡の語源よ。あのね、昔の人って鏡で占いをしていたのよ。影占いとも言うらしいんだけど……。ま、それは置いといて。それを知ったとある科学者はとあることを考えるのよ─影と占い、つまり未来──それが関係しているとしたら、自分の未来が見えるものが影だとしたら、なんてね。何言ってんだ、と思うでしょう? でもその科学者は思ったのよ。そう思ったら止まれなかったんでしょうね。だから、私の目に私の体中の影を埋め込んだ。まあそれ以外にも色々したんでしょうけど、そんなことをしていたら、私が生まれた──未来視が出来る化け物が生まれた。つまり私は作られた化け物が側よ」

水瀬 結乃さんでしたっけ? ──とイギリスかぶれの少女は言ったあとに続ける。

「あの人みたいに私は純粋ではありません。生粋でもなんでもないです。作られた化け物なのですわ」



私は何故、結納 人時の事が好きだったのだろうか。そんな事を考えながら、私は眠りにつく。大丈夫。こいつが殺される未来まで、あと何時間もある──。



キラキラした街並み。

そう、所謂お祭りムード。街中が光に包まれていた。

いや──しっかし今日はクリスマスだったっけ?

お正月だったっけ?

覚えてねえ。

高校にも行かせて貰えず、毎日死にそうになりながら人類最強になるための訓練をさせられてる私に、曜日感覚、日付感覚なんてものは存在しないのだから、そういうイベントの情報なんて更に知らない──仕方ないことだけども。

あるもの……ってなんだろ。

逆に。

多分、あるものは絶望程度だ。

友達すら一人もいないのだから(作るのを先生に作るなと言われていた。というか作っていたら、そいつが知らぬ間に死んだたろーし、作らなくて正解だと思う)、私に希望なんてものはない。

早く死にたいと思っている──毎日毎日。

しかし死ねない。

私が強くなり過ぎたというのも理由の一つとしてはあるが、それ以上に先生が怖いのだ。

死んだら何をされるか……地獄ぐらいには着いてくるしな、あの先生。そういう能力だし……。

とりあえず今日の訓練は終わっていた。だから暇つぶしに私は街に繰り出していた。

ふと、私は顔を上げてみた。

やはり何度見ても、町はキラキラとしていた。

クリスマス……多分クリスマスみたいなこの風景。

周りは人、人、人、人──皆が皆、笑顔だった。

それが憎かった。

どーして……なんで私だけこんな目に遭う?

ドン、そんな時、誰かと当たった。

まあこんな場所で突っ立って、上を見上げてたら、

そりゃあ当たるわな。こんなに人だらけなんだし。

訓練の疲れのせいか──私はよろめく。

その時──腕を誰かが──掴んでくれた。

私が転ばないように。

誰かに優しさで何かをしてもらえる──それは初めての経験だった……。

咄嗟に振り返る前に、声が聞こえる。

「大丈夫ですか?」

それはまあ普通の男だった。

普通の黒髪に普通の背丈に──普通の顔の男。

何もかもが普通。

しかし私には王子様に見えた。

それは人生で一度だけ読んだことのある少女漫画のワンシーンと同じだったからであろう。

恐らく王道的な少女漫画だったであろうその作品──その作品のせいで私は彼が王子様に見えた。

初めて人の温もりに触れた、という臭い言葉が脳内では連呼されていた。

そして、次にくる言葉は「好き」という二文字。



 第四章

「深紅の恋ですか?」



恋に落ちる音がした。



いやそれは嘘だった。

本が落ちる音だった。

ガタン、と本が落ちた──その音で私は目覚めた。

「ん、なんだ……イギリスかぶれの少女が起こしに来たのか……?」

私は目を擦りながら、音のする方を見る。

「貴方は……確か、人類──最強?」

イギリスかぶれの少女ではなく、そこには男がいた。

人類最強である私がいるという事実──に驚いた男は、部屋の入口の方にあった本棚に肩が当たってしまい、本を落としたらしい。

私は即座に立ち上がり──そして戦闘スタイルというか、自分の中の戦闘態勢を直ぐに作った。

寝惚けながらではあるが、そこまで堕ちてはいない──落ちぶれてはいない。

どんな状況だって私は、すぐに戦闘体勢にへと切り替えることぐらいは可能だぜ。

私こと人類最強の目の前にいた一人の男。

私はハッとした。誰だ──と思う隙も無く、そいつが誰か分かった。

私は目を閉じて、また開ける動作をしてしまう。

信じたくは無い現実だったから──しかし、これは現実であった。

紛れもなく、嘘偽りの余地なく──。

そう……私の目の前にいる彼は人類最強の初恋相手、そしてイギリスかぶれの少女が恋している相手──結納 人時だ。

彼であり、彼以外の何物でもない。

ここまで文章だけでの登場だったくせに、普通に出てきやがったよ。

こいつ。

もう少しわびさびみたいなもんはねえのか?(わびさびの使い方を私はよく知らねえ)。

いやしっかし──ひっさびさに見ても、こいつ普通な顔をしてるな。

良いポイントといえば、通った鼻ぐらいか……?

「久しぶりだね、人類最強──いや手紙ちゃん。何年ぶりだろ……」

「や」

めろ──私をその名前を呼ぶな。

私ははっきりとした思考の最中だったが、ボソボソと喋ってしまった。

「あ、えと、まあ、久々だな……結納、くん。なんでこんなところに……?」

なんでこんなところ?

分かってんだろ。

私。

気持ち悪いな。私らしくねーぞ。

ナヨナヨとした表情までしちまって気持ち悪ぃ……自分が自分でキモイって嫌な感覚だぜ、全くよお。

「うーん、イギリスかぶれの少女に用事があってね──ねえ、手紙ちゃん。イギリスかぶれの少女の本名って知ってる?」

「え………」

何故そんなことを聞くんだ……?

分からない。意味不明だ。

「いや、分からねえな。てか、頼む、落ち着かせてくれ。一旦さ。とりあえずこっち来いよ。ほら、私のさ、隣のソファ、一人分空いてるぜ?」



いや、だからって、どーすんだよ。

その場の現実逃避と頭の混乱から出た一言だった事実は認める。

だがこんなのに乗ってくるなんて有り得ない誘いだ。だって私の隣に座るってことだぞ……?

人類最強の私のすぐそばに普通に来るなんて……自分で言うのはなんだが、それは恐怖でしかないだろう。

そもそもここにはイギリスかぶれの少女を殺しに来たんだしな。それを考慮したら、尚更という話だ。

私なんかの隣には絶対に座れない……だろ。

どういう思考回路を経ても私はそう思ってしまう──しかし結納は何故かそれに平然と乗ってきた。

ごく普通のことのように。

だから彼は今、私の隣にいる。

そこまで広いソファではない。

だから距離が近い、いやマジで近い……なんなんだよ、これ。

ほんと、やめて、ほしい。くそが。ま、あ、でも、うん。いいか? いいのか? とりあえず、話進めるか。

「どうしたんだ? 結納くん。少しボロついたと言っちゃ悪いが、こんな館によ」

分かりきってる問いを私はした。

アイツの未来視で分かってっからな。こっちは。

「いや、まあね。ちょいとした用事だよ。ちょいとした」

正直うるせーと思った。

上手くはぐらかされてる感がたまらなく厭だったから。

ま、でも、そりゃあそうよな。

人殺しに来たんだとは言えないよな──

「殺しに来たんだよ、イギリスかぶれの少女をね」

「は?」

「ちなみに貴方は本当に彼女の名前と僕の能力について何も知らない。つまり嘘はついてないと思うから言うけど」

あのね──と結納は囁く。

「僕の能力は殺人的なんだよ。殺人に適している。こんなの人類最強、つまり人殺しとしては最強ランクの手紙ちゃんに言うのはおかしい話な気もするけど、僕の能力─それは『人の名前を食う能力』なんだ。人の名前を食う──その人の存在を無くす能力」

思考が追いつかない私のことなんて、全く気にもとめていない様子の結納。

彼は何故か私に説明を続ける。

「まあ殺すというより、消すに近いのかもね。この能力を世界改編能力──とよく言う人がいるが、そりゃあ改変に近いことはできるけど、言わばデスノートみたいなものだよ。名前を書いたら殺せる。僕は名前を食べたら消せる。順序は違うが、結果は同じさ。だからさっき手紙ちゃんに問うたんだ。イギリスかぶれの少女の名前を」

「いや、それより、ちょっと待って──あの……お前、化け物なのか?」

「え? そうだよ? 知ってたよね?」

知らねえよ。

当たり前みたいに言うな。てか巫山戯んな。

お前、こっちの世界の──化け物側なのかよ……まあそりゃあ考えてみれば簡単な話だった。

私がコイツに理想を──。

そして幻想を抱き過ぎてただけなんだ。

よくよく考えれば、イギリスかぶれの少女を殺す様なやつだ。誰からの依頼かなんて──知らねえけどよぉ。

そりゃあこちら側の人間で何ら不思議はない。

闇の世界の住人側。

だが予想出来たこの情報に私は失望した。

勝手ながらに絶望をした。

とても強く──嫌悪した。

「ねえ、手紙ちゃんは僕を止めるためにここにいるのかい?」

「え」

「え、じゃないよ。普通の質問じゃない? 何のためにここに居るか考えたら、未来視が出来るイギリスかぶれの少女のことだ──自分の未来を見た可能性が高いよね?」

こりゃあ不味い。

正直和やかな雰囲気──というか、私の恋愛話のムードでなんやかんやここまで来てしまったが、これは不味い、不味すぎる。

正直私の人生において、一番のピンチかもしれねえ。

──私はコイツに名を知られている。

つまり私を殺すことなんて、人類最強を殺すことなんて、意図も容易いという訳だ……。

蟻を潰すぐらいには──簡単。

名前を食べる。

そこまで驚異には聞こえない能力の説明だったけど、最強クラスの能力じゃねえかよ……。

この館には何人最強がいるんだ。

まあしかし、名前──。

名前っていうものは偉大だ。何故なら名前という物には、その物の価値すらを決めてしまう事があるわけだ。

どれだけ良い商品でも、名前が悪けりゃそれはゴミクズ同然だ。

物の真価とかではないが、その物の存在を消せるぐらいには大事なもの。

じゃあ名前を付けなければいいのではないのか? という疑問に至る気持ちも分かるが、そうは問屋が卸さないってものだ。

名前が無ければ、存在がない──覚えられない──忘れられていく。

それぐらいには重要なものである事は分かっている。

だからこの能力に間違いはない。

最強性は本当に──凄い。

しっかりと考えろよな。

人類最強。

今日一日ずっと何やってんだ。

浮き足立ってるつーか、気持ちがふわふわしちまってる。

だがしかし──私は今真剣にならなければダメなんだ。

「でもまあ手紙ちゃんがそうだとしても、僕には何の支障もないんだよね。幾ら人類最強だとしても、それは止めれないよ。僕の能力のせいで」

そして過去のせいで──と結納。

「手紙ちゃんは僕に恋をしてしまっていた。恋をしていたから僕の事は殺せない。きっと手紙ちゃんは普通の人生を送っていない。だから普通みたいな顔をしている僕に弱かったのさ。まああの時はたまたま任務で人を殺してきた後だったけど、手紙ちゃんをあの時救って僕は本当に心底嬉しいよ」

「なあ、結納くん」

「ん? 何かな? 手紙ちゃん」

「お前はどうやって──名前をアイツから聞くんだ?」

「えーと、それはね。イギリスかぶれの少女──彼女は今現在僕に恋しているんだよ。ゾッコンな訳だよ。その気持ちを利用する」

まず今から彼女の部屋に行く──と彼は言う。

それから僕は彼女に告白をする──と彼は言う。

彼女は悩みながらも喜んで了承をする──と彼は言う。

そこで僕は彼女に聞くのさ──と彼は言う。

彼女の名前を──彼は言う。

そして僕は、そして僕はね──と彼は笑う。


うるせえ死ね──と一言呟きながら、私は結納の首を跳ね飛ばした。


瞬く間の躊躇も無く。

拳一つで迷うことなく。

首を跳ね飛ばした。


ふざけんじゃねえ。私みたいに過去の恋の部分を侮辱するなら良いけど、今の一人の女の子の恋愛の気持ちを馬鹿にすんじゃねえ。

人の恋心を悪い様に利用すんじゃねえ。

ぶっ殺すぞ。

私みたいに恋をしちゃいけねえ奴じゃねえんだよ。

あの未来が見える少女はよ。

アイツはお茶目で可愛いただの女の子なんだよ。



厭な予感がした。

私みたいな未来視が出来る人間が厭な予感なんて、それはおかしい話だけど……しかしした事はしたわ。

私は鏡を見た。自分を見るため──否──自分の未来を見る為。

そこで私は見た。

私が生きている未来を──私が笑っている未来を。

私が人類最強とまた紅茶を啜っている姿を見てしまった。



 後日談

「今どんな気持ちですか?」



生きてるって残酷で素晴らしい。



私は人類最強──そして未来を変える事が出来た人類最強。

私は今回の件で気付いたのである。

未来は自分の努力で築く物なんて言い方を私はしないが、衝動的な感情は未来を二転、そして三転させるのだということを──。

受験で未来の説明をしたが、それだけでは説明出来ない事があったな(いや体験したというべきか?)。

それは本来は起こるはずの無かった衝動的な何か。

『大事な恋心を切り捨てること』──それは私は本来出来なかったはずなのだ。

なのに私はそれが出来てしまった。

そう言ってしまえばそうだが……とりあえず結納は私に出会ってしまった、それが運の尽きって訳よ。

私の怒りという衝動──を呼び起こした。

まあ乙女心を弄んだ代償はでかかったという話でいいよな? 読者の皆。

「なんなんですか、その言い草は」

「にゃんだい? イギリスかぶれの少女。私のおかげで命を救われたってんだから、感謝の一つでもしたらどうだい?」

「まあ、それはそうですわね。ありがとう───人類最強、神定 手紙さん」

「ふん、私も当分は人様に名前を教えるのはやめておこうかな」

「まあそれもありだと私は思いますわよ。私はこういう時のために、人様に名前を教えてなかったのだからね」

「それは嘘だろーが」

この馬鹿少女が。

てか……コイツも知ってしまったんだよな……結納が化け物だってことを。

いや、仕方ないけどな。

未来は見てなかったとしても、状況説明はしなくちゃいけなかったから……。

だってコイツは依頼主だしな。

今回の物語──の全てを教えなくてはいけない。

教えたくなかった秘蔵にするべき物語も、語り尽くさなければいけなかった。

「そういえばお前、未来を知ってるなら分かると思うけどなんで殺されたんだ? ん? 言い方違うか? とりあえずなんで本来の未来のお前は殺されることを選んだんだ?」

「結納に告白されるのが嬉しいからに決まっておりますわ」

ほ? ──と私。

「変な顔をしないでほしいですわ。だってその人が私と一つになりたいという為の台詞でしょう? 聞きたくないですか──好きな人から──そして今まで誰にも教えたことの無い──本名を教えたいじゃない……」

「ふーん」

「なんなのよ、その返事は」

「私は好きだぜ? お前のこと」

「ん…………ま、まあ、ありが、とう……」

「一つにはなりたくねぇけどな!」

「知ってるわよ! 私も嫌よ!」

むーっとした顔を見せた後に彼女が笑う。

彼女の名前は未だに知らない。

だけどそれでいい。

私が彼女のことを好きならば、それでいいじゃないか。


これが恋をしてはいけなかった人間と恋をした化け物──そして詐欺師の様だった男の恋物語である。

結末は最低最悪だけど──何故かスッキリしてるぜ。

それは昔の恋に本当にピリオドを打てたからかもしれねぇな。

振られるではなく、自ら上を向いた。

あの時とは違う様に、上を向いた。

本当に──解決出来て良かったぜ。


あぁ……十年後の私は恋をしているかな。

してもよくなっているのかな?

分からないが、如何せん楽しみになってきたぜ。

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少女の初恋事情 月曜放課後炭酸ジュース @tutimikad

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