第26話 そういえばここは乙女ゲームの世界でした


「兄がしばらく戻れないようなので、私が一度、上田の様子を見て参ります。その間、桜姫をお願い出来ないでしょうか?」

 

 ……と兼継殿に伝えたら、言下げんかに却下されてしまった。

 私がそう言いだすだろう事は、兄上が先刻承知せんこくしょうちだったようで、「残念だったな。当主からの厳命だ」と兼継殿が苦笑している。


「姫の護衛に真木では分不相応」と徳山が言っていた事は聞いたけど、意外とこの件は根が深いらしい。


 そもそも徳山は、霊獣を使役する大名を目のかたきにしているところがあり、「人の世は人の手で治めるべき」を信条としている。

 当然、武隈の“炎虎”を使役する真木の事も、良く思っていない。


「富豊に臣従する前に、徳山が何か仕掛しかけてこないとも限らない。雪村を越後から 出さないようにして欲しい」


 兄上からそんな文が届いたそうだ。


 ええ……? そういうことは私宛ての文に書いてよ、兄上。

  

 雪村は現世なら大学生くらいの年齢だけど、社会人だった私よりもずっとしっかりしている。

 それでも兄上や兼継殿から見たらまだまだなのかな?


 いやまさか、私が入っているせいで……?

 だとしたらまずい。私も雪村に頼るばかりじゃなくて、しっかりしなくちゃ。


 桜姫はいいなぁ。こんな面倒な事を考えなくてもいいし、越後の侍女衆じじょしゅうとも打ち解けていてうらやましい。

 私も桜姫に転生したかったよ。



 +++


 さて、上田に戻る件が却下されてしまったので、私はふたたび暇になった。

 そこでふと思い出した。私は雪村の死亡回避の為に、桜姫と兼継殿の恋を取り持つつもりだったんだっけ。


 うっかり 乙女ゲームの世界だってことを忘れていたよ。

 恋愛しろ、恋愛。


 まずは桜姫と兼継殿、お互いの好感度を上げなければイベントは発生しない。

 こっちの世界だって、親しくない相手は誘わないだろうしね。

 どちらにしても大事なのは好感度だ。


 ええと、兼継殿の、一番最初の恋愛イベントって何だっけ?

 確か平安時代の、『花に恋の和歌をえて贈るイベント』っぽいやつ。


 思い出した! タイトルは【越後えちご花言葉はなことば】。

「越後では意中いちゅうの相手に、伝えたい『花言葉』を持つ花を贈るのが流行はやり」と侍女から聞いた桜姫が、兼継に花を贈るイベントだ。


 よし。今日は桜姫を散歩に誘って、イベントが発生した時のために花の下見をしておこう。





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