ボクと君の黄昏時日記
如月瑞悠
プロローグ『他愛もない日々』
——あなたにとって毎日は幸せ?
そう問われたとき、多くの人は「幸せな訳ねぇだろ」って答えるだろう。それもまた一つの解。ただ、世界が終わるってなった時には、話は別じゃないかな。
今までふざけ合っていた友達とも、大事な家族とも、大切な人とも、運命はどうなるか分からないんだ。いつこの世界が滅びてもおかしくない。宇宙人の襲来?核兵器の乱用?崩壊の火種はすぐそこにあるのかもしれないね。
ボクが言いたいことはただ一つさ。世界が滅ぶとき、君たちは絶対に「まだ滅ばないでくれ」って言うんだ。「あと数秒でいいからこの世界が続いてくれ」って。つまりね、君が抱えてるその悩み、世界の崩壊と天秤にかけたら星屑のようにちっぽけなんだよ。
——前を、向け。
新緑の季節が去った。最近は異常気象のせいか秋がない。もう、季節なんて問題ではなく、この日本は暑いか寒いかの二択しか存在していない。今日もこの通り、曇天が広がっており気温も十何度といったところだ。高校にもセーターを着る生徒が増えてきた。ほんとは秋のはずなのに、みんな冬のように寒がっている。
ボクは今日も教室の窓から見える、永遠と広がる山並みを見つめていた。クラスに溶け込めない訳じゃないけど、ボクは派閥社会が苦手だからあんまり人に干渉したくない。
どうせあと一時間で今日の授業は終わるんだし、授業なんて真面目な振りして適当にノート取っておけば終わるんだ。そう思いながら、山際に沈んでいく夕日を見つめる。もう太陽は山に隠れ始めている。そして山の淵をゆっくりと紅く染め上げていく。黄昏の境界線が眩しかった。
前頭部の髪が後退した中年の男教師のくだらない授業を終えて、私は颯爽と荷物をまとめて教室を出た。
向かった先はこの高校の4階だ。一番見晴らしがよく、ボクがこの世で一番好きな空間へ。
開きの悪いドアを開けると、そこには既に人影があった。
「——やっぱり、君は早いね」
「そうですか?1年なんで教室すぐそこなんですよね」
ところどころ綿が飛び出したソファーに寝そべって随分昔の漫画を読みふける少年は、ボクを見るなりそう言った。
「いいねー1年生は。ボクもそんなお気楽な1年生活が送りたかった」
「先輩、ここにきてる時点でもうお気楽でしょう。この時期なら、もう進路は決まっているはずでしょう」
「はは、痛いところを突くね。いいんだよ進路なんて」
ここに来てまで現実を見せないでくれよ。ボクだって焦ってるんだから、今ぐらい休ませて。
そんな弱い言葉をこの子の傍で吐くわけには行かなかった。
「にしても先輩、ここに来るのが日課になりましたね」
「ちがーう。ここは元々ボクの空間だよ!」
東校舎4階の隅にある今じゃ使われていない教材室。ボクが1年生の時にたまたま授業をサボった時に見つけた部屋。鍵が壊れていたので勝手に入ってみたら、案外住み心地がよかったんだ。それ以来、ボクは放課後にここに来て日頃の鬱憤を晴らすことにしていた。
なのに、今年からこの子がこの部屋を見つけたんだ。別に、ボクが教えたわけじゃないし、ボクの部屋でもないからいいんだけどね。
「先輩、先輩は青春したんですか?」
「——君はそんなに青春したいのかい?」
「質問に質問で返すのはよくないですよ」
少年は漫画を読むのをやめて体勢を起こした。そしてボクの目をまっすぐに見つめていた。「答えろ」って無言の圧力を掛けられているようだ。ボクはため息をついて答えた。
「君の言う青春がボクには分からないけど、ボクは放課後にここに来ることが青春だと思うよ」
「――俺の言う青春は恋をしたかってことです」
「してるわけないだろう」
「そうですか。俺には好きな人いますよ」
「はいはい、聞いてないから」
ボクは積み上げられている本の中から一冊を手に取った。ここに積み上がっている本は全て、ボクが家から持ってきた私物だ。さっき少年が読んでいた漫画も、元々はボクの私物なんだけどなぁ。
「じゃぁ、俺は帰りますね」
「あれ?早いなぁ、ボクはもう少し話したかったんだけど」
「——それは嬉しい提案ですが、用事があるもので」
少年はそう言ってこの教室を後にした。秋の日暮れは一瞬だから、もう空は暗くなり始めていた。
「——好きな子か」
もう秋だし、あの少年との付き合いも長い。でも、彼の言う好きな子についてボクが言及することはなかった。彼氏がいないことへの嫉妬?そんなんじゃない。ボクは彼が好きだから、彼の口から他の女の名前が紡がれるのが怖いんだ。
「――そう、あみちゃんは成長したんだ」
読んでいた小説の一説がふと口から洩れた。この小説の女の子のように、ボクも彼に想いを伝えられたらいいのに。もっとボクに勇気があったらいいのに。
いつまでも、成長できない。
学校の門を閉める予鈴が鳴り、ボクも学校を後にした。本当はネットカフェに寄るつもりだったが、彼と話ができなかったのが思ったよりショックのようで、そんなことをする気にもなれなかった。
いつの間にか辺りは真っ暗になっていた。然程田舎でもないけど、街灯の明かりは暗く冷たかった。
どうやったら彼と上手に会話することができるだろうか、でも、彼が別の女のことを口にしたらボクは立ち上がれないかもしれない。彼と話せなかっただけでこんなにもショックなのだから。
暗がりをほんわかと照らす半月が実に憎たらしい。
「——ただいま、私」
学校じゃ絶対に使わない一人称が無意識に口から漏れて苦笑してしまった。
『私』という一人称がボクは好きじゃない。『私』ってだけで女と一括りにされるのが嫌いだった。
そもそも、帰っても親がいないことに違和感を覚えなくなったのはいつからだろうか。父は3年前に母と夫婦喧嘩して家を出たきり、帰ってこなかった。
テーブルの上に書置きがあって冷めたご飯が用意されてるわけでもなく、ボクは完全に家族から放置されていた。
「別にいいけどさ。親なんて」
どうせ相手してくれない。母だって昔のような優しさを取り戻すことは二度とないだろう。
ボクは適当に野菜炒めとみそ汁、ご飯を炊いて食卓に並べた。
テレビをつけると同時に制服のポケットに入っていたスマホが振動した。
今までテレビでやっていた夕方のご飯番組から、速報を知らせるニュースに切り替わる。
「NASAによりますと、地球の傍を通過するはずだった巨大彗星『Twilight』が別の彗星の衝突によって軌道が変わり、このままでは数日後に地球に衝突するとの見立てを発表しました」
女性アナウンサーが同様気味に言った言葉を聞いて、ボクの手からスマホがずれ落ちた。
「——世界が滅びる?」
手から落ちたスマホを拾い上げ、無意識のうちにLINEを開いていた。でも、そこに表示されているのはどれも大して仲良くもない人たちの名前だった。
彼はスマホを持っていない。一番連絡したい彼に連絡できなかった。
Twitterのトレンドには既に『隕石衝突』が入っていた。
「いろんな意味で、世界が終わるね」
冷や汗、呼吸が早くなって、口の中が乾燥する。焦燥、逡巡している暇はない。
「もし隕石落下ともあれば、日本はもちろん、世界が混沌にあふれる。法律違反なんて当たり前になるだろう」
いつ殺されるかもわからない混沌の星になる前に―—。
——彼にもう一度会って、伝えないと。
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