三番隊は仲良し
「どうすりゃいいんだ……」
「また呻いてるぜこいつ……」
「結構喧しいのよね」
愛しい愛しいお姉様に無理難題を押し付けられて早三日。
骨折は治らないが身体の不調はそこそこ回復してきたため訓練に参加するようになり、ペーネロープからチラチラ視線を受けつつバロンと二人でバカな話をしながらそんなに時間が経ってしまった。
ボクの悩みの種は非常に簡単。
一ヶ月後に控える総合演習でどのようにして勝利と姉上の納得を勝ち取るか。
多少はマシになったとは言えまだまだ未熟なこの身である。
唯一救いがあるとすれば三番隊全部巻き込んでいるという所だが……
「ねぇバロン。君ってどれくらい強い?」
「お? ペーネロープには勝てねぇな」
「ああうん、だよね」
「だよねとはなんだ」
「農民出身で紛いなりにもエリートで実力者のペーネロープに勝てるなら苦労はしないさ」
でもバロンがかなり厳選された人材なのは間違いない。
今回は強さが欲しいんだけど、強さ以外の部分で活躍してくれるタイプだと思う。
「ルビーは……」
「アタシはペーネロープにも負けないわよ」
「おお、そりゃすごい」
「当然! ……と、言いたいところだけど。負けないってだけで絶対に勝てるわけじゃない」
「十分さ。その勝ちを引けた方が最終的に生き残るんだから、それを引けるようにするのがボクらの仕事だろ」
ボクは殺し合いを経験したことはないけど、父上や母上からたまにそういう指南も受けていた。と言うより魔法を教えるついでだったから適当に聞き流してたんだけど、この年齢になって役に立つとはね。
人生どうなるかわからないもんだ。
「……なんか真っ当なこと言われると腹立つわね」
「同感だ。なあアーサー、模擬戦しようぜ。ジン、俺、ルビーの三人でボコボコにしてやるよ」
「プライドというものが無いのはわかったけど、ジンとフィオナはどう? 強い?」
ボクらからあまり離れてないベンチで座って剣の手入れをするジンと、これまたボクらからあまり離れてない場所で剣を振るフィオナに話しかける。
「私はあまり……まあ、そこの二人とディラハーナには負けませんが」
「意外と好戦的だね。魔法のない騎士ってどう戦ってるのか想像もつかないよ」
「得物次第です。貴方と戦うなら、そうですね……手数と軽さを重視したいので、短刀二つと言った感じでしょうか」
「ボクを殺す気かな?」
「それくらい厄介だということです。本当に同一人物か疑いました」
正直だねぇ。
フィオナなりにボクのことを認めてくれているらしい。
初対面の時はそれはまあ酷かったが、ペーネロープ相手に勝利したことで目論見は達成できたかな。
姉上の期待は裏切らなくて済みそうだ。
「で、ジンは……っとごめんよ。喉があまりよくないんだったね」
「…………気に、してない」
「あー、ジンは鬼強ぇ。全員でかかっても軽く捻られる」
マジで?
思わずジンのことを見つめてしまったが、彼女はハイライトのない瞳でボクのことを見て、手を差し出した。
「…………余裕」
「おおお……勝ったな、ボクは裏でのんびりするとしよう」
「……でも…………隊長とは、互角」
おっと、もう一人人外が見つかったな。
「アンスエーロ隊長?」
「ん」
うん、ボク必要なくないか?
ペーネロープに負けるバロン、ペーネロープに勝てるルビー、ルビーとバロンとペーネロープに勝てるフィオナ、それら全員と戦って余裕で勝てるジンと同格のアンスエーロ隊長。
ボクは寧ろ戦力としてバロン以上フィオナ以下だ。
「で、なんの話だ。俺たちにも聞かせろよ」
「うん? 聞いてないの?」
「そりゃ俺達は平騎士だぜ。お前とは立場が違うんだ」
「あー……そういえば姉上って大隊長だっけ」
「普通そこは忘れないでしょ……」
バロンとルビーの連携攻撃にボクは堪らず後退を選択し、ジンの影に隠れることでことなきを得た。
ちなみにジンはかなり小柄なのでボクは全く隠れていない。
フィオナのため息がやけに冷たく感じた。
「リゴール大隊長と直接話が出来るのは原則隊長格のみ、私たちにその権利はありません」
「後は古参で馴染みがある奴くらいじゃね? それこそジンみたいな」
「なんだと……ジン、君って何歳から従軍してるんだ」
「……………………小さい、時から……」
やっぱりこの国滅んだ方がいいんじゃないか?
第四師団に全部放り投げてさ、第二師団とまでは言わないから
「そりゃ強い訳だ。ジン先輩と呼ぼうか」
「…………同い年」
「えっ」
どうやらジンとボクは同い年だったらしい。
彼女が従軍して戦場で生死を懸けて殺しあってる間にぬくぬく魔法研究をした挙句浮浪者をしていた事実にボクの良心が悲鳴を上げ始めた。
流石に言葉に詰まったボクを見て、ジンはハイライトの無い瞳は一切揺らがないまま、少しだけ口元を柔らかく曲げて言った。
「……そのために……戦ったから、いい」
国を守りボクらのような市民を守るために戦ったと言える同年代の子にボクはなんと言えば良かったのだろうか。クズでカスで無能だという自覚はあるけれど、少しずつ改善して行ったほうがいいのでは?
「アーサーが干からびてるわ……」
「己の所業と現実に打ちのめされてるみたいですね」
「って言うよりこれは自滅してるんじゃねぇか?」
「気にしない…………けほっ」
「すまなかった、ジン。ボク、これから頑張るよ」
流石に喉を治すことはできないが、少しくらいは痛みを和らげる筈だ。
ジンの喉元に手を当てて、魔力を放出する。
ほんのり休まってくれればそれでいい。
ボクは魔法にしか興味のない男だったが、それでも成長するにつれて人間性は増していった。
それらは姉上のお陰だ。
なら、姉上に還元するべき。
それが最も間違いがない選択肢だろう。
「だから、まだ頼ることはたくさんあると思うけど……そのうち頼れる人間になってみせる。よろしく頼むぜ」
「……ん、助かる…………」
この後総合演習のことをアンスエーロ隊長に聞かされたジンを除く全員に訓練と称してボコボコにされ続ける地獄の稽古が始まり、ボクのやる気スイッチは即座にオフとなってジンに泣きついた。
ジンは何も言わずに助けてくれたが、ペーネロープが信じられないものを見たような目でボクを見ていたのが印象的だった。
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