第16話 美成相見と大阪の花見2

 

 美成に指定された場所は、大阪城の庭園にある東屋あずまやのひとつだった。

 花見の宴にあわせて作られた物らしく、真新しい木の香りが心地いい。


美成みつなり殿に渡して下さいね」


 城下で買ったお饅頭まんじゅうを桜姫に手渡したあたりで、美成殿が現れた。



 石川美成いしかわみつなりは、富豊とみとよ家臣で五奉行ごぶぎょう(という役職)のひとり。

 富豊秀好とみとよひでよし亡き後、主君の一粒種である秀夜ひでよる様を守っている忠臣。

 怜悧れいりな官僚タイプの美青年で、性格はドS。

 親しくなるとツンデレな部分が出てくるので、ファン人気が一番高いキャラだ。


「久し振りだな。雪村」

「こんにちは美成殿。お久し振りです」


 微かに微笑む白皙はくせきの細面に怜悧れいりな瞳。明るい色の髪が緩く束ねられ、肩から胸元へと流れている。

 さすが『カオス戦国』で一番人気なだけある美形っぷりだ。

 ちなみに真木兄弟と美成は、母方の遠い親戚になる。


「領国に住む大名には、このようなもよおしの為に大阪入りも面倒でしょう。武隈殿が招きに応じるとは思わなかったが……何かありましたか?」


 微笑んでいるけれど、富豊家臣でもない武隈家がわざわざ招きに応じたのを、不審に思っているんだろう。

 だからと言って、美成の探りに「克頼様が「桜姫は神の子だ」と曝露ばくろするつもりですよ」とも言えない。


 これはゲームで、先の展開を知っているだけだから。

 兄上だって警戒はしていても、本当にやらかすとは思っていないはずだ。


「克頼様のお考えは、私には解りかねますが……おそらく信厳公が亡くなられた事が 関係しておられるのではないかと」


 お館様が亡くなって独立勢力を保つ自信が無いから、富豊につくか迷っていますよと匂わせておく。

 実際に、富豊と徳山のどちらにつくべきかの見極めと、手土産としての『桜姫の政治的価値』を高めるために来ている訳だからね。嘘は言ってない。


 政治的価値、ようは政略結婚なんだけど。

 桜姫は十八歳。富豊秀好の跡取りである秀夜は、まだ十歳の子供だし、逆に家靖は還暦を過ぎている。

 どっちが相手でも 結婚はエグいなぁ。


 義より利で動く克頼様に(雪村から「敬称!」とツッコミが入りました)、美成殿の眉が少しひそめられる。


「そうでしょうね。徳山につかれても厄介だが……武隈殿は上森殿と違って、忠心に疑問が残る」


 上森も独立勢力を保っていたけど、御館おたての乱以降に富豊に臣従している。

 臣従が遅いのに影勝様が五大老に就任しているのは、兼継殿の駆け引きだって美成殿から聞いた。


「『戦国最強』とうたわれてきた上森が下るのだぞ」と、臣従と引き換えにちゃっかり「五大老就任」を条件にして、そこらへんの折衝せっしょうに当たったのが美成殿らしい。


「なかなか図々しい男だと気に入りましてね。友人になったのですよ」


 馴れ初めを悪口っぽく教えてくれたけれど、主君に絶対服従なところが似ていて、意気投合したんだと思う。


 でも「秀夜様が成人するまで支えるように」と制定された 五大老・五奉行制度だけど、今は上手く機能しているとは言い難い。

 原因は五大老筆頭・舞田歳家まいだとしいえの体調不良。そして筆頭代理・徳山 家靖の台頭だ。

 それで秀夜様の母君・拠殿が、こういう『花見の宴』みたいなイベントを開いて、富豊恩顧おんこの大名の結束を図りたがるって事みたい。


 秀好公の生前から忠実な家臣だった美成殿は、今は拠殿のわがままも大阪の実務も一手に引き受けていて、とても忙しい。

 軽く目頭をむ美成殿の目の下には薄くくまが浮いていて、見ただけで疲れているのがよくわかる。

 手早く済ませておいとましよう。


 桜姫を紹介しながら、私は姫に饅頭まんじゅうを渡すように合図を送った。

 少し前、餅を喉につまらせた所を見たせいか、食い意地が張っている印象がある。

 放っておいたらこのまま饅頭をネコババしそうな、嫌な予感がする。


 私が饅頭の存在を忘れていなかったので、姫はしぶしぶ、といった感じで美成殿に包みを差し出した。


「甲斐の銘菓です。食べて元気を出していただけたら嬉しいわ」


 甲斐の銘菓? いや、それは城下町で買ったお饅頭だよ?

 ゲームでは桜姫の台詞通り、甲斐から持ってきたお菓子を贈っていたけれど、この季節に冷蔵庫にも入れてないお菓子なんて、傷みそうで怖い。

 だからシナリオを無視したのに、どうして桜姫の台詞はシナリオ通りだったんだろう?


 何かが引っ掛かったけど、今はそこらへんを聞き返している暇はない。

 姫の『饅頭への未練』を敏感に察してドSごころをくすぐられたのか、美成殿の目がすっとすがめられたからだ。

 美成殿が冷やかな視線で、桜姫を見下ろした。


「俺は人となりが解らない者からの贈り物は口にしない。それも理解出来ないなら、貴女は随分と不用心な生き方をしてこられた方のようですね」


 あ、来た。ツンが。

 

 この場合、次に桜姫が選ぶ選択肢は

 ①「黙っている」

 ②「言い返す」のどちらかだ。


 好感度の変化はないからどっちでも良いけれど、「警戒している猫みたい」と「言い返す」②を選択すると、レアな美成のびっくり顔が見られるので、個人的にはこっちがおすすめだ。


 さあ桜姫はどう出る……? 

 様子をうかがっていると、桜姫は少し驚いた顔をした後で、にっこりと微笑んだ。


「それもそうですわね。実はこれ、城下で雪村が買ったものなのですが。わたくしが責任を持って毒見をいたしますわ。うふふ」


 ちょっと待てい。

 私は慌てて間に割って入り、桜姫から饅頭を取り上げて美成殿に押しつけた。


饅頭まんじゅうに毒は入っていません。それはともかく美成殿、顔色が悪いですよ? 食事も摂らずに仕事に没頭されているのでしょう。どうか少しでも口にして下さい」

「そう? ではいただきましょう。雪村、ありがとう」


 桜姫を無視して、美成殿が極上の笑顔を返してくる。


 あ、来た。デレが。


 ドヤァって顔で、包みを手に取る美成殿と「いらぬなら、持って帰ろう不如帰ホトトギス」と言わんばかりに、包みに手を伸ばしていた桜姫がにらみ合う。


「姫の分は帰りに買いますよ。では美成殿、私たちはこの辺で失礼します。お忙しいところ、時間を取っていただいてありがとうございました」

「兼継から話は聞いてはいたが、さすがは剣神公の姫神子といったところですね。せいぜい雪村の武運を祈る事にしましょう」


 あ、軽く剣神公がディスられた。


 くすりと笑って腕を組む美成。その視線は、つんっとそっぽを向く桜姫に向けられている。どうやら桜姫の返しはお気に召したみたいだ。


 でも『カオス戦国ゲーム』で、こんなやり取りあったっけ?


 この世界、現世の歴史とも違っているけど、ゲーム展開も少し違う気がする。




 ***************                *************** 


 花見当日、あいにく空は晴天とはならなかった。

 今にも雨が降りそうなくらい雲が 空を覆っている。


「雪村は来ないの?」

「大丈夫ですよ。兄上もおりますし、あちらには影勝様や美成殿もおられます。ゆっくりと楽しんで来て下さい」


 克頼の名前を出せなかったのは、漠然とした不安を感じていたせいかも知れない。

 私は久し振りに見る、不安げな表情の桜姫を送り出した。



 +++


 兄上たちが出掛けてほどなく、厚い雲から大粒の雨が落ち始めた。

 それはみるみるうちに勢いを増し、嵐のように荒れ狂いはじめる。


 これでは花見にならないな、そう思いながら縁側から空を見上げると、目の前で不思議な光景が広がりだした。


 激しい風雨を巻き散らしていた漆黒しっこくの雲がうずを巻き、その切れ間から、陽の光が降り注ぎ始める。



 目まぐるしい天気の急変。

      空から感じる強大な霊力。


 嵐を止ませる 何らかの神力が使われた。


 これは桜姫の神力だ。

 でもこの力が振るわれるのは、ゲームの中では「今」じゃない。


 ……雪村ルートの、最後のはず。



 どうして今、桜姫が神力を使っているの?

 何がどうなっているの!?






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