第二話 魔法少女と使い魔とワトソン役

六月十五日日曜日①

 玄関先に現れた萩尾のリュックは、はち切れんばかりに膨らんでいた。

 よっ、と気のぬけた声で挨拶する萩尾。焦げ茶の鹿撃ち帽。あっさりした白のシャツ。黒のチノパン。紺のスニーカー。めずらしく気を使っているらしい身だしなみも、リュックの異様な膨らみですべて台なしだった。

「どうしたの」

「遊びにきたんじゃん。連絡したよ」

「そっちじゃなくてさ」

 ぼくはしばし言葉につまる。自宅の前なのに居心地が悪い。誰か同級生でも通りかからないかひやひやする。

 とりあえず、いつものように、玄関からすぐの座敷にあがってもらう。

 萩尾は休日にぼくの家へよくやってくる。小学校のころからその目的はさまざまに変遷してきたけれど、最近では主にアニメやゲームの感想をいいにきたり、自作の漫画を読ませにきたりしていた。

 日曜日の今日も、連絡があったときにはその手あいだと予想したのだけれど、リュックの様子からべつの目的だと察せられる。

 暗澹たる気持ちで麦茶を持っていくと、萩尾の膝のうえでは、成人男性の上半身くらいある熊のぬいぐるみがどっしりと構えていた。

「くまたろう……」

 ぼくはその名前をつぶやく。

 萩尾はなにもいわない。

 くまたろうは萩尾の家族で、いわゆる「使い魔」だ。萩尾に魔法の力を与え、その細かな設定を解説する。魔法少女アニメなんかに登場するあれだ。

 たとえば、雨が降る、信号が赤になる、近所に新しく家が建つ、クラスの誰かが休むなどの日常的な些細なできごと。さらには、給食にピーマンが入っている、マラソン大会が雨で中止にならない、萩尾がクラスでの発表でうまくしゃべれなかった、萩尾の好きだった富樫くんが隣の市の私立中を受験する、等々。

 萩尾が感動したり不思議に思ったりしたとき、あるいはなにかに躓いたとき、くまたろうは壮大で迂遠な魔界設定をもち出し、萩尾が苦しむ必然性や意味を強引にこじつけ、辻褄をあわせてきた。

 基本的に萩尾の家にいるのだけれど、たまにうちへもやってきていた。中学にあがってからは萩尾の家にいく機会もなく、とんと見かけていなかったので、いいかげん魔界かどこかに帰ったのだとほっとしていたのだけれど、まだいたらしい。

 今日は萩尾の鹿撃ち帽を被り、さも名探偵然とした風情だ。経年による劣化で毛並みはくすみ輪郭もくたびれていて、ホームズというよりは、長年にわたる心身の苦痛に耐え抜いたハードボイルド探偵の感がないでもないけれど。

 ぼくは座卓にふたりぶんの麦茶を置いて座る。

 萩尾の顔は、くまたろうの大きな頭に隠れて見えない。


「上野の自殺は欺瞞だと思わないか」


 金属質の低い声でくまたろうはそういった。

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