【第1部完結】Solomon of worth~人生2周目、清く正しくギルド職員やってます!

シノン

第1部 俺が清く正しいギルド職員になるまで

プロローグ


 西暦20XX年――。

 とある普通の家に生まれ、普通の人生をのんべんだらりと過ごし、なんとなく就職したブラック企業で使い潰されて俺の人生は終わった…らしい。

 容姿も中肉中背の特徴なし…あ。高校で眼鏡キャラになったから属性一個は持ってたか。

 うん。それだけだ。

 なんか強力なコネがあるとか、学生時代にちゃんと将来を見据えて資格を取るとか、なんかほら。語学留学とか? そーゆうのも何一つやらなかったし、就職活動のときもとにかくどこかに滑り込なきゃって感じで、たまたまひっかけてくれたとこに行っちゃったし。

 その後も「あれ、なんかこの会社やばくない?」とか思ったのに、毎日の生活に追われる形でずるずると働き続けて、えーと…十年と…もうちょっと過ぎちゃったか。

 しがないプログラマーだったんだけど給料安くて、結婚なんて夢のまた夢、以前に相手もいなかったし! 出会いはあっても声なんか掛けられなかったし、まあ無理だよな。

 それでも子供のころからゲームが好きで、家に帰ったら好きなゲームやってりゃそれなりに楽しくてさ。

 いやあ、自分がじいさんになる前に死んじまうなんて思ってもみなかったけど、…うん。体力は年々落ちてたんだろうなあ。

 今日も十二時間労働余裕! でも残業は月に十時間までしか申請できないから残りは俺の勝手ってことでね☆ ……という扱いの仕事に向かう途中の駅の階段を、ふらふらになりながら降りてたのは覚えてる。確か一個プロジェクトが終わってやっとの休みだったのに、助っ人で呼び出されて休日出勤になったんだよな。

 そうだ。そこに誰かの悲鳴が聞こえて、振り返ったらスローモーションで落ちてくるベビーカーが見えて、なんとか受け止めようとして手を出したのはいいけど階段を踏み外して……。


「赤ん坊!!」


 俺よりあの赤ちゃんはどうなった!?


【あなたがベビーカーごとしっかりと抱えたままでしたので、無事です】


 がばっと起き上ったところで、やわらかい男のような、低い女のような、あるいは老人のような…正体のわからない声に話しかけられた。

 あの赤ちゃんが無事だったならよかった。

 ……いや、待て待て。ほっとしてる場合じゃない。ここはどこだ!?


「ええと…?」


 この床、珍妙な幾何学模様がチカチカ光る、石か? コンクリじゃないよな……。

 まるで灰色の霧の中にいるような、上も横も数メートルしか見渡せない空間に俺は座り込んでいた。


【藤崎悟。落ち着きましたか?】


「あ、はい。どうも…」


 ふわふわと空中から近づいてきたのは、まるでこの空間の主でございって雰囲気をした羽根つきの謎物体だ。

 素材がわからない、黒いボーリングの玉みたいなものを、縦にも横にも斜めにも金属の輪が囲んでぐるぐる回って、羽は…光か? 触ったらどうなるんだろう。

 見た目と抑揚のない声のせいか感情がなさそう。

 いや、遠隔操作的な感じならどっかの誰かがスピーカーから俺に話しかけてきてるのかも知れないけど。


【藤崎悟。あなたは死にました】


「うわあ、現実の閻魔様って情緒がない…」


 ワンチャンこれ夢じゃない?

 今俺、病院でドラマチックに生死の境をさまよってて、父さんと母さんと兄貴がベンチで心配してくれてるんじゃ? なんて期待したんだけどなー!

 でもまあ…そうか。俺の人生、終わっちゃったのかー……。

 心残りはあるけど、しょうがないな。忙しい割には汚部屋にしてなくてよかった。あとは兄貴、頼むから俺のPCをなんとかしてください! お願いします!!

 そう思いながら顔を上げると、羽の生えた変な物体がふわっとこっちに寄ってきた。


【藤崎悟。あなたに選択肢を示しましょう】


「え? 選択肢…ですか?」


 思わず伸ばした手を避けるように少し遠ざかったそれに言われて、俺は目を瞬いた。

 いや、だって…なんで選択肢? ここが死後の世界とやらなら、裁判とかなんかそういうの受けなくちゃいけないんじゃないの?

 というか、ずいぶんなんかその、機械的だな!? え、あの世もこんな機械化されてるの?

 これ、もしかして神様プログラム的な存在とか!?


【藤崎悟。あなたはあなたが生きる上で、誰かを裏切りませんでした】


「はい?」


【藤崎悟。あなたはあなたが生きる上で、故意になにかを壊し、損なうことがありませんでした】


「いや、飯は食ってたし! ぶきっちょだから、うっかりものを壊すこともありましたよ! そんな聖人君子じゃないですって!!」


 なにをもって!?

 いやまて、そういや俺ってそんな珍しくもない名前だし、同姓同名のもうちょっと上等な人生を歩いたどっかの誰かと勘違いされてないか!?

 ちゃんと顔写真とか照合してるか不安しかないぞ!!

 焦ってそう言い募ったけど、続きを聞いて納得した。


【藤崎悟。あなたはあなたが生きる上で、誰かを

助け、支えることに満足できませんでした】


「……あー……」


【藤崎悟。あなたはあなたが生きる上で、己に力が足りないことを知りつつ、努力を怠りました】


「その…通りです」


 照合…されてる気がしてきた。

 軽犯罪の類もないのは自信あるし、そんなあからさまな犯罪歴はないと思うけども。

 ただ、自分自身で罪というか…罪悪感を持つようなことは、ある。

 小学生のときも、中学生のときも、クラスの目立つやつらに絡まれてる…いじめられっ子のポジションのやつがいた。

 表立って派手なグループに逆らう度胸はない。でも同調してそいつがいやがるようなことは言いたくないし、できない。

 卑怯な俺はただ見ていて、でも周りに誰もいないときは少しだけ話したりした。

 たったそれだけで喜ばれて苦しかった。

 だから授業の話をする体でいっしょに教室移動したりして、それで完全にそういうのが止められたわけじゃないし、こんな中途半端な関わり方、相手だっていやだっただろう。

 俺は、一番卑怯だった。

 そんな自分がいやだったのに、努力をしなかった。大人になってからもだ。

 だからこんな風に死んじゃったんだな。……自業自得だ。


【藤崎悟。あなたは自己弁護をしない。あなたは自分自身をよく理解している】


「え、いや…だって神様相手に嘘ついたって無駄だしって言うか……」


 だってかっこつけたって現実だもんな。つけるようなかっこもないけども!


【藤崎悟。なにも成さず、なにも侵さず生きた人の子よ。あなたに選択肢を示しましょう】


 またこれか。


「……伺います」


 神妙な気持ちになって、居住まいを正して不思議な物体に向き直ると、ふわっと中心の玉の色が変わった。

 青い…あれ、地球か?

 また変わった! 今度は緑が多いな。次に金色? ローズクオーツ…? 宇宙もあるのか…なんだあれ。

 触りたくてうずうずしたけど、ぐっと堪えて返答を待つ。


【藤崎悟。あなたに与えられた選択肢は三つ。一つめはこのまま大いなる渦へ還ること。二つめは我々の助手としてここに留まること。三つめは新しい世界に降り立ってあなたに足りなかったものを学びに行くこと】


「一つは成仏…三つめは修行か。あの、二つ目って具体的にどういうことをするんですか?」


【ここを訪れる新たなものを迎え、その生涯を見届けて報告することです】


「え、長そう! あの、この煙…霧? みたいなのってどけられますか?」


 口にしたとたん、ふわあああっとなくなった。そして見えたのは途方もない広さの空間だ。

 天井見えない! 壁も見えない!! っていうか、床の模様以外あるのはこの物体だけって、怖すぎるだろう!!


「あの、新しい人ってどれぐらいの頻度で来るんですかね? ええと、俺の前に人が来たのはいつですか?」


【この場所なら、人の子の時間で二百年前になります】


「よし、三番で!」


【ここに留まりませんか?】


「三番でお願いします! せっかくの機会を捨てて、なにも得られずにただ成仏ってもったいないんで!!」


 っていうか、こんななんもないとこで百年過ごすとか無理だと思う!

 大体この物体と盛り上がれる話題が思いつかないし、勘弁して!!


【いいでしょう】


「あの、どんなところに行くことになるんでしょうか?」


【あなたが元いた世界は選べません】


「あれ、もしかしてなにか俺が選べるものがありますか?」


 普通、生まれる場所とか親は選べないものだよな。

 もしなにか少しでも選べるとしたら、修行どころかご褒美になってしまうんじゃないか?

 不安になって聞くと、不思議な物体はまるで考えるようにふわふわ小さく揺れて、玉の色をまた変えた。青と緑と白…地球かと思ったけど、違うな。地球にあんな形の大陸はない。

 っていうか、あの地形って…!


「ベルトリア大陸…!?」


【元居た世界ではありませんが、あなたにえにしが結ばれた世界です。この世界に存在する生物、種族、産業…なにもかもあなたが生きた世界とは違います】


「人間だけじゃなくて、いろんな種族がいて、魔物もいて……」


 俺が…やってたゲームだ。「Solomon of worth」…子どもの頃から細々と続いてる俺的名作のRPGシリーズで、最新機種でリメイクされてさ、本当に楽しみにしてて……。

 追加要素もあるし、隅々までやり込みたかったのに、死んだせいでできなくなったゲーム!

 やばい、ぞくっと来た。

 生身の人間がゲームの世界に突っ込まれるって、怖すぎる…!

 あんななんでもアリな世界は、ゲームだから楽しめるんだ!!


【藤崎悟。あなたの知る世界で、あなたはあなたの人生を全うすることです】


「行った瞬間、肝心の人生そのものが終わりそうなんですけど!?」


【終わらせない努力が必要です】


「待って! もし赤ん坊からだったら、どうしようもないです!!」


 そりゃもう必死だよ! だっておぎゃあの瞬間口減らしで捨てられるような環境だったりしたら、そこで終わっちゃうし!

 何一つできないままだ!!


【なにも成さなかったかわりに、なにも侵さなかったあなたに、三つのギフトを与えます。なにを願いますか?】


「え、どうしてですか!?」


 有り難い話なのはわかってる。でも、取り立てて悪人じゃなかったってだけの俺がもらっていいものじゃない気がする。

 世の中無料タダより怖いものはない!

 警戒してそう問いかけると、謎物体がふわっと光って、無邪気に笑う赤ん坊が座ってこっちを見ていた。実体かと思うクオリティの3Dだな!? そっか、あのときの子だ。


【藤崎悟。あなたが助けたこの子どもが生き延びたことによって、多くの命が救われることになります】


「そりゃすごいや。未来の名医とかですか?」


【いいえ。この子自身が生きていることにより、きっかけが生まれるということです】


「バタフライエフェクトってやつか…。まあ、なんにせよあの子が無事に大きくなれるならよかったです」


 小さい出来事があとには大きな影響を持ったりするってやつだな。

 あの子が生きて歩んだ先で出会った縁やできごとが、大きなものを呼んだり生み出すのかも知れない。

 それを見られないのは残念だけど、あの子やあの子の親御さんが俺のことで苦しまなかったらいいなあ。

 あとは、俺が助っ人に行けなかった仕事だけど……まあ、それはしょうがないと割り切るしかないか。俺の担当してたやつが終わってただけ、気持ちはましだ。


【運命にはいくつもの分岐点があります。あの時、本来は踏み込むべきでない場所にこの子どもは迷い込みました。そしてなんの功績も残すことなくこの子の命が終わるところを、あなたは自分の命を引き換えることで救いました】


 そのせいで、俺自身は家族を泣かせたり苦しめたことになるんだ。褒められるようなことじゃないけど、これで気持ちは固まった。


【藤崎悟。三つのギフトはどうしますか】


 俺は覚悟を決めて聞いてみた。


「……俺が行くのは、今神様が映してる星…『Solomon of worth』の中ですか」


【あなたの持っている情報と照らし合わせるなら、そうなります】


 子どものころ、夢見た剣と魔法のファンタジー世界……。あのころだったら素直に喜べたんだろうけど、大人になった今じゃ恐怖しかない。

 方針や対策をじっくり考えたいけどたぶん、そんな時間はなさそうだ。

 よし! そうと決まったらまず交渉だな。素直にその三つのギフトをちょうだいしよう!


「俺はその世界を知っています。ゲームという形でしたが、関わりを持ったので。そのデータをそのまま使いたいです」


【許可できません。過ぎた力は新たな器を破壊します】


「あー…レベルカンストまでは行ってなくても、さすがにラスボスクリアするぐらい強くなってるからかな。わかりました」


 経験値は無理か……。

 仕事で忙しいのもあって、一周目はいろいろ飛ばしながらさくっと終わらせて、二周目は強くてニューゲーム状態でじっくりコンプするつもりでいたんだ。

 それでも引き継げるものがあればって思ったんだけど、さすがにそうは問屋が卸さないか。


「じゃあ、一つ目は記憶を持っていきたいです。過去の反省もあるし、今度はその……」


 口にするにはちょっと勇気がいって、俺は膝の上で両手を握った。

 なんだこれ。おっさんのくせに、青少年の主張みたいで恥ずかしいな!


「逃げたいときに、簡単に逃げないようにしたいので。後悔したことを、覚えていられるように」


 もちろん、もし戦闘するような生き方をするなら、生き残るための戦略的撤退というか、逃げ足は必要だけど。

 記憶を持ったままもう一回生きられるなら、同じ轍は踏まないようにしなきゃ意味がない。


【許可します】


「二つ目は、アイテムボックスをお願いします」


【許可します】


 おお、よかった!

 アイテムボックスは、自分の魔力に応じて内容量が増える主人公だけが持つマジックアイテムだ。

 ゲームだと初期装備だけど、現実にその世界で生きるとなったらあるかどうかわからないから、持てるのを確定したい。


「あと一つか……」


【潤沢な資金、その世界の至宝、強力な縁。あなたはなにを望みますか?】


「どれも魅力的ではあるんですけど……」


【残っているギフトは、一つだけです】


「はい」


 せっかくの人生二周目だし、今度はブラック企業に勤めてふらふらってのはいやだ。どうせなるなら、あの世界を旅して回ってふらふらになりたい。

 かといって貴族とか名門の家に生まれることを選んだとしたら、それはそれで家つながりのいらん気苦労が絶えないだろう。

 至宝は興味あるけど、宝なんて結局は自分で探して見つけないとうれしくない。

 強力な縁は良さそうだけど、それが権力者になると絶対面倒なしがらみがセットでついてくる。

 なにより、人の縁っていろんなきっかけを生むけどさ、分不相応な縁はあとで引け目を感じたりしそうだしね。

 今度の人生は一人でもいいから、等身大の俺と付き合ってくれる誰かと友だちになれたらいいな。


「決めました」


【なにを望みますか?】


 だから、最後の一つは俺のコンプレックスを克服するために使うことにした。


「歌を」


【歌、ですか】


「はい。上手くなりたいです。俺、音痴だったんで。人前で歌うときに恥ずかしい思いをしなくてすむように、上手くなりたいなって」


【許可します】


「ありがとうございます!」


 うおお、もしかしたらこれが一番うれしいかも知れない!

 学生時代、カラオケに連れ立っていける連中がうらやましかった。

 下手でも楽しく歌えたらいいとは思うんだけど、気が小さい俺には子どものころに音痴だって笑われたことが抜けない棘のまま突き刺さっていて、克服できなかったんだよな。

 一人でカラオケ行って練習するような度胸もなかったし、好きな歌の中で自分が歌えそうなものがなかったってのもあるけど!


「あ、身体が……」


 なんだかわくわくしてきて、決意も新たに立ち上がって礼をしたかったのに、その前に俺の身体がふわっと浮いて光った。

 うわあ、これが無重力ってやつか!


【藤崎悟。あなたに授ける三つのギフトが決まり、あなたはあなたの新しい人生を選びました】


「はい」


【藤崎悟。あなたの新たなる人生に、幸いがありますように】


「はい! ありがとうございます!」


 ふわふわ浮いたまま、いい歳の大人のくせにちょっと涙ぐんだりしながらがばりと頭を下げて礼を伝えると、心なしか不思議な物体の光が強くなって、それがまるで頭を撫でられてるような、背中を叩いてくれてるような…そんな心地になった。

 そして、また顔を上げた瞬間。


「!」


 ぐわっとあの物体の玉が大きくなって、地球儀ぐらいだったベルトリア大陸がどんどん大きく、巨大になった。

 吸い込まれる!

 ああでも、目を閉じるなんてもったいない!!

 風圧を感じるわけじゃない。

 でも必死に目を見開いたまま、俺を飲み込もうとする巨大な玉に落ちていきながら、俺はこれから俺が生きることになるだろう世界をただ見ていた。

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