なぜアーサー・エスペランサは文明から逃げ出したのか


 ボクらセイクリッド王国代表は周辺諸国との戦いで勝利を収めていた。

 すでにその大半は帝国に侵略され吸収されてしまったわけだけど、今もなお残っているパラシオ王国相手にも問題なく勝利した。


 移動は贅沢に魔力石マギアライトを利用した自動車で、広めに造られた車内の中で各々自由に過ごしていた……ような気がする。


「確実性に欠けますね……」

「正直思い出したくない記憶だからね。墓まで持っていくつもりだった」


 話を続けよう。

 三日程度かけて帝国の首都まで運ばれたボクらは用意されたホテルに泊まり、翌日の戦いに備えてた。

 この間に怪しいことは何一つとしてなかった。

 当時はまだ帝国も大人しかったからね。

 かなり高待遇だった。

 綺麗なお姉さんとか結構いた。

 あれって冷静に考えてハニートラップだよね。


「……マセガキ」

「おい、ボクの方が年上だぞ」

「私の方が先輩です」

「それで、ソフィアの兄が何をしていたかだよね」

「ひどい話の逸らし方だ……」


 何を言っても負ける気がしたので強制的に転換することにした。


 正直ホテルでずっと魔力捏ねてたから何も知らないんだ。

 他の人たちはお酒飲んでたり異性捕まえてたりしてたかもしれないけど……

 ボクは魔法が一番好きだから当然引きこもってた。

 ハニートラップにも揺れない鋼の精神力を持っている。

 どうだい、今ならボクを養う権利をあげるよ? 

 大隊長と血族になれる貴重な機会だ。


「この話何かの役に立ちますか?」

「まあ待ってくれ。本題はここからだ」


 フィオナは非常に冷めた目をしていた。


 身震いしちゃうぜ。

 ボクの与太話に興味は無さそうなのでしっかりトラウマとして封印した記憶を引っ張り出す。


「翌日、全員揃ってるのを確認してから移動だった。移動といってもさほど遠くない専用の会場に案内されて、伝統ある競技にしては軍人ばかりの観客席を見て少し疑問を抱いたのを覚えてる」

「……軍人ばかり、ですか」

「最初はボクらの魔法を盗もうとしてるのかと思ったんだけどね。他の国でもその傾向はあったし、ボクは盗まれても問題ない自信があったからその時点でどうでもいいと切り捨てたんだけど」


 殺しにも来なかった。

 だから結局あれは、うーん……

 彼女を隠すためだったのか、それとも、帝国内でなんらかの争いが起きていたのか。


 今のボクじゃなんともわからない話だ。


「そして、いざ始めましょうというタイミングになって、先鋒の……名前がわからない……これは今度記録で確認しておく」

「本当に他人に興味なかったんだ……」

「当たり前じゃないか。この国でボク以上に強い奴は誰一人いなかったし、面白い魔法を使う人もいなかった。だから記憶の片隅にもない奴らばっかりだ」


 そう言う点で言えばライアンさんはかなり特殊かもしれない。

 ボクが思い出せる程度には人格者だった。

 ペーネロープ? 

 彼女を思い出せたのは……なんでだろうね。


「…………私は昔の貴方を見たことがないので、なんとも言えませんが」

「うん」

「ですが、兄が少しだけ話題に出していたのを思い出しました」


 忘れてたんだね。

 案外子供の頃に起きた出来事は忘れていても思い出せることが多い。

 やっぱり若い頃って大事だ。

 ボクはそれを棒に振ったわけだが? 


「『超強い子供がいる』と、興奮混じりに語っていた気がします」

「それはボクで間違いない。なんてったって強かったもの」

「それが今はこの有様ですか……」

「おいやめろ。悲しくなるだろ」

「アーサーより悲しんでる人は多いと思いますよ」


 フィオナ、君レスバ強いね。

 ボクは潔く敗北を認め深く頷いた後、何事もなかったかのように振る舞って話を続けた。


「あー…………そして相手選手が入場してきた。その時点で、こう、異質な感覚はあった」


 周囲を取り囲む軍人。

 こちらは五人フルメンバーなのに、向こう側には一人の少女しかいない。

 帝国は軍事魔法にも力を注いでいると当時から噂になっていて、父も母もそれは時折口にしていた。ボクは面白い魔法があれば教えてほしいとねだったけど、具体的な内容は教えてくれなかったな。


「戸惑うコチラに対し、周りは沈黙を貫いた。そして副将だったライアンが彼女に声をかけたのさ」


 それが全ての始まりだった。

 彼女は僅かに目を揺らして、始まりの合図と共に莫大な魔力を放出した。

 ただそれだけで先鋒はなすすべなく吹き飛ばされ、場外で木に激突する姿を見送った。


「そこからは酷いものだった。次鋒は魔力を利用して踏ん張ろうとしたけど土台ごと吹き飛ばされて敗北、中堅は守るだけじゃ負けると判断して魔法を放ったけど、魔力放出だけで薙ぎ払われて負けた」


 今でも鮮明に思い出せる。

 彼女の赤い瞳が揺らぐ度、相対した人は散っていく。

 彼女に容赦や躊躇いという概念は一切存在していなかった。

 ボクでさえ非殺傷を心掛けて魔力を練っていたのに、彼女は全員死んでも構わないという心意気だったに違いない。


 勿論相手選手を殺すのは御法度で、事故として已む無く判断される場合を除き、原則として懲罰対象になる。


「そんなもの、関係なかったね」


 副将のライアンの足は、震えていた。

 ボクにとって初めての経験だった。

 相対した人間があんなにも恐ろしいと感じたのは。

 父上に連れられて戦場で実際に人の死を間近に見た時よりも、ずっと怖かった。


 ボクは彼女の前では無価値になる。

 その事実を漠然と理解したんだと思う。


「そして彼も抵抗することすら出来ずにやられて、ボクの番。正直逃げ出したいくらい怖かったけど、あの頃のボクは天狗だったから──ボクが負けるわけがないって言い聞かせて戦うことにした」


 年下の少女だった。

 昔のボクより子供だから……多分、六歳とかそのくらい。

 信じられるか? 

 まだ学校に通うとすら始まってない子供に、大の大人が全員やられたんだ。


「そして、負けた。十秒くらい粘って攻撃して、全部正面から叩き潰されて──最後の一撃は効いたよ、本当に……」


 隕石と見間違う程の火球。

 山すら消し飛ばせるであろう火力を個人に向けるだなんて反則だろ。

 残った魔力全てを総動員して防御したわけだけど、会場は吹き飛んで観客として存在していた筈の軍人達すら巻き込んで、彼女はそれを放ってしまった。


「……結果として、ボクらの敗北が帝国を調子付かせてしまったのかもね」


 これがボクの主観から語るあの戦いだ。


 あの後逃げ出すように帝国から飛び出したボクは王国に戻り、両親に顔を合わせることも出来ないくらいぐちゃぐちゃにされた心を落ち着かせるために部屋に引き篭もった。

 だから残った四人がどうなったのか、ボクは全くわからない。

 置いて逃げてきたと判断されてもしょうがない。

 ボクはあの瞬間負け犬になった。

 劇的に変わってしまった。


「そしてその数日後に帝国は周辺諸国へ宣戦布告し、何カ国も相手に何年も戦争を繰り広げ勝利を続け、今に至る。エスペランサ家はその時の小競り合いで当主と夫人を失い、残されたボクは街の外へ逃亡。唯一残された姉上はすでに婿入りしていたからエスペランサ家にどうにかすることもできず──没落貴族への仲間入り、というワケだ」


 そこら辺はボクより詳しい人がいるだろうし割愛しよう。

 ソフィアの問いは兄がどうなっているか知りたいから何があったのか教えろ、と言うものだった。

 ボクの現状は蛇足だ。


「……………………兄は、帝国から戻らなかったと。そういう事ですか」

「彼女の一撃は会場を全部吹き飛ばす程だった。周りで意識を失っていた他の代表を守る余裕は一切なかったけど、ライアンはボクの後ろにいた気がする」


 先鋒、次鋒、中堅の三人は死んでてもおかしくない。

 でも副将であるライアンは吹き飛ばされながらも持ち堪えていたから、特筆する強さは無かったけどちゃんとした実力を有していた。


「だからそこで死んでない、とは思うんだけどね……」


 そこで話は終わりだ。

 ソフィアはボクの話を咀嚼するようにゆっくりと空を眺めながら、大体五分は無言で過ごしたかな。


「……ありがとうございます。……少しだけ、前に進めたような気がする」

「主観でごめんよ。今度また思い出したことがあったら伝えるから」

「貴重なお話でした。踏ん切りはつけたつもりだったけど、やっぱり、こう…………諦めきれないものね」


 それには同意するよ。

 心折れて叩き潰されてもなお、結局諦めたくない心がどこかにあるんだ。

 ボクはそれを自覚するのに十年以上時間を使ってしまった。

 

「もしかしたら、帝国に答えがあるかもね」

「…………帝国に……」

「これはボクの根拠のない憶測だ。でも、そうやって目標があった方がわかりやすいだろ?」


 今のボクの目標は過去の自分を超えること。

 それがどれだけ難しくて苦しい道かは誰よりもボクが理解してる。

 いずれ帝国とぶつかり合うその時に、ボクらはどうなっているだろうか。

 

「……そうね。それくらい漠然と構えてた方が、いいのかも」

「ああ。…………それにしても、あれだね」


 ソフィアのことを見る。

 彼女は立ち上がったまま、キョトンとした顔でボクのことを見返した。


「敬語だった女性がフランクな話し方をすると、ちょっとだけドキっとするよ」

「……………………そうですか」


 非常に冷めた声と目だった、とだけ伝えておこう。

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