第28話 兼継イベントのススメ・勃発 ~桜姫視点~


「姫、今日は良い天気ですし、散策さんさくに行きませんか?」


 すっきりとした表情の雪村から散歩の誘いがあったのは、越後の生活にも慣れてきた、うららかな昼下ひるさがりだった。

 昨日は信倖のぶゆきからの文を読みながら難しい顔をしていたが、そっちの件は解決したんだろうか。


 こうしていると、ここはゲームじゃなく「その世界観の現実」なんだな、と改めて思う。

 しかし今の俺は「この先の展開を知っている」という、ゲームプレイヤーとしてのアドバンテージを失ってしまった。


 俺がキレて、展開を変えてしまったせいで。


 本来は克頼かつよりが桜姫を「神の子」だとお披露目するだけで、嵐をしずめるような展開にはならない。

 そして花見終了後は、そのまま甲斐に戻っている。

 今の越後滞在は、ゲームには無い展開なんだよ。


 俺が余計な事をしたせいで雪村は、大阪から新潟まで怨霊討伐おんりょうとうばつしながら単騎駆たんきがけする羽目はめになった。

 現代なら大学生くらいのとしなのに。

 そしてこっちに来たら来たで、鍛錬たんれんの合間に農作業の手伝いして、それでいて俺のところにもきちんと顔を出す。

 あいつ、ホントに過労死しそうなくらい働いている。


 俺のせいで本当にすみません……


 さすがの俺も、雪村は少し休んだ方がいいんじゃね? と思っていたから、散策さんさくくらい付き合ってやろう。


 あくまで休息。 

 決して デートだ! と浮かれている訳ではない。



 ***************                *************** 


「越後はきれいな花がたくさんあるのね」

「ここは神龍の加護かごがありますから。これだけ咲くのですから、花を贈り合う風習も楽しいでしょう」

「お花を贈るの?」

「はい、越後では意中いちゅうの方に花を贈る風習ふうしゅうがあります。花には花言葉というものがありますから、気持ちに見合みあった意味を持つ花を贈るのだそうです。そうだ、桜姫も兼継殿に贈ってみてはどうでしょう? 越後ではとてもお世話になっていますし」


 おい。『意中の方』に贈る風習で兼継に贈れってお前、さらっと他の男をすすめるなよ。「雪村は桜姫に興味ない」って言ってるようなもんだぞ。

 それともアレか、本気で「世話になってるんだから贈れ」って言ってんのか?

 朴念仁ぼくねんじん思考回路しこうかいろが読めなくて、俺は軽く途方に暮れた。


 オトすのは絶対に雪村じゃなきゃならんって事はない。

 無理そうなら、他のキャラを攻略するって手もあるが、兼継はダメだ。


 俺の目的は『女の身体でエロ体験をする』こと。

 兼継ルートは桜姫との18禁イベントがないから、オトす意味がない。


 とは言え、雪村にそのまま伝える訳にはいかない。

 俺はしぶしぶ誤魔化ごまかした。


「そうね……でもわたくし、花言葉はくわしくないわ」

「花言葉をまとめた冊子さっしがあるはずです。侍女衆に聞けば誰か持っているでしょう。私もそんなに詳しくはありませんが…… そうですね、例えばこれは秋海棠しゅうかいどうといって花言葉は「恋の悩み」だとか」


 ピンク色の花をんで俺に渡しながら、雪村はいくつかの花とその花言葉をあげてきた。

 秋海棠の花言葉は『恋の悩み』か。おお、まさに俺の心境しんきょうって感じの花だ。

 恋に悩むっていうより、朴念仁ぼくねんじん思考回路しこうかいろに悩んでいるんだけどな。


 桜姫と雪村、けっこう仲がいいと思うんだが、どうして恋愛に発展しないんだ……?

 それに雪村で攻略不可なら、俺は信倖のぶゆき美成みつなりとの好感度を、雪村以上にかせげる気がまったくしないぞ。






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