六月十七日火曜日⑥
夜になる。
布団にもぐって一時間ほど経っても眠れず、身を起して布団に胡坐をかいた。自室は豆電だけがついているだけだけれど、もう細部の輪郭を把握できるほど夜目が効いてしまっている。
部屋の隅に置かれた本棚の脇。
でんと座ったくまたろうの目が、かすかに輝いている。
……上野は殺されたんだよ、木皿儀。
違うよ。上野は自殺したんだ。
……そんなわけないだろう。あいつは、ぜんぶうまくいっていたじゃないか。
……自殺なんてするわけない。
先輩ともめてたらしいよ。勉強も苦手だった。ぼくともビミョーな感じだった。まあ、ぼくのことなんて彼は気にしてないだろうけど。嘉勢とも、それほどうまくいっていなかったんじゃないかな。
ぼくらは上野のなにも知らない。ぼくらの知らない要素が、彼を死に追いやったのかもしれないじゃないか。現実は推理小説じゃないんだ。ぼくたちの知っているものだけで、世界はできてない。謎は解けない。
それに、殺人だっていうなら、密室はどうするの。
……それはまだわからない。
ほら。根拠ないじゃん。
……木皿儀、おれは魔なるものなんだよ。
……現実ではなく魔法。科学ではなく魔術。秩序ではなく混沌。
……意識ではなく無意識。事実ではなく意味。論理ではなく類似。
……たしかに、これは推理小説じゃない。いや、推理だけじゃなく、小説なんだ。物語なんだよ。探偵と推理だけじゃ足りない。物的証拠だけじゃダメなんだ。謎が解けないのは、現実と虚構をはき違えているからじゃない。
……この事件はシンデレラなんだよ、木皿儀。
……王子さまが死んだ。犯人は誰だろう。もちろん、お姫さまだ。
なにをいっているのか、わからないよ。
……探偵がいて、被害者がいて、犯人がいる。おれたちは、三角の頂点に立つべき人物を見つけなくてはいけない。これが推理小説の形式だ。
……ここにシンデレラを重ねてみるんだ。
……探偵=王子さまがいて、被害者=お姫様がいて、犯人=継母がいる。
……けれど、今回死んだのは王子さまだ。継母はいない。犯人はお姫さましかいない。
こじつけにしても悪質だよ。
シンデレラはどこから出てきたんだ。
……だから、いってるだろう。おれは魔なるものなんだ。
……おれたちに論理は関係ない。いや、論理がはたらく系が違うんだ。木皿儀が考えている系の中で謎は解けない。物語にならない。飛躍がいるんだ。直感や類推がだいじなんだ。
……ここでは気がねすることなく、木皿儀の本音を話していい。
……上野はどうして死んだんだろう。
……木皿儀は、本当はどう思っているの。
ぼくはいつだって本音を話しているよ。
なにも隠していない。話していることだけが、すべてだよ。
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