第12話 ゼフィーロの誤解

 第二王子ゼフィーロは自室で婚約者からの手紙を受け取り考え込んでいた。そして落ち込んでいた。


『この度、婚約解消をお願いしたく筆を執りました。今まで過分なご配慮をいただき感謝の念に堪えません』


 たった二行の短い手紙。


 義姉となるはずだったロゼラインの死以降、彼女がふとした拍子に沈み込むような表情をするのは知っていた。王室に嫁ぐというのは普通の貴族同士の婚姻以上に大きな重圧がかかる。アイリスにとって三つ年上のロゼラインは、その重圧の中しっかりとその任を果たしている手本であり、気を許せる者の少ない王宮の中で姉のように慕う存在であった。


 ロゼラインの死は妃教育の厳しさに耐える気力までそいでしまったのだろうか?


 それに対して自分は何もできなかった。


 具体的にどうしてやればいいのかわからなかったし、今まで以上に彼女の言動を見守ることしかできなかったけど、それも功をなさなかった。


 ふがいない!


 それとも、もしかしたら他に想う男でもできたのだろうか?

 考えたくはないけど、もしそうならなおのこと、自分には彼女を引き留めるすべはない。



 ゼフィーロが手紙を握りしめて、以上のようなことをつらつらと考えていた頃、ロゼラインはアイリスのいたウスタライフェン邸から王宮の中に瞬間移動していた。


 現れたのはロゼラインがもともと使っていた私室の前だった。

 部屋はすでにサルビア・クーデンのものとなっており、それに心が少しざわついたが、今はそれどころじゃないとゼフィーロを探した。


 やはり自分の部屋だろうか?


 しかしゼフィーロについては、彼がロゼラインの部屋を訪れることがあっても、ロゼラインが彼の部屋を訪れたことがない。だから彼の部屋がそもそもどこだったか記憶があいまいで途方に暮れた。


「あのさ、念じれば会いたい人間の前にすぐ行けるのに、どうして玄関前とか関係のない部屋の前とかに現れるの?」

 クロが疑問を口にした。

「えっ、ほんと?」

「だって、私たち霊体だもん」


 そうだった。


 生きている時の習慣で、アイリスに会いたいと思った時、ウスタライフェン邸の玄関に行くのが当たり前だと思ったのでそこに現れた。ゼフィーロにしても、会いたいと思った時にまず思い浮かべたのが王宮で、王宮というとこれまた生きている時の習慣で自室の前をまず思い浮かべてしまったのだ。


 要するに会いたい人間そのものを連想すれば、探す手間もなくその人物の前に現れることができるにもかかわらず、ロゼラインは違う連想をして回り道をする結果となっていたのだ。


「それを早く言ってよ」

 ロゼラインは言った。

「いや、私たちにとっては当たり前だったから、説明忘れてたね」

 クロが言い訳した。


 ロゼラインはゼフィーロ王子を思い浮かべた。

 ゼフィーロは部屋にいたので、ロゼラインはクロとともにそこへ移動した。


「ゼフィーロ王子!」


 ロゼラインは声をかけた。


 アイリスと同じように気づいてくれるだろうか?


 ゼフィーロがアイリスと違って、ロゼラインの死を悼んでいる人間でなかったら、はてさてアイリスの本心をどうやって伝えようか、難しいことになる。


「ロゼライン義姉上……?まさか!」


 ゼフィーロは驚いて椅子から立ち上がった。


 気づいてくれたようだ、ありがたい、と、ロゼラインは安堵した。


 ゼフィーロはロゼラインを『義姉上』と、呼ぶことがあった。

 彼の兄パリスとロゼラインとはまだ結婚式も挙げていなかったが、いずれそうなるんだから、と、ふざけ半分でそう呼んでいるうちにそれが習慣となってしまっていたのだ。


「ねえ、手に持っているの、あの子の手紙じゃない?」


 クロがゼフィーロの手にある紙きれを指摘した。


「猫がしゃべった!」


 ゼフィーロが再び驚きの声を上げる。


 まあ、そうなるよね、と、ロゼラインは思いながらも、ゼフィーロに告げる。


「あのね、話したいことはいろいろあるのだけど……、ええと、まずね、それってアイリスからの手紙よね」

「ええ」

 ゼフィーロは苦い表情でうなづいた。

「それは彼女の本心からの言葉じゃないの。もし彼女との婚約関係をまだ続けていたいと思うなら、いますぐ彼女に会って話をしてあげて。彼女が手紙を書くに至った理由は道々話すから」

「婚約解消なんてしたいわけないでしょう。話をすれば彼女が気持ちを翻してくれるなら、もちろん行きます」

 ゼフィーロは侍従に馬車を出すように命じ、外套を身に着けた。


 ほかの者たちには見えぬが、ロゼラインとクロも後に続いた。

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