第48話 ロゼラインぶちまける

「ロゼライン嬢だ!」

「こんなことがありえるのか!」


 法廷内のすべての人にロゼラインの姿が視えるようになり場は騒然となった。 


「今、私の姿を認識できる国王陛下、そして皆さま。わたくしはすでに現身を失い人外の者となっております。ゆえにこの国の身分や序列を無視した発言をいたしますことをどうかご容赦くださいませ」


 何かを言いたげな目で彼女を見つめる国王や騒ぎ立てる人々に向かって、ドレスの裾をつまみ軽くお辞儀をしたロゼラインが口を開いた。


「まず国王陛下。先ほどわたくしの死を惜しまれる発言をしていただきましたこと、まことに恐悦至極ではありますが、私の死の何をいったい惜しまれていたのでしょうか? 出来の悪い嫡男の補完的存在が失われたことでしょうか?」


 ロゼラインは尋ねた。そして続ける。


「子を思う親の気持ちもあるのでしょう。しかし肝心の嫡男パリスがその意図を正確にくみ取らず、国王にも期待されていた私の言動を邪推し、挙句の果てに浮気をしその相手とともにわたくしを貶めるようなことをずっと繰り返してきました。そしてそれに対するわたくしの心の痛みを一切考慮に入れず、貴方様はただ『すまない』というだけでした」


 ロゼラインにしてきたことをずばり指摘され、国王は苦し気にうめいた。


「子の気持ちなど一切考えない親の娘ならこんな針の筵のような劣悪な環境の中に放置したまま、出来の悪い息子の補佐をさせておけばいいとでも思っていたのでしょうか? ああ、私のことも考えているような『配慮』らしきものは見せておられましたね。でも正直言って、一応気を使ってあげた感が満載でした」


 国王主催のロゼラインの生誕祭。


 ドレスと宝石を送り、いかにも肩入れしているようなそぶりを見せていた。

 しかしそれは例えるなら、いじめがまん延しているクラスの中で、いじめっ子といじめられっ子に手をつながせて何らかの行事で入場行進をさせ、それで解決したような顔をする馬鹿な教師のようなものだ。 


 自分の息子の根性がひん曲がっていることも、ロゼラインの家族の虐待まがいの彼女に対する扱いもちゃんと知っていたくせに、ロゼラインに堪えて義務を果たすことだけ期待して、時々思い出したように機嫌を取る振る舞いをしただけである。


「そして、この場にいる皆さま。皆様の奥方様の中には母とともに私を陰で、あるいは面と向かって侮辱的な発言を繰り返していた方が何名かいらっしゃいます。それから王太子とともに建国祭やそれ以外のところで私を貶めたご子息の親御さんもいらっしゃまいますね」


 ロゼラインの指摘に気まずそうな顔をする家門の当主が何名か見られた。


「この先ご当家が何らかの不幸に見舞われた際には、わたくしを思い出してくださいませ。やった側は過去のこととすっかり忘れていても、された側の傷は決して癒えず残るものでございますから、わたくしに心ない仕打ちをした方のご家門には微力ながら呪いの一つもかけさせていただく所存です」


 ロゼラインの宣言に身に覚えのある家門の当主は戦慄した。


 はっきり言って嘘である。


 幽霊になっているとはいえ,祟り方も呪いのかけ方も、正直言ってロゼラインは知らない。


 だから嫌がらせ発言以外の何物でもないのだが、ちょっとした恐怖を与えるくらい、今まで王都の貴族社会にされてきたことを考えればいいだろう。


 長い人生、たとえ誰かからの恨みや呪いがなかったとしても、不幸があったり不運な状況に見舞われることはある。


 そんなとき心の片隅に自分がひどいことをしてしまった者の恨みなどが引っ掛かっていれば、もしかしたらあの時の報いで、と、恐怖するであろう。


 そう、せいぜい恐怖するがいい。


 やってきた意地の悪い行為への後悔や反省は往々にして加害者側のそれは軽いものだ。


 だからこそ、範囲を当事者だけでなく家門全体に広げ、悪意に満ちた過去の行為の報いが自分の子や孫に行く可能性を幽霊の特権を使って示させていただいた。


 まあ、ロゼライン自身は言っただけで何もするつもりはないのだけどね。


 いやはや、精霊もあるいは生きている人間たちも一体何を期待していたのか知らないけど、場の空気なら思い切り凍り付かせてやりましたとも!


 未練も心残りもなくなったし、そろそろ自分は消えようか、と、ロゼラインが思っていた矢先、法廷の入り口で小競り合いをする声が聞こえてきた。

 

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