2-2-4 装備品屋さん、ボルガンさん!
ぜんぶ鞄に入れて、俺はほくほく気分でほうっと満足の溜息だ。
うん、あとは杖だな。できたら楽器も見たいけど、優先はもちろん杖だよね。
「はー、おまえちょろすぎ」
「うれしいと思うことには素直に反応したいんです」
だって、疲れ切ってたら「美味しい」とか「うれしい」とか感じることがなくなるからな。
今ならそれがどんなに大事なことかわかる。
「そうかい、そりゃまあいいことだ。あとは杖だっけ?」
「うん。さっき買った
「ギルドに冒険者から下取りした安い武器がいろいろあるんだが、ボクが覚えている限りでは少年が買えそうな杖はなかったな。まあ、少年にはまだ大体の武器が大きくて重いから、どっちにしろ店に行くしかないねー」
「はい」
なるほど、下取りとかあるのか。じゃあいつか俺が育ったら買って使うのもいいかも。
宝珠は杖がなくても手に握って使えないかと思ったんだけど、さっき買うときに宝珠を持ってみてわかった。
ちゃんとそれ用の杖じゃないと、
前を歩くピルピルさんについて中央エリアに出た。北のエリアにも武器屋があるけど、まあ値段的にきっと手が出ないよね。
お昼前になって広場はだいぶ人が多くなった。制服の学生がまた増えてるから、お昼休みに外に出てるのかな。
「ふんふんふ~ん、杖と~あとは楽器だなー。楽器はみんな大事に使うから、下取りにはまず出てこない。せっかくだ。一回歌声を聞かせてくれよ」
「楽器は欲しいけど、人前では絶対無理!」
楽しそうな鼻歌だと思って聞いてたら、なんてことを言うんだ、ピルピルさんめ!
「なんでだよ。合奏しようぜ!」
「絶対いやです! 恥ずか死ぬ!!」
「なんだそりゃ」
笑われたけど、気にしない。
これだけは譲れないからね。
「ま、どうせそのうち我慢できずに謡いだすさ。ほら、好きなものを見な」
「おお~…いろんな武器とか防具がある!」
なんか不吉なことを言われた気がするけど、それも気にしないからな!
装備品を売ってるお店は冒険者ギルドの噴水を挟んだ真向かいだ。
魔道具屋さんは俺たちだけで買物できたけど、ここはいろんな人が中に入ったり覗いたりでなかなか活気がある。
昨日この町に入ったときは緊張してたし、帰りは暗かったから気がつかなかった。
地面にぶっ刺しましたって感じで立ててある、剣と盾があしらわれた鉄製のごつい看板がかっこいい。
中に入ったら、奥の鍛冶場の熱気でむわっとした。ここも石壁だ。
壁に長物の武器がかかってたり、大きな樽が手や脚、胴体とか種類別に防具の陳列台になってたりと多種多様で目移りする。
扱ってるものが多いだけに、さすがに広いなあ。
ここの店主さんはドワーフのおじいさん…より、ちょっと手前。俺の実年齢から見ても、紛うことなきおじさんだった。
炉のそばにいるせいか、いかつい赤ら顔の髭面、身長はこの身体より頭半分高いぐらいかな。
でも、ランニングシャツ一枚と作業ズボンっぽい格好の身体は重戦車のようにごつくて頑健そうで、特に腕や肩、首あたりの筋肉量は一般人の
「よう、ピルピル。なんだ、見ねえ顔を連れてるな」
「昨日冒険者になったばかりの駆け出しさ。まだ自分の得物もよくわかってねえひよっこだから、なんかあったらガンガン言ってやってくれ。見た目だけでかっこいーとかって買いそうだ」
すごい重そうなハンマーをがこっと置いたドワーフの店主さんが酒焼けした声をかけてきて、ピルピルさんがちらっと俺を見てそんなことを言う。
商品を見てたほかの冒険者にもこっち見られて恥ずかしいんだけど!?
「はっはっは! そりゃいいな。なに、気に入った武器はちゃんと手に馴染むもんさ」
「使いたい武器ならね。ほら、少年。杖はそっち、楽器はあっち。ここは楽器は得意じゃないけど、ここを逃すと職人通りのお高いのしかないから、素直にここで買っときなよ」
うう、俺のステータス、どこまで覗かれたのか不安しかない…!
真昼間なのに縄を括り付けた壺みたいな入れ物でぐいぐいラッパ飲みする店主と世間話を始めたピルピルさんから離れて、俺はおとなしく一番の目的の杖の棚に来た。
やっぱり視線を感じるな…。なんでこの人たち、俺を見るんだろう? まさかこのお客さんの中に昨夜忍び込もうとした人とかいないだろうな?
でも商品以外にサーチをしたらピルピルさんに感づかれそうだし、今はやめておく。
お客さんは二十歳ぐらいから三十歳ぐらいまでの男ばかりで四人。
この店には材質は様々で、宝珠を一つか二つはめられる杖が置いてあった。
木製だけでも使ってる木によって値段が変わるんだな。一部に鉄やミスリル銀を使ってるようなものは攻撃力も高そうだ。
持ってみたら俺でも使えそうだったけど、これを買うと一気に文無しになるから諦めて、一番基本的なショートロッドを買うことにした。エルフィーネが使ってたのと同じようなやつだ。
中には樹木の魔物を使ったものもあるし、もちろん普通の木を使った安価なものもあったけど、俺は聖殿で清めたテティスという木で作ったものを選んでみた。
ほかに比べてなかなかお高いけど、なんとなくありがたみがあるって言うか、女神が彫り込まれてるし、あわよくばなんかこう魔を祓う聖なる力? 的なのもちょっとぐらいあったりしてって思ったからだ。
「少年、杖ならこっちにしな」
「えー! 元がトレントって、夜中に歩き回ったりしない!?」
「もうただの杖だ。こっちの方が固くて頑丈だし、魔物を殴り倒して血が付こうが清めの手間がかからないんだよ。プリーストじゃないんだし、おまえにはこれで十分さ」
くそ、またあちこちから笑われたけど、元が魔物の武器って呪われてそうでいやじゃないか!?
でも綺麗なテティスロッドは取り上げられたし、しぶしぶピルピルさんが渡してきたちょっと黒くて不気味なトレントロッドにする。年輪の模様が人の顔っぽく見えて怖いし、エルフィーネに借りたやつより重い……。
でもまあ、疲れたら本来の杖として使えそうだしいいか。
楽器の棚は…確かに少ないな。
小さな竪琴が一つ、マンドリンみたいな楽器が一つ、ほかはリュート、フルートみたいなサイズの笛が各種一つずつだ。そしてぜんぶ木製。
こんな暑い場所に置いて大丈夫なのかと思ったけど、そばに来るとここだけからっとして涼しかった。
棚に水と風の札が貼ってある。へえ、一応気をつけてるんだ。
興味はあるけど、これは趣味のものだし無駄遣いになるよな。
やめとこうと思って目をそらしたのに、「ほい」とご機嫌なピルピルさんに竪琴を渡されてびっくりした。
小さな竪琴なのに、思ったより重かったからだ。
吟遊詩人といえば竪琴って貧相なイメージしかなかったけど、もしかして吟遊詩人って力持ちのジョブかも知れない。
「弾いてみたくないか?」
あ、これは本心からの笑顔だ。俺の手からトレントロッドを取り上げながら楽しそうに見上げられて、教えられてもないのに俺の身体は竪琴を左腕に抱いて、張りの甘い弦に触れる。
ポロン…っと澄んだ始まりの一音が零れて、ぶわっと俺の中に唄と曲が溢れかけた。
すごい。楽器なんて学生時代に音楽の授業でちょっと触ったことがあるだけでなにも弾けないはずなのに、指が、身体が、知ってる。
なんだこの感覚。気持ちいい…!
続けて弾きそうになったけど慌ててやめた。だって商品だ。お金を払わないうちにそれはいけない。
「なんだよ、お試しぐらいボルガンもうるさく言わないぜ?」
しかも、なぜか店内の人がみんな真顔で注目してて驚いた。
お試しとかないんで、やめてほしい!
もう押し問答もめんどくさいし、早く逃げたい。
さっさと買って出ていこう。そうしよう!
ということで、お会計だ。
トレントの杖が五千ダルム、竪琴は二千五百ダルム。買うつもりだったんだけど、うーん…どうしよう。
正直とっても欲しいけど、杖は絶対にいるから諦めるなら竪琴だ。未練たらたらに棚に戻そうとしたら、ぱしっとピルピルさんが俺の手を止めて、店主のドワーフ、ボルガンさんに言ってくれた。
「おい、ボルガン! ここでコイツを逃したら、この竪琴はまた延々そこで埃被ることになっちゃうぜー?」
「今までも被ってたんだがな」
「ボク、合奏の約束もしちゃったんだけどなー?」
「わしには関係ない」
してないし!
「聞きに来たらいいじゃーん! なあなあ、冒険者になりたてほやほやのひよっこが初めて選んだ武器だ。そこんとこ汲んでくれよ」
まさに立て板に水。今のピルピルさんをサーチできたら、絶対交渉スキルがピカピカしてるに違いない。
なぜかほかの冒険者の人たちまで固唾を呑んだような顔でボルガンさんを見てたら、ガリガリとでかい手で汗でぼさぼさになった頭を掻いたボルガンさんの口から太い溜息が出た。
「……合わせて六千でどうだ」
「え、いいの!?」
「嫌ならやめとけ」
「いえ、欲しいです! ありがとうございます!!」
絶対今必要ってわけじゃないのに、どうしよう。
なにを買ったときよりもうれしいかも知れない!
「よかったなー」
「うん! ピルピルさんも、ありがとう!」
「ボクはいつだってボクのためだから、礼なんかいらないさ」
にっと笑ったピルピルさんだけじゃなくて、居合わせた人たちにまで「よかったね」「大事にしろよ」なんて言ってもらった。
「勝手に装備して持っていきな。手入れの仕方はそこのピルピルに聞きゃいい」
「はい!」
支払いをして、ちょっと不気味だけど見慣れたら愛着が湧く日も来るだろうトレントロッドに、いそいそと
おお、淡く光った! これでいつでも使えるんだな。
あとは楽器を鞄に入れかけて、…はい。
さっと小さな手に遮られついでにあの濃くなったブルーの目に見上げられて、おとなしく頷いて左手に抱く。
俺が街中でアイテムボックスを自由に使えるようになるには、まだまだ時間がかかりそうだ……。
「なにか壊れたりしたら持ってこい。修理できるものはしてやる」
「はい、ありがとうございます!」
ぶっきらぼうだけど暖かい言葉がうれしくて、竪琴とトレントロッドを抱いて頭を下げると、ぐいっと壺をあおったボルガンさんが髭もじゃの顎で出口を指した。
「サイモンが待ってんだろ。行け」
う、やっぱり!?
恐々とピルピルさんを見たら、にまぁっと笑ってぽんと俺のお尻を叩く。
「いよいよ本番だな? 少年」
「一生迎えたくない本番です……」
「ははは!!」
またぽんぽん叩くし!
身長的にそこが叩きやすいんだろうけど、いたずらした子がお尻叩かれてる感半端ないから、せめてもうちょっと上を叩くようにして欲しい……。
まあ、言っても聞かないだろうし、しょうがないか。
さあ、コミュ症&超ビビリな俺への本日最大の試練、強面の方々に脅され…もとい、勧誘を受けるという名目での冒険者ギルドへの出頭だ。
おやつもいっぱいもらえたし、楽しく買物もできたし、あとは夜の焼肉を楽しむためにも、ここは一つ踏ん張るぞ!
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