第23話 episode.7 恋人(3)
―― Mornin’.
声をかけられて目を上げると、ルカが目の前に立っていた。
エドは膝の上に地図を広げて、今日の取材場所を確認しながら、ロビーでポールやクレアが来るのを待っているところだった。
「ああ、ルカ。おはよう。早いね」
そうエドが言うと、ルカは左手をぱっと大きく広げてそれに応えた。いつもの彼の挨拶の仕草だ。
「他の三人は?」
「もうすぐ来ると思うけど。とにかく僕は、一番にロビーに来ておかないと。下っ端だから」
エドがそう言うと、ルカが笑った。夏の太陽のような、晴れやかな笑み。
つい見とれてしまう。淡い水色の格子柄のシャツに、紺色のズボンを組み合わせただけの、ごく素っ気ない服装だけれど、背が高くて肩幅が広いからとても格好いい。意志の強そうな男性的な顔立ちは、やっぱりひどく端整だ。
この顔が、子供のように泣きそうになったのを、僕は知っている、と思う。
僕だけしか知らない、とも思う。
二人だけの雨の午後を経験してから、最初に会う朝だった。
「週末は楽しかった?」
ルカがエドの隣に腰掛けながらそんなふうに尋ねた。
彼の淡い色の瞳は、たくさんの意味をこめて、エドのことを覗きこんでいたから、エドは微笑んだ。共犯者だけにわかるように。
「楽しかったよ。とてもね。……きみの週末は?」
「俺の週末はね」
そう言ってルカの唇も、ふっと笑みの形になった。
「週末は、恋人と一緒に過ごしたんだ。……とても素敵な週末だった」
そう言うと、彼は隣に座るエドの膝に手を置いた。ズボンの布越しに、彼の手のひらの感触がじんわりと伝わった。
エドを見つめるルカの瞳の色が暗くなった。彼は低い声で、囁くように呟いた。
「今日、仕事が終わったら、きみの部屋で一緒に過ごせないかな。――五分でも十分でもいい。……二人っきりになりたい」
エドは膝の上に広げていた地図を巧妙にずらして、ルカの手が置かれた自分の膝を覆うようにした。
とたんに地図で隠されたルカの手が動いて、エドの太腿まで上ってくる。……さすがにそれ以上までは上ってこなかったけれど、そのかわりに人差し指が動いて、腿の内側に円を描いていった。
硬い木綿の布越しに、ゆっくりと、ゆっくりと、幾つもの円を。
エドは吐息を洩らしそうになる。
どうして、たったこれだけのルカの指の動きが、自分の体にこんなに強い反応を引き起こすのだろう?
恋をしている相手と体を重ねたら、気持ちと身体を一直線につなぐ回路ができあがってしまったようだ。彼にほんの少し、性的なニュアンスでふれられただけで、その回路を通じて、濃く強い快楽が流れ込んでしまう。
「――いいよ」
普通の声になるように気をつけたつもりだったけれど、エドの返答は、甘くかすれていた。
すっとルカの手が離れた。
彼はごくさりげなく姿勢を正して、前を向いた。
そのルカの視線の先を見やって、階段を降りてくるオカザキとポールの姿をエドも認めた。
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