金髪お嬢様との車中の逢瀬
次郎達を乗せた車が動き出してから少しして。次郎は無理矢理に乗せられた事には不満に思いつつも、初めて乗った高級車の乗り心地の良さに、案外と悪くない印象を抱いていた。
自分の親が運転する車とは違うシートの柔らかさに、次郎は内心で感動を覚えている。しかし、それも束の間。隣に座る雪乃が距離を詰めてきた事で、次郎は一気に気分を害した。
そんな次郎の心情など知る由もなく、雪乃は上機嫌に話し掛けてくる。
「ふふ、こうして二人で登校するのは初めてですね。なんだか、ドキドキしてしまいますわ」
その声音には普段の彼女からは想像できない程に甘えた響きが含まれており、その事に気付いた次郎はげんなりとした顔つきとなる。
「次郎さんはどうですか? こういった経験は初めてでしょうか?」
「……別に。そんな事、いちいち覚えてねぇよ」
「あら、そうですの。では、次郎さんはどこかで経験済みだったという事なのですね」
「経験済みって……なんだ、その表現の仕方は」
「でしたら、私の初体験の思い出……今回、次郎さんに捧げる事が出来ますわね。嬉しい限りですわ」
次郎が雪乃の言い回しに呆れていると、彼女はうっとりと頬を赤らめながら言った。その反応に次郎は思わず閉口してしまう。
「おい、言い方」
「あら、何か問題がありましたかしら?」
「大ありだ。そういう事を平気で口にするんじゃない。恥ずかしいだろ」
「まぁ、次郎さんの照れる姿も素敵でございますね。ますます好きになってしまいますわ」
「……はぁ」
次郎は諦めたように大きく溜め息を吐いた。その様子を見つめていた雪乃は、嬉しそうに微笑んでいる。
「……何だよ、その目は。気持ち悪ぃな」
次郎が嫌そうに言うと、雪乃はにこにこと笑みを絶やす事なく答える。
「いえ、ただ私は幸せ者だと思いまして。こんなにも素敵な男性と一緒にいられるのですもの。これを喜ばずして何を喜びとしましょう。次郎さんは私にとって、最高の殿方ですよ。本当に大好きです。愛しています。貴方の為なら、私は何でも出来てしまうでしょう。次郎さんは如何ですか?」
雪乃からの質問に次郎は何も答えない。視線を雪乃から外し、窓の外にへとそっぽを向く。その事に雪乃は悲しげな表情を見せる。
「そうですか、残念です……これはつまり、私の貴方に対する想いが足りていないという事なのですね」
「いや、何でそうなるんだよ」
何を言われても無視するつもりでいたが、語った内容が内容だけに次郎は思わず突っ込みを入れた。しかし、雪乃はそれを気にせず話を続ける。
「やはり、まだまだ精進が足りませんね。私、もっと次郎さんへの愛に報いるつもりで頑張りますわ」
「いや、頑張らなくていい。もう十分に過剰だよ。オーバードーズ状態だ。頼むからこれ以上、俺に負担を掛けないでくれ……」
雪乃の言葉に次郎は疲れ切った声で呟いた。その言葉を聞いた雪乃が不思議そうにしていると、バックミラー越しに二人の様子が見えた洞島は苦笑いを浮かべる。
それからは雪乃が何を言っても次郎は根性で無視をし続け、ひたすらに窓の外の風景を眺める事に徹していた。
暫くすると、雪乃が無言で肩に寄り掛かってきたので、次郎はまたも鬱陶しく感じていたが、今度は文句を言う気力すら湧かなかった。
そして次郎が外の風景を眺め続け、数分が経った頃。次郎はある違和感を憶える。
外を見れば季節的に散ってしまい、新緑で覆われた桜の木が立ち並ぶ、堤防沿いの風景が広がっている。
だが、それはおかしかった。次郎の家から草薙学園へ向かう通学路には、こんな道を通るルートは存在しない。
それなのに、次郎達を乗せた車は何故かその道を走っている。その事を疑問に思った次郎は、隣に座る雪乃に問い掛けた。
「……なぁ、おい」
「はい、どうかされましたか?」
次郎がそう声を掛けると、彼の隣に座る雪乃は首を傾げる。その反応を見て、次郎は小さく息を吐いてから話を続ける。
「この車……一体、どこに向かっているんだ?」
「どこ、だなんて。嫌ですわ、次郎さん。それは勿論、私達の通う学園に決まっているではありませんか」
次郎の質問に対して、雪乃は当然の事の様に答えた。その返答を聞き、次郎は訝しむ様な視線を向ける。
「俺が聞きたいのはそういう事じゃねぇよ。さっきからずっと外の景色を眺めていたが……この道、どう考えても学園に向かうルートから外れているだろ」
次郎が不機嫌そうにそう告げると、雪乃は不思議そうに目を丸くした。
「あら、そんな事はありませんよ? しっかりとこの車は学園には向かっています。ねぇ、そうでしょう。洞島」
「え、えぇ。ちゃんと、学園には向かって走らせてますんで、安心して下さい」
雪乃に話を振られた洞島は、ぎこちない口調で応えた。その様子に次郎は更に不信感を露にする。
「……怪しいな。なぁ、四条。本当にこの車、学園にちゃんと向かってんのか?」
「大丈夫ですわ。そんなに心配なさらずとも、始業までには学園に到着する様に走らせていますので。―――ですが」
「ですが?」
「ただ……少しだけ、遠回りのルートを走って貰っているだけですわ」
「……は?」
雪乃がそう答えると、次郎は眉をひそめて彼女を見る。その表情には不信感がありありと浮かんでいるが、雪乃はそれを見ても動じる事は無かった。
「えぇ、そうですよ。だって、そうでもしないと直ぐに学園へ着いてしまうでしょう。折角、こうして次郎さんと一緒に居られる時間が出来たというのに、それではつまらないじゃないですか」
「つまらない、って……お前な」
雪乃が嬉々として語ると、次郎は呆れたように溜め息を吐いた。
「出来るだけ長く、一分一秒でも次郎さんの傍にいたい。だから、少しでも長い時間を共に過ごせる様、ちょっとした工夫をしているんです」
雪乃が満面の笑みで次郎に語り掛けると、彼は諦めたかの様な表情で天を仰いだ。
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