第四師団から愛を込めて?
休息日も終わりに近づき、翌日の訓練に少々苦い感情を抱きながら野草茶を飲んでいる最中のことだった。
日は暮れ暗闇が広がっている。
寮の窓はカーテンで遮られ光を遮断し、まるで番犬の如き処遇でボクは一人中庭に座り込んでいたんだ。
「うーん……こうも徹底的に人権の差を見せつけられると感動すら浮かぶね」
先ほどフィオナは窓越しに手を振ってきた。
その後ボクが手に持っているカップを見て憐れむように十字を切った。
同情して神に祈るくらいなら現物くれよ、現物。
アンスエーロ隊長ですら憐れんで食費を出してくれてるんだぞ。
うん?
待てよ。
衣食住を提供してもらってる時点で大分ボクは理想のヒモに近づいてるんじゃ無いだろうか。
第四師団で汚職に塗れないとダメかと思っていたが、美人だらけの第二師団でもやっていける気がする。
「ふんふん、夢が膨らむとはこういう気分か。…………それで、何の用かな」
小さく燃える焚き火で暖を取りつつ、魔力が揺らめいた方向に声をかける。
隠すつもりもないね。
魔法使いなら誰でも感じ取れる程度の杜撰さ、愚かな襲撃者か、ボクを試しに来た使者か。
こっそりとバレないように魔力を左手に移動させた。
「流石にわかるよ。門から南に十歩の木の影だ。殺しに来たならそんな雑にすることはないと思うんだけど……」
「……腐ってもエスペランサか」
声色は女だった。
しかしこれまた厳格そうな抑揚である。
ボクの身の回りにいる女性にもっと庇護欲掻き立てる人はいないのかな〜。
まあボク自身が母性を与えると言っても過言ではないしね。
一人で生きることになったら野草ハンターにジョブチェンジだ。
影から出てきたのは口元だけを露出させる仮面をつけた不審者。
う〜ん、姉上に助けを求めたいが?
「どちらさま?」
「とある組織の使者、とだけ伝えておこう。敵対の意志はない」
「ふぅん……」
このタイミングで来るか。
第一候補は姉上の敵対勢力──簡潔にいうなら第四師団。
でもなんか黒のえっちな服装なんだよな、この人。
第四師団ってそういう傾向があるのかな。
だとしたら既に大分気持ちが傾いてる。
「ボクはアーサー・エスペランサ。元浮浪者で現ロクデナシ魔法使いだ」
「……なるほど。話を聞く気は?」
「それより先に一つだけいいかな」
女性は無言でボクの言葉を待った。
「ボクにも現状敵対の意志はない。然るべきタイミングで訪れるその時まではね」
「多少は頭が回るか」
「大体今キミと敵対するメリットがないねぇ。殺しに来てるならともかく、話を聞かせてくれるっていうなら耳は傾けるよ」
戦力は寮に沢山いる。
でも魔力の感知に関してはほぼほぼ不可能だろう。
偶然窓の外を見たとしても、この女は上手いこと暗闇に身を隠したままだ。
ボクからは見えても中からは視認しずらい。
上手いね。
手練れだ。
「それで肝心の質問だけど……」
「答えられる範囲でなら答えてやる」
「その服装ってキミの趣味? それとも組織の指示?」
「…………その質問は機密に触れている」
おっと、それは予想外だ。
だってそんな危ない服装してる人が突然暗闇から出てくるとか普通に変質者……
「黙れ」
「あ、はいすみません」
「……上司の命令だ。クソだが強い」
「うーん、どこも下っ端は大変だね……」
思わず同情してしまったが、この感じだと勧誘かな。
そして勧誘に応じないのなら殺してこい、くらいの感じかもしれない。
そうなったらまずいなぁ。
「単刀直入に言おう。第四師団
「ネグ……なんだって?」
「第四師団
めちゃくちゃ早口で言うじゃん……
聞き取るのに苦労するよそれじゃあ。
「ええと、目黒魔道隊ね」
「違う。
「ああうんわかった、
「一度で聞き取れ。…………何度も言いたくはない」
なんか不憫な感じがしてきたな……
暗殺者みたいな風貌なのは上司の意向で、あんまり口に出したくない感じの部隊に所属していると。
顔が見えないだけマシかもしれない。
「わざわざ軍団長が? 言っておくけど、今のボクはくそざこだ。ガッカリするのがオチさ」
「意図は私も知らされていない。日程を伝える」
「これは決定事項になってないかな? 行くとは言ってないんだけど」
「来ないと血を流すことになる。私が」
「キミなんだ……」
「流石に他部隊の人間を襲うのは手間暇かかるからな……」
「うん、なんか可哀想だから受けるけど。それって他人に共有するのはオッケー?」
「問題ないだろう。私はあくまで日時を伝えろ、失敗したら処罰としか命令されていない」
「第四師団行かなくてよかったって今心底思ってる」
姉上。
貴女の言った通り第四師団はクソすぎるかもしれないです。
「……明日の正午過ぎ、陽が東に傾き始めるころだ」
「ん、了解した。堂々と行っていい?」
「ああ。……いや、不安になってきた。私が案内する」
それでいいんだ……
「別に隠密専門と言うわけではない。今日は本職がサボりだった」
「う〜ん、末期すぎない?」
「私もそう思う」
明らかに怪しい勧誘なのになんだか仲良くなってしまった。
ここまで計略だとしたら大したもんだ。
どこからどう見ても組織に振り回される可哀想な人にしか見えない。
「これは私の考えだが」
「うん?」
「お前を即座に殺そう、という人格を持っている上司ではない。これはあくまで交渉の席を設けたいという話だ」
「ああ、それはわかってるよ。殺すつもりなら殺せただろ」
この距離まで魔法使いが感知できないまま近寄られたらなすすべがない。
そのくらいはわかっている。
「ちゃんと交渉の席には行くし、というか第二師団の平魔法使いなんざ捕まえて何しようってんだ?」
「それは私の知ることではない。それでは、三日後またここへ来る」
「うん、よろしく。仮面の痴女さん」
「……………………これほどまでに名乗れないことが屈辱だと感じたのは、初めてだ」
最後にボクを人睨みして使者兼刺客兼痴女は闇に紛れて行った。
にしても近づいてくるのは誰も彼も女性ばかりだ。
それも大体過去にやったことが原因でボクに吸い寄せられてくる。
フィオナ然りペーネロープ然り、姉上然り。
全くもう、子供のボクはもう少し加減を覚えてほしいね。
「……後悔先に立たずとはよく言ったものだね」
パチパチ弾ける焚き火から、あの時の恐ろしい炎を幻視した。
まだ、
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