第40話 嵐の前の…

 公爵が辞した後、遅めの夕食を終えた王太后の部屋に今度は息子である国王が非公式に訪れた。


 お休み前に申し訳ありません、と、断りながら、国王は母である王太后に懸案事項を打ち明けた。


「そうでしたか、で、あなたは何が目的でここへ? わたくしに実家のホーエンブルク家への口添えでも頼みに来ましたか? もしそうなら無駄というもの。本日公爵閣下から今後の方針などのご相談を受けましたが、あなたが当主なのであなたが判断すればよい、とだけ申し上げました。まったくどの方々も隠居の助言や力添えなどを期待していったいどうされるのか?」


 国王は無言で王太后の話を聞いていた。


 母はいつでもそうだ。

 口調は穏やかだが他人の痛いところを的確についてくる。


「それから、王太子パリスとも少し話をしました。あの子は建国祭でロゼライン嬢にしてしまったことの意味を全くわかっていない、あなたは今までいったい何を教えてきたのですか?」


 王太后の追及に息子たる国王は黙りこくっていた。


「この国の王位継承者は『婚約』という重い約束すら相手をさらし者にするような形で破棄してしまうのだ、と、国内外に知らしめた、それもわからず厚かましくも他国の王女を正妃に迎えたいなどと! 我が国と婚姻関係を結びたがる国がどこにありますか! アザレア王妃は故国フェーブルに我が国の王侯貴族との婚姻関係を結ぶ際にはより慎重になるべし、と、手紙で送ったほどです」


 えっ、と、国王は初めて聞く話に狼狽した。


 隣国フェーブルから嫁いでいたアザレア王妃は王都には知己が少なく心細い立場であった。

 ゆえに王都の貴族がフェーブルの貴族と婚姻関係を結んでくれることをだれよりも喜び後押ししていたはずだ。

 そのアザレア王妃にそこまで言わせてしまった。


 王妃は王子たちの婚約者、ロゼラインやアイリスのことも自分の娘のようにかわいがっていた。


 ロゼラインの事件以来、アザレア王妃はお茶会も主宰しないようになった。

 しばらくたつと平然とあちこちのお茶会に顔を出しパーティーの招待状が少ないと不満を盛らす公爵夫人と、どっちが本当の母親かわからなくなるくらいであった。


 そして建国祭の一件と王妃の進言で隣国フェーブルの貴族たちはシュウィツアーの貴族との婚約関係を見直し。

 それでも継続する場合には、約定をたがえた場合のより厳しい補償(慰謝料)等の追記を要求し、フェーブルにかかわりのある貴族は王太子の『宣言』のせいで多大な迷惑をこうむっていた。


「ノルドベルクもたいがいです。あなたがノルドベルクの令嬢を王太子の婚約者に選んだ理由の一つは公爵が凡庸で御しやすいから外戚として無難だったから。でも御しやすいのはあなただけではなく、王族の責務と品格をまるで分っていない下品で口の悪い夫人にとっても同様だったのでしょうね」


 王太后は次にノルドベルク公爵家を話の俎上に載せた。


「女の武器とご機嫌取りだけで公爵夫人の座を射止めたアバズレが、自身の成功体験と虚栄心から娘の努力を貶めいじめてきました。国王陛下。ロゼライン嬢が王族にふさわしい者になるよう努力を続けてきたにもかかわらず、そんな劣悪な環境をあなたは放置。王太子への口先だけのお説教、公爵夫人とその尻馬に乗って十代の娘をあざ笑う連中への傍観、彼女を助けているような顔をしながら結局あなたは何もしなかった。自死であれそうでないのであれ、彼女を死に至らしめた責任はあなたにもあります。あなたも彼女を殺した人間の一人なのです、わかりますか?」


 王太后の容赦ない言葉に国王はうつむくほかなかった。


 妻のアザレアもそこまで王太子の行為に怒りをもっているとは知らなかった。


 最近引きこもりがちだったのは、何事もなかったようにサルビアとの婚約を許した国王とノルドベルク家への怒りの表れだったのか。


「年寄りの説教はこのくらいにしておきましょう。これからが大変ですよ、国王陛下。三大公爵の一角が崩れるという事は王権が弱まるという事。従来通りの体制を保つことはもうできないのですから、いかにして貴族らの支持を得て国を一つにまとめ上げるのか? 何を切り捨て、何を守るべきなのか、もう二度と間違ってはいけないことはお分かりですね」


 ☆―☆―☆―☆-☆-☆

 【作者メモ】

 タイトルに「花」の字がついてあるのに合わせて女性登場人物は花に由来した名にしています


 ロゼライン→薔薇

 アイリス→菖蒲

 サルビア→サルビア

 ロベリア→ロベリア

 ピオニー→牡丹

 アザレア→躑躅


 例外は侍女のゾフィ。

 ゾフィの語源は「智恵の神ソフィストケレス」のドイツ語読み

 賢い女性のイメージでなんか「ゾフィ」以外ないなと思ったからです。


 それでは皆様引き続き読んでいただければ幸いです

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