銀鎖の呪い

悠井すみれ

第1話

 その娼館には、生きた彫刻が飾られていると評判だった。生きたまま鎖に繋がれた、美しい悪魔の彫刻が。


「あれのことだよ」


 噂の真偽を尋ねた客に、少年はくすくすと笑って指さした。客の五感を楽しませるための創意工夫に富んだ豪奢極まりない寝室の、一角を。


「悪魔じゃなくて、吸血鬼だけど」


 そこには、確かに半裸の青年が跪いていた。閉ざされた目蓋から覗く睫毛は濃く長く、俯いた頬に影を落としている。両腕は背で纏めて鎖で縛られ、さらに高く掲げられている。悪魔という触れ込みが事実なら、蝙蝠の羽を折った上で標本のように留めている様にも見える。鎖は、青年の首や胴や足もまんべんなく走り、彼のしなやかな筋肉を引き立てていた。

 青年の肌は蝋のように白く、首すじを流れて落ちる髪は黒炭のように黒く、いずれも人間離れして美しかった。悪魔を捉えた彫刻というなら、匠の技と言うべきだろう。だが、青年の胸は微かに上下して、作り物ではないことを見る者に教えている。


「銀の鎖だから怖くないよ。飢えさせているしね。暴れる気力も残っていない」


 身動みじろぎした客の怯えを嗤って、少年は彫刻の傍らに置かれた鞭を手に取った。娼館の稼ぎ頭として長く君臨するというその少年は、それこそ大理石を彫り上げたかのような白く繊細な手をしていた。名匠が丹精したかのような唇、宝石を嵌め込んだような碧い目が、嗜虐の歓びを浮かべて妖しく微笑む。


「でも、それじゃつまらないから──」


 少年の細腕に、さほどの力があるはずもない。だが、鎖に繋がれた悪魔──吸血鬼は、鞭で脇腹をくすぐられて明らかに反応を見せた。筋肉が強ばり、四肢に力がこもるのを目の当たりにして、客は身を乗り出した。美しい存在が苦悶する様に、その正体はどうあれ興趣をそそられたようだった。


「銀を仕込んだ鞭だよ。これだと撫でるだけでもとても痛いんだって。化け物だからね」


 やってみれば、と。鞭を手渡されて客は笑んだ。少年の指が悪戯に彼の手を撫でていった、その感覚によっても何らかの高揚を覚えたらしい。それに何より、自身の手で人外の者を啼かせるという発想が気に入ったのだろう。


 室内には、しばし鞭が空を切る音と苦悶の呻きが満ちた。銀の鞭は吸血鬼の青年の肌を裂き、赤い血を滴らせる。自身の血の臭いも飢えを刺激するのか、青年は牙を剥き出して唸る。鎖がじゃらじゃらと鳴るほどにもがいても、けれど拘束は揺るぎもしない。それを確かめて客は笑みを深め、さらに激しく鞭を振るう。美しい少年は、醒めた目でそれを眺めながら葡萄酒の杯を傾ける。その酒の色もまた、滴る血の色をしていた。


 飽いた客が鞭を放り出すと、少年は猫のように音のしない足取りで忍び寄り、汗が滲んだその背を抱きすくめた。脚の間に手を這わせ、十分に昂ぶっていることを確かめて、客の耳元に囁く。次は僕で、と。誘われるまま、滾った欲が命じるままに、客は少年の細腰を掴むと寝台に投げ出した。

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