第30話 成田の話

 ベンチに腰掛け、近くの自動販売機で買ったジュースを成田に渡す。


「はい。俊一が好きなジュース、これだよな」

「うん。ありがとう」


 プルタブを開けて、一気にジュースを飲む。

 春の気温にはちょっと寒いけど、おかげで冷静になることができた。


「でもそれにしてもさぁ、なんで俺が違うって気づいたわけ?」

「最初に変に思ったのは、レストランの時だったかなぁ」

「あぁ、あれは自分でも怪しさ満点だと思ってたわ」

「もっといいやり方あっただろ」


 そう言って成田が笑う。


「まぁなぁ、そこで怪しいとは思ってたんだけどさ、どっちかって言うと、その後かな。あのときは今まであんだけ悪さしてきた錦小路が勝手に変わってて、内心めっちゃキレてた」

「そりゃキレるわ」

「だろ? なんでなんだろって。関係切って、前の錦小路みたいに振舞うことも考えた」

「そうなんだな」


 一瞬、想像する。

 成田が闇堕ちしていたところを。俺と成田の立場が逆転していたところを。

 俺は成田の命を救おうとして、実のところ壊そうとしてたんだな。

 ひぇ~、そう考えるとかなり危なかったんだ。こわっ。


「だけどさ、あと1日、あと1日って考えてるうちに、お前との関係がだんだん深くなっちゃったんだよな。……あとこれ、楓だけに言うんだけど、実は俺さ、小学校の頃、クラスメイトにいじめられてたんだよ」

 

 成田の声色が急に変わる。

 俺は居住まいを正した。


「毎日毎日酷くてさ、いつか復讐してやるってずっと考えてた。どうにかして、アイツらに一矢報いたい。その一心だった。でも俺は臆病だったから何もできなくて、結局逃げるように中学受験をしてこの学校に入った。中学ではカーストの上位に上り詰めよう、強者になろうってそう考えてた。まぁ、中学に入ったところで性格が急に変わるわけないし、友達もできなくてさ、鬱々としてたわけ。そんなところに錦小路よ」

「あぁ」


 ゲーム内では語られることのなかった、成田の過去。

 思っていたよりもずっと重いそれに、真剣に耳を傾ける。


「お前はさぁ、学校に入ってきたときからほんと怖いもんなしで、上級生にも平気でつっかかっていったんだよなぁ。1番最初に起こした事件がさ、あれだよ。上級生の彼女が錦小路のこと勝手に好きになって、それをその先輩がキレて教室まで殴り込みにきたやつ。それでさぁ、錦小路、どうするのかなぁと思ったら、なんと殴り返したんだよな、その先輩のこと。それでボコボコにして、涼しい顔で、彼女に吐き捨てたわけ。『お前みたいなブスには興味ない』って。正直クズ極まりない行動だけどさ、俺は思ったんだよ。あぁ、圧倒的強者だって」


 そんなことやってたのか、錦小路。

 改めて、錦小路の無茶苦茶ぶりと、クズっぷりに呆れる。


 成田は懐かしむように目を細めて遠くを見ると、話を続けた。


「俺はなんとかして錦小路に近づきたいと思った。今なら幼い考えだって分かるんだけどさ、その時は強くなるために必死だった。絶対にいじめっ子を見返してやるんだって、それしか考えてなかった。それで、錦小路が喧嘩してる場面に立ち会ってさ、何も言わずに喧嘩してる相手を殴ったんだよ。正直めちゃくちゃ怖かったし、どうしようもないくらい足もガクガクだった。でもそれ以上に――なんて言うか、爽快感みたいなものがあった。あぁ、俺はこれで人に殴られる人間から、それより上の人間になった。そう思った」


 成田は一度そこで話を切った。

 俺が渡したジュースをぐいっと飲み干す。


「それ、錦小路はどうしたんだ?」


 クズな彼のことだから、一緒にシメるくらいのことはやりそうだ。むしろ、何もしない方が想像がつかない。


「あぁ、一言『めっちゃ面白いやつだな』って。それから、俺と錦小路の関係は始まった。友達でもなくて、かといって師弟とかいうわけでもなくて、親分と子分には近いだろうけど、それとも少し違う関係。あのときはなんだか夢の中にいるみたいで楽しかったなぁ。2人で、いっぱい悪いことをして、学年中のやつらに恐れられて、それでも反省しなかった。あの学校の中で、俺たちは圧倒的な強者だった……まぁ、錦小路の方が圧倒的に強かったわけだし、怖かったけどな」


 錦小路と成田の関係がそんなものだとは思わなかった。

 予想していたのは、成田が錦小路に弟子入りするとか、そういうの。ゲームでは憧れてたってだけで、詳しく語られてなかったからな。


 ずっと薄い関係で、言葉に出さない危うい関係だったんだろうな。


「入学式の日にさ、楓はケガして休んだよな」

「休んだってか、色々あっていけなかったんだけど」

「何も言わずに休むのはよくあったけど、入学式を休むのは珍しいなと思ったよ。1回だけ弱音吐くみたいにして教えてくれたんだけどさ、錦小路は入学式に親が来るの楽しみにしてたみたいだから」

「えっ、マジ?」

「うん。めっちゃマジ。錦小路、いつも行事の時には楽しみにしてたんだぜ。親が来るの。結局1回も来た事ないけどな」

「そうなんだ……いや、そんな気もするわ」


 錦小路の親から愛されたかったという気持ち。それは今でも俺が引き継いで、胸の中にある。

 そもそも錦小路がこんな暴力始めたの、親の愛に飢えたからだもんな。

 

「それでさ、なんかおかしいなと思ってたところでよ。錦小路が、全く別人みたいになって、学校に来た。登校してきた時から様子おかしいと思ってたらさぁ、カフェに行こうとか言うわけ。錦小路と過ごしてきて3年間。そんなこと言われたことなかったし、本気でびっくりしたよ。で、1番打撃来たのがカフェで話してた時だなぁ。いつもは食いつく合コンに全く興味なさそうだし、なんかおどおどしてるし。そのときは別人になったとか考えずにただ性格が変わったのかと思ったよ。それで、錦小路がこうなったらしょうがないとか、どうやって前に戻そうとか、戻らなかったら正直……おっと、これは言う必要ないな」

「気にしなくていいから、正直?」

「うん……正直、錦小路と立場を逆転させようと思った。そしたらこの学校で強者になれるっていう俺の願いは達成されるわけだし、何より、急にあんな感じになったのが腹立たしくてさ。高校からちゃんとするって何? そしたら俺との3年間はどうなるの? 急にお前にだけ変わられても、俺どうしようもないし。どうしようって、そうすれば復讐できるかって。そればっかり。でもさ、そんなこと言うのはやっぱり怖くて、実際に何もできなくて。ずるずる関係続かせてるうちに、めっちゃ考えてるうちに、俺気づいちゃったんだよな。その、さ……」


「楓が初めてできたちゃんとした友達だなって」

 

「え……」


 そんなことを言われるとは思ってなかった。第一俺は頼れる人物が成田しかいなかったから、一緒にいたようなものだ。その中で、友達になりたかったという思いがあったのはほんとだけど。


「そしたらさー、なんか本当に嬉しくて。こんな風に接してくれる人は久々だったし、経緯に問題はあれど、俺は楓の友達でいたいと思った。それにさ、一緒にいるうちに思ったんだけどさ、ただ元に戻っただけの気もするんだよな」

「元に戻った……?」

「うん。だって楓は錦小路の記憶があるんだろ? どういう現象になってるのか俺には分からないけどさ、なんというか、まぁ、錦小路も楓の中にいるような、そんな感じはしてる。だから寂しいとかではないって言ったら、変な言い方かもしれないけど」

「な、るほどなぁ。なんか難しい話……」

「感覚的な話ではあるんだよな。でも本当にそんな気がしてて、だからまぁ、一言で言うとさ、今日才田があんな話してたじゃん。俺、あいつの言うことには一理あると思ってて、実際、俺の考えは、幼かったわけだし。それが分かったのはさ、楓がいてくれたおかげだから、これからもよろしくお願いしますっていう話」


 何か照れくさいなぁと成田は笑う。

 そうか、それで、一緒にいてくれたんだ。

 じんわりと胸が暖かくなる。気づいていた、成田は。それでも一緒にいることを選んでいてくれたわけだから、才田に暴言を吐かれたときに思ったよりもずっとすごいやつだったわけだ。


「……ありがとう」

「おう」

  

 呟く。成田は頷いた。

 

「というわけで。俺の自分語りと長話に付き合わせてごめんな」

「いや、聞けて嬉しかった。やっぱりさ、この世界いることに少し居心地の悪い思いはあったから」

「まぁ、普通急に変わったらそうなるよな」

「うん。事件が多すぎてそれどころじゃないって言ったらそうだけど」

「ははっ。そうだな。ほんと入学式入ってから、事件しか起きてないや。んじゃ、そろそろ帰るか」


 成田が立ち上がるのにつれて、俺も立ち上がる。

 2人して、ベンチが出た。そろそろ桜が葉桜になってきてる。

 あと1か月もすれば、夏が始まる。






☆☆☆

新しいラブコメを書き始めました

こちらは1体1の甘々の純愛です

ぼちぼち更新していくつもりですので、良ければ読んでください

https://kakuyomu.jp/works/16817330650735302163

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