怒りのチンピラ達、そして―――
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「……くそっ、あのガキ、舐めやがって!」
公園から次郎が去った後、松永はそう悪態を吐いた。その表情からは怒りの色が滲み出ており、眉間には深い皺が出来上がっている。
余程腹に据えかねたのだろう。握り込んだ拳を震わせており、全身からは怒気を発していた。
そしてその怒りを発散するかの様に、近くに置いてあったゴミ箱を思い切り蹴飛ばした。辺りに大きな音が響き渡り、蹴られたゴミ箱が無残にもひしゃげる。中のゴミや紙屑が周囲に飛び散り、辺り一面に散乱する。
そうした事である程度気が済んだのか、松永は荒い呼吸を繰り返しながらも平静さを取り戻していく。そして落ち着きを取り戻すと、静かに口を開いた。
「まあ、いい。とりあえず、あのガキの始末については保留だ」
「え。それで大丈夫なんですか?」
「ああ、構わん。今やった所で、何の得も無いからな」
そう言うと、松永は近くにあった椅子にドカッと座り込む。その際にギシッという嫌な音が響いたが、壊れていないので問題は無いだろうと思い直す。
それよりも、今は優先すべき事があるのだから。
「まずは早々に峰岸の娘を確保する事が先決だ。ただし、あまり大事にはするなよ。騒ぎにでもなれば、兄貴から叱られるかもしれねえ」
そう言って、松永が面倒臭そうに顔を顰める。そんな彼の様子を見た部下達は苦笑しつつも、内心では同意を示した。
彼らにとっての最優先事項はあくまで自分達の利益の為であって、それ以外にはあまり興味が無いのだ。
だからこそ、彼らは自分達が動く理由となる物を優先する。その為であれば、多少強引な手段であろうとも躊躇いなく実行する。
例えそれが人の道に外れる行為だとしても、彼らに躊躇する様な感情は存在していない。上からの指示があれば、彼らはそれに従うだけなのだから。
「しかし、尾田の兄貴にも困ったものですね……」
「全くっすよ。幾ら何でもやり過ぎですぜ」
そう言いながら、二人の男が苦々しい表情を浮かべていた。二人とも年の頃は二十代後半といった所だろうか。どちらも精悍な顔つきをしており、いかにも裏社会の人間といった雰囲気を纏っている。
彼ら二人の表情は非常に似通ったものとなっていた。それはまるで何か苦い物を噛んでしまったかの様なもので、その表情だけで彼らが何を思っているか察する事が出来てしまう程であった。
「まあまあ、落ち着けよ。お前らの言い分は分からんでもないがな……」
彼らの反応を見て、呆れた様に溜息を零しながら松永が声を掛ける。すると二人は不満げな表情をしながらも口を閉ざした。
そんな二人の様子に満足気に頷きつつ、彼は言葉を続ける。
「確かに今回の一件に関しては、俺にも思うところはある。だがな、これは兄貴からの命令だ。お前らだって分かっているだろ。兄貴からの命令は?」
「……絶対」
「そうだ。絶対だ。それに今回の命令は俺達にとっても悪い話じゃないんだ。本来の目的とは違うが、上手い事いけば兄貴は出世が出来るし、俺達も甘い蜜を吸えるかもしれないんだ。だったら、このチャンスを逃す手はねえだろ?」
「……分かったっすよ」
渋々といった様子ではあるものの、二人も納得した様子を見せた事で話は纏まった。これでようやく先に進める事が出来る。
そう思いながら、松永は大きく息を吐いた。
(やれやれ……まさかここまで面倒な事になるとはな)
心の中で愚痴りつつも、表面上ではそれを表に出さずに松永は平静を装う。
「よし、行くぞ。とりあえず、ここに長居は無用だからな」
そう言うと、三人は公園から立ち去る為に足を動かし始めた。しかし、外へ出る前に松永はある事に気が付いて足を止める。そんな彼の行動を見た二人が訝し気な表情を浮かべた。
「どうしたんすか? 早く行きましょうよ」
「……」
先を急かす男の言葉に答えず、松永は無言のまま立ち止まっている。そして彼はある一点を見つめていた。
その先にあるのは公園の出入り口だった。そこに一人の人物が立っている。スーツを着た細身の人物で、長い黒髪を後ろで束ねているのが特徴的だった。
「確か、あいつは……」
松永はそう呟きつつ、つい先程までの記憶を思い出していた。その人物の顔に見覚えがあったからだ。
それは次郎と接触しようと訪れていたラーメン屋。そこで自分達の近くに座っていた人物と、視線の先にいる人物の顔が一致する。
そう、松永の視線の先にいるのは、雪乃と離れて行動をしていた相良であった。相良は能面の様な無表情のまま、じっと三人の様子を窺っている。
その様子からは何を考えているのか全く分からない不気味さが存在していた。
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