1-3-1 初めての採取その1


     3


 ようやくギルドを出て、俺はまず緊張で凝り固まっていた体をぐっと伸びで解した。

 なにも終わってないけど、やっと一息だ。


「あの……サトルさん」

「はいっ」


 でもそのとたん、遠慮がちに呼ばれてびくっと飛び上がる。

 ひいい、「俺が守らなくちゃ、キリッ」は本音だけど、でも誰かといっしょに歩くとか、ましてそれがこんな若い女の子なんて、緊張しすぎてドキドキする…!

 身長は俺より少し高いけど、女の子って俺みたいに大股じゃないよな? じゃあ歩幅とか考えた方がいいかもだし、なにか話題を振った方がいいの? 自信ないっていうか、なにを話せばいいかわかんないんだけど!


「ど、どうしたの?」

「ありがとうございます」


 こっそり深呼吸して表情を取り繕うと、身体ごと振り返ったエルフィーネさんがぎゅっとショートロッドを握りしめて、わざわざ頭を下げてくれた。


「え、なんでお礼?」

「サトルさん、本当はわたしなんかじゃなくて、もっと強い冒険者の方といっしょの方がよかったですよね」

「あ…そ、それはでも、お互いさまだと思うから」


 エルフィーネさんこそ、俺みたいな駆け出しじゃなくて、ちゃんと強い人と組みたかったに決まってる。

 そう思って顔の前でぱたぱたと手のひらを見せながら言ったら、エルフィーネさんはちょっと悲しそうに笑って首を横に振った。


「ぜんぜん違います。わたしはポーションを作るなんてできませんし、冒険者登録をするにしても荷物持ちポーターぐらいしか需要がないってはっきり言われましたから。一応プリーストですが、持っているのはこの治癒ヒールの宝珠を入れた杖だけですし……」


 申し訳なさそうなエルフィーネさんを見て、俺はふと思いついてサーチしてみた。

 十六歳の人間ヒューマンで、申告通りプリーストらしくMPが多い。っていうか、HPも俺より多い!

 お、俺もがんばって鍛えよう。まさか腕力まで負けてないとは思うけど、さすがに力や体力でプリーストの女の子に負けたくない!

 持ち物は木のショートロッドに治癒ヒールの宝珠ね。プリースト系のジョブが使う魔法スペルは何種類かあるけど、はめ込む宝珠で使える種類が変わるんだ。

 強力な効果の宝珠を使いたかったらそれだけの魔力や技術が要求されるし、杖自体もいいものじゃないといけなくなるらしいけど。

 たぶん、この子ならもっといい杖と宝珠を持っても使えるんじゃないかな?


「俺は魔法スペルなんてまだろくに使えないから、すごいと思いますよ」

「ありがとうございます。でも、単純な治癒ヒールはポーションでもある程度までは代用できるので、足手まといな回復役を連れて歩くよりはポーションを使うって人も多いんです」

「そうなの?」

「はい。深部の魔法治療ができる、回復術士ヒーラーならまた違うのですが……」


 あれ、もしかしてケガしたら治癒ヒールって単純な話じゃないのか?

 ゲームじゃ最大HPが高いキャラがHP1になっても、魔力の高いキャラで治癒ヒールしたり、ポーションをまとめて飲ませれば全快できたのに。


「えっと、初心者丸出しなことを聞いて申し訳ないんだけどさ」

「はい」

「深部の魔法治療ってなにをするの?」


 首を傾げて聞くと、エルフィーネさんが少し意外そうな顔をしたけど、呆れずに教えてくれた。

「深部というのは、内臓のことですね。内臓まで深刻なダメージを負った場合は、もう普通のポーションでは癒やしきれません。高位の回復術士ヒーラーの魔法治療が必要になります」

「高位の回復術士ヒーラーの魔法治療?」

「はい。この町では、北の教会にいらっしゃいます。特殊な技術を使った治癒ヒールをかけるそうですよ」

「ふーん。エルフィーネさんなら魔力が高いし、できそうなのに」


 特殊な技術って、必要なのは魔力の高さだけじゃないってことか……。

 思わずぽつりと漏らすと、エルフィーネさんは慌てて首を横に振りながら言ったんだ。


「いいえ、できません。深部治療についてはまだ学んだことがありませんから」

「そうなんだ。じゃあ、その回復術士ヒーラーになったら学べるの?」

「そうですね。ただ、回復術士ヒーラーとなるには、すべての回復系の宝珠を使いこなす実力を持った上で、高位司祭の推薦状が必要なのです」

「へえ、そうなのか~。なかなか難しいなあ。…あ、いや。そうなんですね」


 いけね、ついタメ口になっちゃったと慌てたら、エルフィーネさんはうれしそうに笑って言ってくれた。


「はい。せめて司祭として認められるくらいになれば、そういった勉強もさせていただけそうなんですが……。それと、話し方はどうかそのままで。わたしのことはエルフィーネとお呼びください」

「じゃ、じゃあ、俺のこともサトルでいいです…じゃなくて、いいよ」

「はい。わかりました、サトル」

「敬語もいらないってば!」

「ご、ごめんなさい。落ち着かないので、このままで…気にしないでください。くせなんです」

「くせならしょうがないかな!」

「はい」


 やばい、こんな年下の女の子相手にどんだけ焦ってるんだ、俺は!

 もうめちゃくちゃドキドキしながら大通りまで戻って、頭の中でこの町のマップを思い出す。

 始まりの町って、なにかと用事はあるけど貴重なアイテムが取れるのは終盤だし、あんまり長居しないから細かい部分まではよく覚えてないんだよね。

 町の中心にあの噴水のある広場があるとして、ざっくり北東にお城と貴族街、大きな塀で区切った東から南にかけて歓楽街や職人の店があって、北西に騎士が多く住んでて、西側に普通の町民が暮らしてるはずだ。

 物価が安いのは東側だな。ここはスラムみたいに治安の悪い区画もないはずだし、そっちで宿を探すか、俺は男だし安いならギルドで雑魚寝でもいいかも。

 アイテムは探したいけど、ゲームみたいに勝手に人の家に入って漁るわけにはいかないし、入手は難しいだろうな。なにより泥棒はダメだ。

 この先は民家のアイテムはぜんぶ諦めると決めたところで、ゴーンと時計台から音が聞こえた。


「あ、そういえばちょうどお昼だ。エルフィーネ、お腹は空いてない?」

「はい。一日二食で慣れていますし、わたしは大丈夫です」


 こちらでは一日三食なんて王侯貴族とか裕福な家の人ぐらいだもんな。

 もちろん俺もそれで育ってるから平気だし、さっき食べたばかりだしね。


「それならよかったけど、問題はどこで採取するかだな~」


 目当ての薬草自体はこの一帯ならどこでも採れるんだけど、やっぱり強い魔物が出るところほど採取率が上がるんだ。

 それでも一番魔物が強いラルベルテ山脈の麓に繋がる東門はなしとして、湖方面なら西門、深き森とナーオット草原に出るなら南門か……。

 どうしようか考えたけど、そうだった。序盤は南門しか使えないんだよね。それはこれからもたぶんそうだ。

 ゲームじゃイベントで騎士の資格を取ってほかの門を使えるようになったけど、今はそんなイベントが起こっても怖くて参加したくない。


「あの、サトル」

「は、はい?」


 考え込んだところで遠慮がちに呼ばれて慌てて振り返ると、エルフィーネが心配そうに俺を見てた。


「街を出る前になにか用意するものはありませんか? 腰のナイフと小さな鞄しかないみたいですし、よかったらわたし、籠を借りてきますよ」

「籠?」

「サトルの鞄とわたしのショールだけでは、そんなに運べないかと思って」


 ああ、そういう意味か!


「大丈夫だよ。一応弓が使えるんだ。ほら、鞄に入れてあるし」


 斜めがけにした鞄を開けてひょいと弓を取り出したら、「まあ!」と珍しくエルフィーネが大きな声を出して驚いてくれた。


「すごい、サトルは収納魔法ストレージスペルのかかった鞄を持ってるんですね」

「まあね。これはばあちゃんの形見なんだ」


 実際はマジックアイテムを持ってるんじゃなくて、ソロモン・コアのおかげで使えるアイテムボックスなんだけど、そんなことを言ったらややこしいから、ないしょだ。


「どれぐらい入るのでしょうか……」

「わからないけど、この中に矢筒と着替えと野営の道具や水筒も入れてるよ。結構入るんじゃないかな」

「すごいおばあさまだったんですね」

「うん。自慢のばあちゃんだ」


 素直にほめてもらえたのがうれしくて鼻を高くしながらゲートに行くと、入るときと同じ兵士のガストさんがいた。


「お、サトル! 冒険者になったのか!」

「はい。これから初めての仕事です」

「気をつけろよ。可愛い相棒まで連れやがってと思ったら、東の教会のシスターの子だろう。隅に置けねえな。若い奴らにやっかまれるぞ~?」

「いや、まだそんな相棒なんて」


 赤くなってあわあわしながら通り過ぎようとしたら、後ろからガストさんが教えてくれた。


「そうそう、森の方はバンシィが出たそうだ! 近づくんじゃないぞ!!」

「わかりました!」


 バンシィって、確か嘆きの妖精だったよな。確かあれって中盤に出る魔物じゃなかったっけ?

 バンシィ自体はそんなに怖くないけど、確か美しくも悲しい泣き声と歌声で旅人を惑わせるし、その一帯で一番強い魔物を呼び寄せるから危険度は高い。

 ドロップアイテムを狙うときにはいいんだけどね。


「バンシィ……。深き森にそんな魔物が出るなんて聞いたことがありません」

「うん、俺も」


 気になるし調べたいけど、今は俺だけじゃないし、第一勝てない相手に挑みたくない。今度こそ長生きしたいからね!

 ……でも、困ったなぁ。


「サトル、どうかしましたか?」

「うん、目当てのラトリ草の採取場所をどうしようかなって。あれは森の方ならたくさん生えてるんだけどなあ」

「でもバンシィが出るなら危ないですよね」

「だよね…。俺はあの森の奥に住んでいて、三日かけてナーオットに来れたんだけど、そんな魔物は出なかったけどな」

「ずいぶん深い場所に住んでたんですね。奥の魔物は強いと聞いています。襲われたりしませんでしたか?」

「ホーンラビットとかサーベルウルフっぽいのは見たけど、襲われはしなかったな。魔物と虫除けを焚いてたし、エルフの守りのある道を歩いてたからだと思う」


 鞄から地図を取り出しながら答えると、「ああ」とエルフィーネが頷いた。


「サトルはなんだか不思議な匂いがすると思ったら、その香りだったんですね」

「え、臭かった!? ごめん!」


 ラッパのマークとミントとなんかハーブの合わせ技の匂いとか、だいぶ刺激的なんじゃないか!?

 慌ててエルフィーネから離れて謝ったら、エルフィーネの方も焦ってそばに来た。


「いえ、とても安心する匂いですっ」

「安心!?」

「はい。なんだか落ち着く感じで」

「そ、そっか。それならまあ……」


 いいのか? いいってことにしとくぞ??


「とりあえず、草原で探すか森へ入るか決めないとね。俺たちのレベルなら湖の方面は危ないかも知れないし」

「そうですね…って、すごい地図ですね」

「これもばあちゃんがくれたんだ。便利だよ」


 よし、これから俺の持ってるちょっと説明しにくいアイテムはもうぜんぶ「オウルばあちゃんのおかげです」で通そう。

 もう故人だから「俺にも作れ」とかってオウルばあちゃんに迷惑がかかることもないだろうしね。

 森とナーオット周辺をズームしてるから、このあたりの地形はぜんぶわかる。俺のいる場所が小さな光で現れるから、今は城壁にほど近いところにいることがわかった。

 始まりの町周辺で一番魔物が弱いのがこの草原。次に森の入口あたりと西側にある池周辺。その先は森の中間、森の深部と草原の奥から入った岩山っていうか、山脈って感じで魔物が強くなっていく。

 薬草は何種類かあるから、ぜんぶ採りたかったら森の方がいい。でも量を取りたかったら少し奥に入らないとほかの冒険者が採っちゃってるだろうし、ラトリ草と毒消しに使えるレダの根が少ししかないけど、草原に行く方がいい気がするなあ。


「エルフィーネ、森だと穴場を知ってるからもったいないと思ったんだけど、草原にしようと思う。初めてだし、一番魔物に遭わずに済むところにしたいからね」

「はい。そうしましょう」

「ただ……」

「はい?」


 エルフィーネはにこやかに頷いてくれたけど、俺はちょっと口ごもりながら、彼女の足元を見た。


「その恰好で大丈夫かなって」


 これから向かう予定の草原を見渡したら、風でざわざわと揺れる背の高い草が一面に揺れている。

 一言で草原って言っても、生前の俺が知ってるような草原じゃない。あれはただの芝生だったって感じだ。

 一本一本が丈夫で固くて、奥の方なんて俺より背の高い草ばかりになるからね。

 城壁に近いところは遊牧民の人たちが定期的に来るし一部は定住してるから、草がそんなに伸びてなくて膝ぐらいまでだし見晴らしがいいけど、いくらラトリ草の生育が早いと言ってもさすがに採りつくされてる。

 だからもっと奥まで行かないといけないんだけど、生い茂った草で見えにくい足元に石がごろごろしてたり、太い草の株があちこちにあったりだから、エルフィーネが辛くないかと心配になったんだ。

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