第八話 火刑法廷
芹澤春海
あらためて対面した芹澤さんは、ひときわ存在感があった。
やり場のない高揚感がわく。それが上野を前にしたときと同じものだと思い出して、ひしひしと後悔を感じはじめる。とり返しのつかないことをしているのではないか。なにもかも通りすぎるんじゃなかったのか。
とはいえ、相手は目の前にいる。横には中島さんも控えている。
いまさらひき返すことはできない。
「ごめんね、わざわざきてもらって」
「いいけど。ちょうど近くにいたから」
芹澤さんも素っ気なく答える。くすぐったくなるような高音のハスキーボイス。いままでちゃんと話したことがなかったせいか、すごく新鮮な気がする。
ちらと中島さんを窺って、芹澤さんはぼくを見た。
「それで、話って?」
「中島さんから聞いたんだけど、上野のこと知りたがってるって」
「まあ、そうだけど」
「上野の死は嘉勢に原因があるんじゃないかって、思ってる?」
芹澤さんの視線に明らかに敵意がこもる。
中島さんはいたたまれない様子だ。
ぼくは愛想笑いを保ちつつ、芹澤さんを見返す。
「じつをいうとね、芹澤さん。嘉勢のところへ妙なものが届いたんだ。ただの紙切れだったんだけど、上野の自殺の責任を、嘉勢に押しつけるような文句が書かれていた。おまえがころしたって」
芹澤さんは無反応だった。
ガラス玉のような目が、まっすぐにぼくを見すえている。
「それ以降なにもないから、嘉勢はとりあえずいたずらってことにして放置してたんだけど、昨日、こんどは脅迫じみた手紙が届いてね。上野の遺品をよこせということだった。それで犯人を捜そうといろいろ調べてみたんだ」
やはり芹澤さんは微動だにしない。
重苦しい緊張感に耐えかねたのか、困り顔で中島さんが口を開く。
「最初の紙切れは嘉勢さんのクリアファイルに挟まってた。それを挟める人が、はーちゃんしかいないらしいの」
「なんで木皿儀くんがそんなこと調べてるわけ」
中島さんのセリフがおわる間もなく、はっきりとした活舌で、芹澤さんがいった。
顔の表情に変化はない。ただ語勢から静かな怒りを感じる。
ぼくはまだ冷静さを装って答える。
「嘉勢に協力を頼まれたんだ」
「なんで?」
「まあ。友だちだから」
「ともだち」
薄い唇が明確に言葉を紡ぐ。
「あんたはうちの邪魔ばかりするんだね」
「……なんのこと?」
「いいの。でも、今回はうちの勝ち」
なにをいったのか考えるより早く、芹澤さんは椅子に腰をおろす。
「座りなよ」
芹澤さんはぼくたちに着席を促す。
ぞっとするほど、晴れやかな笑顔だった。
ぼくと中島さんは動かない。芹澤さんは小さく舌打ちをする。
「木皿儀くんさ、名探偵にでもなったつもり?」
「は?」
「それともお姫さまを守る王子さまかな。残念だけど、もう無駄だよ」
にい、と芹澤さんは笑う。
その瞳は爛々と燃えているかのようだった。
「上野を殺したのは嘉勢だから」
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