第14話 これが私の生きる道 ~桜姫視点~

 

 俺の努力がようやく実り、チワワ好きの朴念仁ぼくねんじんがデートを申し込んできた。

 口約束だが、忘れたとは言わせない、絶対に実行させる……って、あれ……?


「今度、越後に行ってみませんか? こちらの世界には『夏桜なつざくら』という、夏に咲く桜があるのです。越後の山中は寒いので、秋になっても咲いているそうです」


 あの時、雪村は確かにそう言った。


『こちらの世界には』?


 俺はやっと、あの時に感じた違和感の正体に思い至った。

 

 そうだ、それだ。

 まるで俺が『この世界』を知らないことを、知っているかのような言い方。

 ……何で雪村がそれを知っている?


 わかんねぇ。


 デートだと浮かれていた気持ちが、じわじわと萎んでいく。

 雪村のやつ、俺が何かヤバいことをやったら抹殺する任務を請け負った、タイムパトロール隊みたいな組織だったらどうしよう……


 …………。

 うん、無いわ。


 俺は俺自身の、あんぽんたんな妄想を一蹴した。



 ***************                ***************


 ゲームは 暇を見て進めている。

 今のところ『兼継エンド』だけ見たけど、あいつ、愛染明王あいぜんみょうおうだったぞ。

 俺を殺す役割なら、間違いなくあいつだ。

「エンディングで天にかえる」ってところがもう、る気しか感じられない。


 初対面の時から、奴は「俺はどこで選択を間違えたんだ?」って吃驚びっくりするくらい、すげえ素っ気なかったしな。ゲームではもっと愛想が良かったぞ?


 いや、いいんですよ別に。俺だって兼継狙いじゃないし?

 …………。


 それはともかく。

『夏桜』うんぬんの件は俺の聞き違いか、雪村の言い間違いだろう、たぶん。



 +++


 そんな感じでのほほんと姫生活を満喫していたら、克頼かつより(一応俺の兄になる)に「花見に連れて行く」と言われた。


 ゲームでも発生するこの『大阪の花見』は、神子姫の存在が大々的に認識される、桜姫デビュー! みたいなイベントだ。悪い意味で。


 というのも、富豊とみとよ徳山とくやま、どちらにつくべきか迷っているオニイサマは、桜姫を「神の子」だと宣伝しつつ最大限に利用して『武隈家の臣従』を高く売りつけたいからだ。


 まあ、別に「証拠をみせろ」と言われる訳じゃないし、ただ桜姫が有名になるだけのイベントだ。

 だが俺は、花見なんてどうでもいい。

 確かこのタイミングで美成みつなりに会わないと『美成攻略不可』になる。

 何が何でも、会いに連れて行って貰わねばならない。



 ***************                *************** 


「雪村、似合う?」


 俺は俺自身の女子力を全開にして くるりと回ってみせた。

 克頼の用意した着物はやたら豪奢で、はしゃいで回るには少々、重い。

 ちなみに頭に被った薄衣うすぎぬは、着飾った俺を見た克頼が「余計な虫まで寄せ付けては面倒だ」と侍女に用意させた物だ。


 ほらあ! 俺って一目見ただけで、男をメロメロにさせそうな美少女だよな?

 なのに あの攻略対象ども、本当にどうなってんだよ。


 とくにあのチワワ好き。


「ぼくがかんがえたさいきょうのヒロイン」全開で、あらん限りのあざと可愛さを駆使しても、いまだ頬を染めた立ち絵(に該当する顔)なんて見たことない。

 実際、この男どもを狂わせそうな艶姿あですがたを見ても、雪村は驚くでも頬を染めるでもなく、にこにこ笑って「よく似合っていますよ」と来たもんだ。


 こいつ、どうやったら攻略できるんだ?

 幼馴染だから「桜姫を恋愛対象に見てない」設定か?

 それとも桜姫は、どっちかっつーとロリっこだから、「まだ早い」と大人になるのを待っているパターンか? 


 ならば『大人の女』をご所望か?

 ちょいと『女』を意識させるようなイベントをぶち込むべき? と胸に饅頭まんじゅうを入れて巨乳にしてみたけど、あいつ、一瞥いちべつもくれなかったぞ?


 その歳で枯れるなよ、もっとグイグイ来い!!


 そんな感じで、こいつをオトす事ばかり考えているせいだろうか。

 薄衣うすぎぬ越しに見る雪村の笑顔に、何だかトキメキすら感じてきた気がする。


 何かキラキラして見えるなー……花嫁のヴェール越しって、こんな風に見えるんだろうか。ぼかして補正をかける、対結婚式用イケメンフィルター……?


 あ、そうか。現世で俺が結婚式を挙げたとしても、ヴェールを被る予定はない。

 これも満喫しておくべきイベントだな!

 俺は改めて雪村を見上げた。


「ね、雪村? これって結婚式みたいじゃない?」


 上背があるし、いざって時は行動が男前だから意識してなかったけれど、穏やかな表情していると女みたいに見えるな、こいつ。

 俺は男目線で見るべきなのか女目線が正しいのか、自分でもよく解らない。


  そんな事を考えながらぼんやり眺めていると、少し不思議そうな表情で俺を見た雪村が「でもこれでは、姫の可愛らしいお顔が見えません」とか何とか言いながら、突然、顔に掛かっていた薄衣うすぎぬをめくった。


「女みたい」なんて思っていた雪村の顔が、突然、至近距離でクリアになる。

 突然の出来事に動揺した俺は、思わず雪村の脇腹に突きを入れてしまった。


 やばい、俺、子供の頃は空手やっていたのに! 

 慌てすぎてうっかり手が出た!


 ぐらりと沈みかけた雪村を慌てて支えたけど、衝撃に驚いただけみたいで 意識は普通にある。

 女の細腕での突きは、さほどではなかったみたいだ。良かった。

 良かったんだが……


 何でこいつ、殴られたのに嬉しそうな顔をしているんだ?

 何かよからぬ嗜好しこうでもお持ちなのだろうか。





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