1-2-3 到着、冒険者ギルド


 目的の冒険者ギルドは、この広場の右にあった。通りに出した分厚い木の板に「冒険者ギルド」と彫られていて、それを鉄の板で補強した立派な看板が目印だ。

 周りに仲間を待ってるらしい冒険者たちが何人もたむろしていて、その前を通るのはちょっと勇気がいった。

 荒事も多いもんな。そりゃおっかない見た目の人も多いわけだ。

 ドキドキしながら重い鉄製の両開きのドアを押し開けたら、そこはまるで広いバールのような雰囲気だった。

 画面じゃ上からのアングルで見てたけど、実際はこんな風になってるのか~…。

 武器も防具も重装備の人が多いから、床も壁も石造りだ。

 各種族や体格で使い分けできるようになってる様々な高さの立ち飲み用の丸いテーブル、バンコのあちらこちらに、様々な種族とジョブの冒険者がいて、一瞬全員に見られた気がした。

 ……あ、気のせいじゃない。俺の後から入ってきた人も見られたから、そういうものみたいだ。

 右手に依頼書を張り付けた大きな掲示板、左にカウンター、奥は確か右側が手洗いとか治療施設、左側は職員専用。あとは二階に冒険者が格安で寝泊まりできる宿泊施設があったはず。

 俺がこのギルドを目指した理由は、冒険者をやってみたかったというのともう一つある。

 武器と防具が持ち越せなかったのは諦めたけど、二周目特典として開放されてたキャラ、あるいは課金次第で仲間にできるキャラが登場するのか知りたかったからだ。

 今まで過ごした感じでは、かなりゲームの世界そのものが反映されていた。だからこちらも期待できるんじゃないかと思ってさ。

 俺が課金していたキャラは三人。

 メインヒロインで育てれば強力な魔法ジョブに育つ女の子マリーベルと、竜族の屈強な女戦士ニケ、それからリメイク版でやっと救済エンドが追加されたけど、一周目では絶対に仲間にできない魔王軍の強力な女将軍ディアドラだ。


「……いない」


 ざっと見まわしたけど、少なくともここには俺の知ってる仲間になるキャラは誰もいなかった。

 二周目では課金することで最序盤から仲間にできるはずの、マリーベルもいない。

 最初にギルドに入った時点で掲示板の依頼書を見上げてるはずなんだけど、掲示板の前もテーブルのあたりにもまったくべつの、見たことのない冒険者たちしかいなかった。

 それに、二周目で一番楽に仲間にできるはずの強力な男性キャラ二人もいない。彼らも最初にギルドに入ったタイミングでバンコに二人で立っていて、話しかけたらそのまま仲間にできるはずだったんだ。

 つまりこの時点で三人の仲間キャラのフラグがなくなっていて、俺は大ショックだよ!!

 女性キャラはそれぞれ専用のイベントをこなす必要があるけど、男性キャラ二人は一周目はNPCのままで顔見せだけ、でも二周目からはそのまま仲間にできるって聞いてたのに!

 やっぱり生前あいつらのお着換えセットを買わなかったからかー!?

 ちくしょう、こうなることがわかってたら、あんなキャラやこんなキャラの買えるやつはぜんぶ買っといたのに!

 だって男だもん! 美少女や美女のキャラとパーティ組みたいじゃん!!

 お着換えセットもまずお気に入りの女の子のやつから買うじゃん! 水着とか浴衣とか買っちゃうじゃん!!

 でも今はエッチな服着て懐いてくれるかわいい魔女っ子よりも、強くて頼りになるお兄さんかおじさんを仲間にしたい…!!

 っていうか、切実に前衛を任せられる仲間が欲しい! 俺の持ってるジョブはどれも後衛なんだよ!!


「ねえ、そこのボク! さっきからそこで百面相してなにか困ってるみたいだけど、ここに来たの初めてよね? 誰か探してるの? それとも依頼かな?」


 まさかの完全後衛ジョブ開始でぼっち冒険かと頭を抱えて唸っていたら、職員のマイヤさんがカウンターから声をかけてくれた。

 マイヤさんは猫型の獣人族ガルフで、耳と尻尾は茶トラだ。カールしたふわふわの柔らかいオレンジっぽい茶色の髪と同じ色の大きな猫目がかわいい。

 猫っぽいしなやかでスレンダーな体型に、ぴったりした七分袖の白シャツとサスペンダーつきのショートパンツ、蹴られたら痛そうなしっかり金属で補強されたブーツがよく似合ってる。

 NPCだけど王道の猫耳美少女キャラでファンが多かったんだよな。もちろん俺もかわいいと思ってたし、話しかけてもらえたのはうれしい。

 そうか。現実だから俺から話しかけなくても、向こうから話しかけてくれるんだって感動した!


「あ…はい。人を探してました。あの、月光旅団の人たちがいないかなって」

「月光旅団!?」

「はい。その、たまにこのギルドに来るって聞いて……」


 マイヤさんが耳も尻尾もびこーんとさせて驚くものだから、俺はおどおどと小さくなって頷いた。

 だから、ゲームだとこのタイミングでいるはずだったからだってば。

 なんかほかの冒険者たちもみんなこっち見てるし!


「えーと…お知り合いとか? 依頼は…ものすごく高いわよ。気まぐれに格安で受けることもあるって噂はあるけど」

「いえ、そうじゃないんですけど」


 うん、知ってる!

 Sランクのパーティなのに、本当に困った状態の相手を見捨てられないような人たちだもんね。

 すみません。あわよくばと思っただけです!


「会ってみたいって言うか…。一度、仲間になってみたいなぁって思って……」


 でも正直にそんなアホみないなこと言えないし、もじもじしながらそう言ったら、一瞬静かになって大爆笑された!

 しかもここにいる全員に!!


「そ、それは…っ、ちょっと、だいぶ、む、難しいかな!?」

「月光に入れるんだったら俺だって入りてぇっての!!」

「アタシも入りたいわぁ!」


 息も絶え絶えのマイヤさんに続いて、若い冒険者の男と茶色の立ち耳と短い尻尾の犬型の獣人族ガルフの女の人にも大笑いのまま言われた。

 武器や防具、経験値と違って仲間キャラだった人たちなら大丈夫かなって思ったんだよ! あのとき歌より強力な縁を選んでたらいけたかも知れないけど、それより音痴のままの方がいやだからもういい! 諦めた!!

 穴があったら入りたいし、なけりゃ掘りたい気分だったけど、ここで逃げ出すわけにもいかないから、俺はとぼとぼとカウンターに向かう。


「まあ、月光旅団のお兄さんたちはかっこいいものね。憧れて会いに来る子は多いのよ。たまに立ち寄ってくれるから、会えたらいいね。元気出して!」

「はい…」


 憧れより、わが身可愛さであの戦闘力を利用しようとした俺が悪いんです……。

 マイヤさんはしゅんとした俺の頭をぽんぽんと撫でて、キラキラして見える猫目でのぞき込んで言ってくれた。


「じゃあ改めて! 依頼かな? 今なら手の空いてる人たちが多いわよ」


 マイヤさんの一言に、たむろってた冒険者たちが興味津々にこっちを見る!

 暇なのかな!? 俺のことは気にせず放っといて欲しい! 見られたら緊張するから!!


「違います。その…ぼ、冒険者登録をお願いしたくて」

「本気!? 君、歳は?」

「はい。十五歳になりました。ばあちゃんが亡くなって一人になったので、まず職に就かないといけなくて……。十五歳以上なら冒険者登録できるし」


 ぴこぴこしてた茶トラの耳がぺたり、尻尾がへにゃあ…として、マイヤさんの表情が曇る。


「あー…それで月光旅団かぁ……。うーん、確かにあの二人なら、冒険者になって記念すべき初戦って聞いたらいっしょに行ってくれたかもですねえ」

「はは…いえ、さすがに甘かったとわかってますから」

「あのね、冒険者って憧れる子がいーっぱいいるけど、実際にはすごく危ないお仕事なのよ。手っ取り早い身分証として使うならいいと思う。でもランクに応じたポイントを毎月稼がないと、資格を失効しちゃうのね。もし君が読み書きと計算ができるなら、どこかのお店のお手伝いって手もありますよ? 君は未成年でしょう? この町の領主様は優しい方だし、急に独り立ちしなくちゃって状況になった子には補助もあるから、考え直したらどうかな?」


 照れ隠しに頬を掻いて笑ったら、マイヤさんも笑って真摯な様子で言ってくれた。

 一人ぼっちになった子どもを心から心配してくれてるのが伝わって、その気持ちがうれしい。


「ありがとうございます。でも俺、ずっと森の奥で暮らしてたから、外の世界を自分で歩いてみたくて。ばあちゃんに薬草についてはしっかり仕込んでもらったから、まずは採取の依頼をさせてもらえたらいいなって思ってます」

「採取ね。あれは魔物退治といっしょに受ける人がいるけど、うん。いくらでも依頼が出るから大丈夫よ。あ、もしかしたら君、ポーションを作れたりする?」

「はい。ポーションとエリクシールの簡単なものなら」


 ポーションはケガとか体力回復用、エリクシールは魔力というかMPの回復薬だ。


「うんうん! じゃあ、作れたら持ってきてね。うちでも買い取れるから! 道具屋さんに売るのにも、うちで品質保証書をつけられるほどのものなら、どこでも買い取ってくれるからね!!」


 全力で心配してくれるマイヤさんがカウンター越しに俺の手をぎゅっと握ってそう言ってくれて、俺は思わず赤くなってしまった。

 いい歳のおっさんがと自分でも思うけど、近い近い! こんな若い女の子と至近距離でこんな、しかも営業じゃなく心配してもらえるとかびっくりだよ!!

 あーでも、そうか。ゲームではざっくりとポーション、ハイポーション、エーデルポーションってくくりだったけど、現実だと薬の出来具合で値段とか効果が変わるみたいだな。

 うん、こっちもがんばろう。


「こらマイヤ、いちいち肩入れしすぎるなといつも言ってるだろう!」

「あいた! わ、わかってますよう…!」


 そこに低くてざらついた渋い声と同時にのっしのっしと現れてマイヤさんの頭にでかいゲンコツをこつんとしたのは、巨人族タイタンのギルドマスター、サイモンさんだ。

 うおお、近くで見たらでかい! 見上げたら首が痛いぐらいだ。

 三つ編みにして背中に垂らした白髪交じりのモヒカン、彫が深くてあちこちに白く傷跡が残る厳めしい顔、筋骨隆々な巨人族タイタンでも大柄な方に入るだろう身体は軽く身長二メートル越え、体重はざっと俺の三倍ありそう!!

 ゲームの通り片足が義足だけど、丸太みたいに太くて筋肉が盛り上がった腕やはち切れそうな胸筋を見ると、壮年になった今でもめちゃくちゃ強そうだ。


「おう、坊主。悪いこた言わねえから、冒険者はやめとけ。見たとこ装備もねえし、仲間もいねえだろう?」

「あの、採取で森に行くときだけ、誰かと組むとかは……あ、もちろん月光旅団の人たちとかじゃなくて」


 ジロリと錆色の目で見降ろされて、俺はおどおどと提案してみた。


「できないこたねえけど、薬草採取でいちいち組んでたら、それこそ今日の食い扶持を稼ぐのも苦労するぜ?」


 太い片眉を上げたサイモンさんにカウンター越しにぐいっとのぞき込んで言われたけど、それでも俺はやってみたい!


「はい。でもやってみたいんです。俺、ばあちゃんとずっと森で暮らしてて、どこにも行ったことがなくて。冒険者になったら、町の外にも出られるでしょう?」


 大体、せめて冒険者登録ぐらいしておかないとどこへ行くにも苦労する。せっかくなんだから、俺はこの世界を旅してみたいんだ!

 だから正直に答えたら、サイモンさんは厳めしい顔にちょっと呆れたような、でもしょうがない坊主だなって感じの表情を浮かべて言ってくれた。


「そうか。まあ本人がやりたいなら止めねえが、そうだな……。ポーションが作れるなら採算も取れるだろう。やばそうならすぐ仕事を探せよ。マイヤが言うように、独り立ちまでの手伝いぐらいはしてやる」

「ありがとうございます!」

「ふん、まずは死なねえようにがんばるんだな」


 分厚くて大きな手でぐしゃぐしゃっと撫でてくれたら、首がもげるんじゃないかってぐらい頭が揺れた!

 すごい、絶対この人の片手で俺の頭は潰される!

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