デビルズ・カルテ――禁断の黒い果実――

夜光始世

プロローグ

本編をお読みになる前の注意

・本作には数々の犯罪行為、不道徳な行為、危険思想が出てきますが、作者は決してそれらを推奨しておりません。あくまで創作上のものであるという認識の上、お読みください。また、詳しい描写はしませんが男女間の性的加害行為の記述がありますので、苦手な方はお気をつけください。

・ハッピーエンドかは受け取る方次第という結末です。個人的には後味の悪い終わり方ではないと思っています。ただ、『好きな人と結ばれてハッピー』ではないので、大団円をお求めの方には向きません。

・作者は本作をボーイズラブとして書いておりますが、肉体的接触はほぼありません。


以上のことをご了承の上、お読みいただければ幸いです。






 

「ヨイチさんが芸能界に入ろうと思ったきっかけってなんだったんですか?」

 笑顔のインタビュアーが定番の質問を投げかけてくる。

 事務所に入ってから、数え切れないほど聞かれた質問だ。だから俺ももう簡潔にわかりやすく伝えるテンプレができていて、やはり数え切れないほど口にしてきた答えを繰り返した。

「ちょっと恥ずかしいんですけど、みんなを笑顔にしたいから、ですね。中学生の時にテレビでディアラブの皆さんが踊っているのを見ていたら、観客席でファンの方がとても楽しそうにしているのが映って、自分もこんなふうに人を楽しませることのできる仕事がしたいな、と思ったんです」

「なるほど。それでディアラブと同じ綺羅星事務所に入られたんですね」

「はい。ありがたいことにオーディションに受かったので」

「オーディションは緊張しましたか? それとも余裕があった?」

「もちろん緊張してました。かっこいい人が多かったし、特に隣の席にいた人、実はメンバーのレンだったんですけど、めちゃくちゃダンスが上手くて、これじゃ僕は受からないかもって弱気になったりして。でもとにかく自分の力を出し切ることに集中して、あとはアイドルになりたいっていう気持ちを精一杯伝えました」

「プロデューサーのOrinさんも、ヨイチさんの熱意は人一倍だと仰っていましたね。自主練習もよくおやりになるんだとか。Orinさんからのアドバイスや教えで何か印象に残っていることはありますか?」

 あ、これは初めての質問だ。Orinさんがしてくれて助かったアドバイス? うーん……。「あの作曲家ショタコンだから距離感気をつけろよ」とか「どんな下っ端だろうと絶対にスタッフと揉めるな。なんかあればマネージャーに知らせろ」とか「女優はまだいいが女性アイドルには絶対近づくな、特にドリーム系列」とか、そういう具体的な処世術はばんばん思い浮かぶんだけど、さすがにこれを言うのはまずいよな。レッスン中に「ここはもっとダイナミックに」って指示される、っていうのは求められてる話と違うだろうし。

 俺はちょっと考えて、インタビュー向けの無難なエピソードを引っ張りだした。

「そうですね。僕、ほかのメンバーに比べてあまり歌もダンスも得意じゃないんですよ。面白いことも言えないし、特技もないし。自分なりに努力してもなかなか周囲に追いつけなくて、稽古場の隅で落ち込んでたら、Orinさんに『お前の取り柄は必死さだ。人よりできないなら人の百倍努力しろ』って言われたんです。その言葉で目が覚めたっていうか、気合が入って、それから一層、死に物狂いでレッスンに参加するようになりました。厳しい方ですけど、おかげで成長できたと思います」

 これでいいかな? 大丈夫? あ、マネージャーの加川さんが頷いてる。良かったみたいだ。 

 その後も淀みなく会話の応酬が続いていく。インタビュアーの女性はにこやかに相槌を打ちながら、ちらりとレコーダーを見て録音機能が働いていることを確認した。よっぽど変なことを言わない限り、俺の言葉は概ねそのまま雑誌に掲載してもらえるだろう。

 最初に答えた『人を楽しませたくてアイドルになった』というくだりも、きっと載るに違いない。読んだファンはそれを信じる。それどころかグループのメンバーも家族も会社の社長も信じている。だって疑う理由なんて少しもない。ありがちな志望動機だ。もしかしたら、『人を楽しませたいなんて建前で、本当はちやほやされたいだけだろ』って思う人もいるかもしれないけど。でもせいぜいそのぐらいの疑惑だ。

 俺が何故アイドルになりたかったのか、本当の理由は誰も知らない。知られてはいけない。

 俺はアイドルになれなかったら多分死んでいた。誰かに迷惑をかけて、傷つけて、自分もボロボロになって、街の片隅で野たれ死んでた。そうならないためにオーディションを受けたのだ。どうしても大勢の人達に見られる立場にならなければならなかった。

 枷が欲しかった。強くて大きな枷が。一刻も早く、不自由になる必要があった。

「そういえば、ヨイチさんは恋人を作らない宣言をされているようですが――」

 お決まりの質問も尽きた頃、インタビュアーは好奇心をのぞかせながら話を振ってくる。

 俺は微笑みながら肯定した。

「はい、応援してくれる方達って、一言にファンと言っても、皆さん同じ気持ちではないというか……好きになってくださる理由は人によって違いますよね。ダンスが見たいとか、歌声が好みとか、彼氏にしたいとか、色々。僕はできるだけ全部の想いに応えたいと思ってるんです。恋愛対象として好きになってくれるファンの方にもがっかりして欲しくなくて。だから友達は沢山作りたいですけど、恋人はファンの皆さんだと思ってます。誰か一人を彼女にすることはありません」

「凄いプロ意識ですね。じゃあ結婚とかも?」

「しません」

 きっぱり断言すると、インタビュアーは感心したようにへえぇと言い、手帳に何かを書きつける。

「インタビューはこれで終わりです。ヨイチさん、お忙しい中ありがとうございました」

「いえ、こちらこそありがとうございました。雑誌に載るの、楽しみにしてます」

「ふふふ、うちの雑誌は二十代女性が読者層ですからね、きっともっとファンが増えますよ」

 和やかな雰囲気でインタビューは締めくくられ、双方席を立った。写真は既に撮り終わってるから、今日の仕事はこれでおしまいだ。

「ヨイチさん、噂通り素敵な方で、私ファンになっちゃいました。デビューしたらますます人気者になってしまうでしょうけど、そうなってもまた是非特集組ませてくださいね。では、失礼します」

 軽く頭を下げながらインタビュアーさんが退出すると、加川さんが近づいてきて、俺の肩をぽんとたたく。

「初めての雑誌だけど、落ち着いて受け答えしてたな、ヨイチ。もうすっかり慣れた?」

「や、まだちょっと緊張します。実感ないです、自分がデビューするとか」

「はは、自信持って。これから露出が多くなれば、今までとは比べ物にならない数のファンがつくよ」

 からかうように言う加山さんに、俺はへらっと笑った。早くそうなればいいのに。山ほどの人が俺のこと好きになって、俺に執着して、俺のことを監視するようになればいい。俺が絶対恋愛なんてする気を起こさないように、ずっとずっと見ていて欲しい。そうでなければ俺は――。

「でも良かったの? 結婚しないなんて言っちゃって。熱狂的なファンは増えるだろうけど、あとが大変だよ。社長だって一生結婚するなとまではいってないのに――」

「いいんです。しませんから」

 心配そうな加川さんを押し切るように、俺はもう一度言う。

「俺は、これからの人生ずっと、恋愛も結婚もしません」

 だからあんたも協力してくれ。俺の枷の一つになってくれ。そんな思いを込めて、絶句した加川さんをじっとみつめる。

 俺がうっかり羽目を外して恋愛しないように、バッシングされまくってグループの人気が落ちないように、俺の商品価値を高めたままでいられるように、近くで見張っていてくれ。そのために俺はこの仕事を選んだんだから。

 ――そう。俺は、神内与一は、本当はアイドルになるために恋愛を我慢すると決めたんじゃない。恋愛しないために、アイドルになると決めたのだ。

 しばらくそうしていると、加川さんは諦めたようにため息をついて、「わかったよ」と言った。

「正直若気の至りになりそうな気がしないでもないが、君の意志を尊重しよう。いいかい、ここからは修羅の道だぞ。どんなに好きな人ができたところで、簡単には結ばれない人生を送ることになる。プライベートだって今まで以上に制限されて、女友達と食事することすら難しい」

「はい」

 俺は殊勝な態度で返事をした。

 それでいいんです。それがいいんです。修羅の道なんて、三年前に既に通った。あれ以上の地獄はない。俺はあの時思い知ったのだ。自分は生涯恋をしてはいけない人間なのだと。

「わかってるならいいさ」

 言いながら加川さんはスイッチを押して部屋の灯りを消し、小部屋から廊下に出る。

「明日から君は新しいスーパースターだ」

 待ち望んだその言葉を、俺は万感の思いで噛みしめた。

 ついにここまで来た。三年前にこの事務所のドアをくぐってオーディションを受けたときから、色々なことがあったな。今までの出来事が走馬灯のように頭の中を駆け巡ってていく。

 ダンスが下手だと罵倒されて夜通し練習したこと、初対面の人達とグループを組まされたこと、メンバー間の衝突に悩んだこと、先輩のコンサートのバックをさせてもらったこと、自分達でもコンサートをやって沢山の声援を浴びたこと、過激ファンに家を知られて引っ越ししたこと、道を聞かれて教えてたところを盗撮されて彼女できた疑惑で炎上したこと、舞台に出させて貰って千秋楽まで迎えたこと。嬉しいことも嫌なことも沢山経験してきた。本当にこの道で良かったのか、自分のやってることは全部無駄なんじゃないかって迷ったこともあった。

 だけどもう迷ってる余地なんかない。ようやく俺はスタートラインに立てたのだ。あとはひたすら突っ走るだけ。よそ見なんかせず、前だけを見て。

 これで――これでやっと進むことができる。光溢れる、希望の道へと。

 大きく変わる環境に怖気づきそうになる自分を自覚しながらも、これからが本番だと気合を入れなおす。

 ようやく明日、俺はアイドルとして正式にデビューできるのだ。

 暗黒の現実を抜け出し、夢の世界の完璧な偶像として生き抜いてみせる。


 ――絶対に。

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