第87話 episode.22 小さな旅行(2)


 眠っているダニエラをベッドの上に残して、恋人たちはバスルームに逃れた。


 少女を起こしてしまわないように愛を交わすには、この場所しかないと誘ったのはエドだったけれど。


 体の大きいほうのルカがバスタブに座り、彼に後ろから抱きすくめられるような格好でエドが座った。


 浅い浴槽は、彼ら二人の体が中に一緒に入るにはいかにも狭くて、向きあうことができなかった。そのせいで背後から抱きしめられたエドの体は、ルカによってやわらかく自由を奪われてしまった。


 明かりを消して欲しいと頼んだのに、ルカは聞き入れてくれない。


「消したら、見えなくなっちゃうだろ?」


「見えなくするために、消すんじゃないか」


 そう抗議したのに、ルカは笑ってとりあわない。――昨夜、エドが体の喪失を見られることを気にしたせいか、ルカはことさらのように明かりをつけたがった。


「俺は、見たいんだよ。――エドを見ながら、したいんだ」


 きみはエドであるだけでいい。

 体が綺麗だとか、そうじゃないとか、気にしなくていい。


 明かりをつけたまま裸にすることで、ルカはそう主張したいらしい。


 エドがさらに反論を口にする前に、ルカは愛撫を始めてしまったので、エドはもうそれ以上、意味のある言葉が喋れなくなってしまう。


 後ろから抱きしめているルカが、エドの首から肩にかけての線にキスを落としていく。そうされながら、背後から伸びてきた手に、体を撫で回された。


 片方の手で胸の突起をいじられ、もう片方の手に下着の中をもてあそばれる。大きな手に性感をとらえられ、ルカにいいように乱されていく。


 嫌らしく動くルカの手が、暖色の明かりのなかではっきりと見えて、エドはぎゅっと目をつぶる。


「ルカ……」

 思わず名前を呼んだら、自分の声が泣き声のようになっていることに驚く。


「――なに?」

 愛撫を緩めずに、ルカはささやき声で尋ねる。


 先端からあふれたもののせいで、ルカの右手の中の自分は濡れてしまっている。ルカは、そのとろりとした液を指先に絡ませて、滑らかにこすりあげてくる。


 慣れた手つきで可愛がられて、唐突に気づく。


 ルカは、自分でするとき、いつもこんなふうに、してるんだ……。


 そう思った瞬間、がくん、と体が快楽の中にひきずりこまれた。


「……っ!」

 声がかみ殺せなかった。


 背後のルカは低く笑って、エドの耳の下についばむようなキスを繰り返した。


「――あ……痕を……つけ、ないで、くれよ」 


 呼吸が乱れてしまったせいで、もう普通に喋れなくなっているエドが、切れ切れにそう言うと、ルカはひどく楽しそうに言った。


「じゃあ、舐めるだけにしよう」


 そう言って首筋にそって舌を動かしてくるから、エドは泣きそうになって、ルカの強い腕をつかんだ。


「待って、ルカ……」

「なんで?」

「声が、我慢、できない。そ――そんなふうにされると……」


 緩慢にエドの乳首をもてあそんでいたルカの指が、そのとき、強くつねるような動きをした。


 我慢できずに、体全体を震わせて、快楽の声を鋭く放った。――バスルームに反響して、その声は思いがけない高さで響く。


 その場所を、きつめの力で刺激されるのが、エドは大好きなのだ。ルカは、それを知り抜いている。


「待って、それを、続け、ないで……ダニエラが……」

 ルカの腕をぎゅっと握って、懇願する。


「大丈夫、起きたりしないさ。昼間さんざんエドと遊んだから、ぐっすり眠っているよ」

 ルカは普通の口調でささやく。


「だ――駄目だよ、ルカ……」

 エドの声がせつなく揺れた。


 そう頼んだのに、ルカはもっと残酷なことを始めてしまう。下着の中に差し入れていた右手の指を、エドの体の中にまでもぐりこませてきたのだ。


「あっ……」

 ルカの思惑通りに、露骨な声が出てしまう。


「――痛い?」

 ルカの声は薄い笑いを帯びている。


 痛いから上げた声ではないのを、彼はわかっている。わかっているくせに、尋ねているのだ。


 指をやさしく動かされて、拒否とも懇願ともつかない、恥ずかしい声が喉から滑り出る。


 ああ、もう終わってしまう――と思ったのに、ルカのもう片方の手が伸びてきて、エドを強く握って塞き止めてしまう。


「い、いや――嫌だよ、ルカ……」

 エドは、背後のルカに自分の体を押しつけて、快楽に耐えた。


 弾けさせずに、濃密な官能を背骨に流し込まれるようなこの性愛は、ルカにしか与えてもらえない。


「エドの体、薔薇色になってる」


 背後のルカが息だけの声でささやく。


 ――感じているときのエドって、肌全体が上気して、すごく、綺麗だ。


 知ってる?

 赤い実をつける果樹って、花を咲かせる直前、枝や幹が内側から色づくんだ。


 今のきみは、そんなふうになってる。


 体の内側からあまく色づいていて、信じられないくらい、綺麗だよ。……


 ため息をつくようにそう言うと、ルカは、悪戯していた指を離して、エドの体全体を背中から抱きしめる。腕の中のエドは、自分だけのものだと確かめるように強く抱きしめて、たくさんの口づけを降らせてくる。


 まともな声が出せないくらいに激しかった波が、徐々に落ち着くのを待ってから、エドは頼みごとを口にした。


「ル――ルカ……タオルを、取って」

「タオル?」

 ルカは、怪訝そうに尋ね返した。


「僕たちの、頭の、上の棚に、エクストラの、タ……タオルがあるから……それを取って」

 まだ震えてしまう声で頼んだ。


「タオルをどうするの?」

 ルカは意味がわからないらしい。


 そんなふうに尋ねながら、彼の指は、再度、新しい悪戯を仕掛けようとしている。


「だから――咬ませて、僕に。……声が、全然、我慢できないんだ」

「少しぐらいなら、声を出しても大丈夫だよ」

 ルカは、少し笑ってささやく。


 が、エドは頑なに言い張った。ダニエラが起きて、僕たちの声を耳にしたら、困る。続きをしたいんなら、タオルを咬ませてくれないと、絶対に駄目だ。


「じゃあ、俺、立ち上がるから。少し、体を離して?」

 ルカは、言われたとおりにエドにタオルを取ってやった。


 エドは黙ったままそれを受け取ると、口で咬んだ。そして、もう一度背後に座ったルカに、従順に体をあずけた。


「――続き、してもいい?」

 タオルを咬んで、エドはうなずいた。Yes.


「そんなの咬んでいたら、息が苦しいんじゃないか?」

 No. 苦しくない。


 うつむいたエドは、首を振って答えた。


「下着を脱がせてしまってもいい?」

 Yes.


「こんなふうに俺にさわられるの、好き?」

 Yes.


 ルカの右手は、もう一度、エドを可愛がりはじめる。彼は自分の手のひらを、自分の唾液で濡らしてから、エドをあやしたり、苛めたりして遊んでいる。


 ――ルカは自分でするとき、こんなふうに、してるんだろう?


 もてあそばれている仕返しに、意地悪く質問してやりたいけれど、タオルを咬んでいて、声をかみ殺すのに必死で、それもできない。


 エドが高いところに到達しそうになると、それに気づいたルカは、唐突に指の愛撫をやめてしまう。


 梯子をはずされたようになって、快楽の場所にとどめおかれる。エドは焦れて、たらたらとあふれさせてしまう。


 どうしようもなくなって、ルカの手に自分の手を添えて、新しい愛撫をねだる。タオルを咬んでいるから、黙ったままで。


「エドは、もう、終わらせて欲しいんだ?」

 Yes, yes, yes.


 エドは幾度もうなずいた。


「駄目だよ、もう少し、我慢して。――もっと俺、楽しみたいんだ」

 ルカは低い声でそう笑い、濡れた指をゆっくりとしか動かしてくれない。

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