空回り
ああ、なるほど。
さっきまでの自分の考えにあきれ果てる。誰が部の交流なんて考えているものか。ぼくがつなぎ役に適当だなんて、まったく逆じゃないか。中島さんも嘉勢を疑っているのだ。萩尾みたく殺人だとは思っていないにしても、上野の自殺の要因と睨んでいるのだろう。
なんだか疲れてきた。みんな上野の死にふり回されすぎじゃないだろうか。ぼくも空回りばかりしている気がする。
「ぼくにもそんなこと、わからないよ」
「じゃあ、美術室で死んでたのは、なんでなんだと思う?」
「なんでって」
なんで?
「やっぱり、嘉勢さんとうまくいってなかったから?」
おまえがころした――。
「それは違うよ。そもそも、そこまで深い関係じゃなかったんだと思う。ほかに上野の家庭の事情とか、あるんじゃないの」
「詳しくは知らないけど、ご両親と仲が悪かったとかはないみたい」
どうしてそこまで知っているのだろう。ぼくの疑念などお構いなしに、中島さんはうわの空でいう。
「でも、なんで美術室なんだろ。あの人、バスケ部だったのに」
「遺書ってあったんだっけ」
「見つからなかったらしいの。でも自殺には間違いない。なにか死にたくなるような苦しみを味わったはずなの。それはなんなのかな。彼が意図して残していなくたって、残っているはずだと思うんだけど」
答えられない。
思えば、ぼくは上野についてなにも知らない。
なんだかんだいって、ぼくは上野が自殺したのだと信じきっていた。もちろんいまだに違和感はあるけれど、彼なりの理由があるのだと思って、その事情を考えもしなかった。どこで死んでいたって同じだった。
中島さんが遠くなった気がする。現実との間に隔てを感じる。
美術室と上野をつなぐ線は嘉勢だけなんだろうか。上野の家庭事情だって、中島さんに知りうる情報には限られない。そもそもぼくと萩尾に把握しきれていない証拠が山ほどあるのかもしれない。ぼくたちの推理を根こそぎひっくり返すような事実。事実をすべて解釈しなおすような文脈。
ますます気が滅入る。けっきょくできるのは、情報を集めて、やるべきだと思うことをつづけるしかない。根拠はたいして得られず、わりと直感だったりする。いつか間違っていたと気づくまで、わかることをたどるだけ。
「木皿儀くん?」
中島さんの声にわれに返る。
彼女のまなざしに迷いはない。上野の死について真剣に考えている。
あまりの真剣さのせいか、ぼくのほうが落ち着いてくる。
「どうしてそんなに気になるの」
「どうしてって」
「中島さんは、現場に立ち会っただけだよね。なんでそんなに考えてるの。もしかして芹澤さんのため?」
中島さんは目を丸くして、自分でもいま気づいたという様子で頷く。
「うん。はーちゃんのため」
「芹澤さんは、やっぱり上野のことが好きだったんだ」
「そう。はーちゃん、今回のこと、すごく気に病んでるみたいで」
「もしかして芹澤さんは、上野の死は嘉勢に原因があるって思ってる?」
「そんなことは、ないけど」
さきほどとはうって変わって曖昧な返事だ。萩尾がいまいなくてよかった。
「でも、たとえ上野が嘉勢とうまくいってなかったとわかったところで、それで芹澤さんは救われるの?」
「わかんない。でも、上野くんがなんで死んだか、わかんないままじゃいられないと思う」
うなだれる中島さん。膝のうえでぎゅっと拳を握る。萩尾といい、たかが友だちに熱を入れすぎではないだろうか。もうすこし距離感を置いてつきあえないのか。
とはいえ、中島さんは心から悩んでいるのだ。これも勝手な印象を押しつけているだけかもしれないけれど、信頼できる人だと思う。
もう直接相談したほうが早いのではないか。
ぼくは意を決して口を開く。
「話はすこし変わるんだけど、じつは嘉勢に変な手紙が届いたんだ」
「手紙?」
「手紙というか、紙切れと、脅迫状」
中島さんは訝しげにぼくを見る。ぼくはつづける。
「紙切れは、上野が発見された翌日に嘉勢のもとに届いた。脅迫状は昨日。上野の遺品をよこせって書いてあった」
「そんな」
「ひどいよね。でも、中島さんがさっき訊いたみたいに、上野の死の原因を嘉勢に見出すことはできるんだ」
中島さんは息をのむ。
「ごめん。わたしも、嘉勢さんとなにかあったのかなって思ってた」
「中島さんを責めてるんじゃないよ。べつに嘉勢も、送り主を責めるつもりもないらしい。ただ、やっぱり遺品は渡したくないそうなんだ。だから、いつ紙切れが入れられたかを調べてみたの。犯人がわかるかと思って」
ぼくは、紙切れが入れられていたクリアファイルについて説明した。職員室の三枝先生の机に忘れていたこと。萩尾が受けとって嘉勢に届けたこと。その間に三枝先生の机を訪れた人について。
中島さんの目は徐々に険しくなる。
「はーちゃんが入れたっていうの」
「訊くだけ訊いてみたいんだ。芹澤さんとその近しい人たちが、上野の死と嘉勢の関係についてSNSで噂してたらしいし。中島さん、知らない?」
「わたしはケータイあんまり見ないから。でも」
言葉を選ぶように、中島さんはゆっくりと話す。
「はーちゃんが嘉勢さんを疑ってるのは、そうなの。でも脅迫なんて」
「芹澤さんに訊いてみたいんだけど、できれば、中島さんも同席してくれない?」
「うん。いいけど」
迷いながらではあるけれど、中島さんは首肯してくれた。
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