第47話 神奈に起こされる朝

「おはよう~、錦小路くん」


 耳元で囁かれ、俺の意識は半分覚醒する。なんだこれ夢? 夢か?

 だって神奈がいる世界なんて夢に決まって……


「ん~、全然起きないなぁ、錦小路くん。あんまり起きなかったら添い寝しちゃうぞ?」


 添い寝? そんなの神奈だったら大歓迎……むしろ俺から頼みたいところだ。そんなことを考えつつ、俺はまだ瞼を閉じていた。だってこんな世界、夢に決まって……


「本当に起きない、どうしよ。えっ、で、でもさっきのは冗談だったし……聞こえてないよね。てか、そんな簡単に起きないよね。ぐっすり寝てるみたいだし」


 うん、うんと一人で頷く声が聞こえる。なんだなんだ? 本当に添い寝してくれるのか? 都合のいい夢だなぁ。


「よ、よし! いっちゃおう! えいっ」


 布団の中に、少し暖かく柔らかい物体が入り込んだ。


「うわわ、本当に入っちゃった。本当に入っちゃったよ」


 あわあわとする声。ていうか、やけにリアルな質感だな。まさか本物……なわけ。


「ふふふ、朝から人が隣にいるの幸せすぎる。てか錦小路くんってこんな感じなんだ~。ふふっ」


 背中にかかった息がくすぐったくて、俺は寝返りを打った。

 そのままぼんやりと目を開ける。


「あれ!?」


 神奈が軽く悲鳴を上げ、一気に覚醒した。


「神奈……?」

「はっ、名前呼び……じゃなくて、お、おはよう」

「おはよう。あっ、い、いや、佐々木」


 自分の犯した失態に気づき、訂正する。ずっと頭の中では神奈って呼んでたせいで染みついちゃってるんだよな。

 さて、これからどうするか……

 慌てる俺とは対照的に、神奈は不満そうな顔を見せた。

 

「どうして苗字呼びに戻っちゃったの!」

「ご、ごめん? だって急に名前呼びはキモいかと思って」

「別にキモくない! てかそれはクラスメイトなんだから、あ、当たり前っていうか……」

「当たり前!?」


 陽キャの世界すご。


「当たり前じゃないけど……その……一緒にいる仲になったんだし、うちの中では名前で呼び合おう?」

「そっか。そうだよね。そうしようか」


 とりあえず同意はするが、頭の中では混乱している。陽キャ、大胆すぎる。


「あ、あと今私がここにいるのは、なんでもないんだからね。起きなかった錦小路くんが悪いんだから」

「は、はぁ……」

「も、もう。ほんとになんでもないから! リビングで待ってるから、朝ごはん食べに来てね」


 それだけ言い残すと、真っ赤になった神奈は部屋から去ってしまった。自分から潜り込んだくせに、恥ずかしくなったのか。さっきワタワタしてたのもそれを誤魔化すためだろう。


「……嵐みたいだったな」


 マジでなんだったんだろ。







 リビングまで行くと、いい匂いがした。


「あっ、しっかりお目覚めだね、錦小路くん。おはよう〜」


 顔を覗き込むようにして、神奈が笑う。


「おはよう」

「エプロン勝手に借りちゃった~! あ、あと朝ごはん、ご飯と卵焼きとお味噌汁だよ~。顔と歯洗ったら運ぶからね」

「う、うん」


 洗面所まで背中を押される。

 ……なんていうだろ、神奈がああやってエプロンをつけてたの新妻みたいだったなぁ……って俺何考えてるんだろうなぁ!?


 邪念を振り払うためにも顔を洗う。

 ちなみに邪念はもうひとつあって、それはゲーム世界での神奈のことだ。向こうでは神奈はヤンデレキャラで尽くしがちではあったものの、ここまでしてくれていなかったと思う。というか、まぁ……家にいる間はずっとヤってるだけだったしな。つまり邪念はそういうこと。昨日の衝撃的な出来事から解放され、ゲーム内のラブラブイチャイチャシーンを思い出してしまったというわけだ。


「忘れろ忘れろ、俺……」


 ここの神奈と向こうの神奈は違うからな。

 昨日の話を聞いて、自分が想像していたよりもずっと繊細で、頑張っている女の子だって分かったわけだし。


「はぁ……」


 クマが染み付いた顔を見てため息をつき、そのついでに深呼吸して、俺はリビングへと向かった。


「おかえりなさい! さぁ、朝ごはんにしよっか」


 昨日1日で少し落ち着いたのだろうか、目を腫らているけど、それでも満面の笑みで、神奈は迎える――

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