第21話 心地よい空間

「はぁ……」


 図書委員の仕事中、思わずため息をこぼす。

 体操服事件があったのが昨日。主人公からあのあとアクションはないけど、だいぶこじれてめんどくさいことになってる気がする。ほんとに胃が痛い……


「大丈夫? 錦小路」


 低い段に本をしまおうとしていたら、凪月に顔を覗き込まれた。


「あぁ……大丈夫」

「それ、大丈夫じゃないやつでしょー。休憩する?」

「でもまだ利用者も来るかもしれないし……」

「錦小路は真面目だなぁ。なつきがサボりたいの! ね、共犯になってよ。1人で怒られるの嫌だから。お願い」


 凪月がいたずらっぽく笑う。

 まぁ、しばらくなら大丈夫か。

 凪月がこっちこっちと手招きしてくる方向に行くと、本棚に囲まれたスペースにたどり着いた。


「ほら、ここ上手く隠れられるんだよね」

「こんなところあったんだ」

「錦小路、中学時代から図書委員なのに知らないの?」

「い、いや、この辺の本、借りる人少なかったから」


 慌てて答えると、凪月は納得したように頷いた。

 

「まぁ~そうだよね。なつきがここ見つけたのも、補習から逃げてるときだったから」

「また逃げてたのか……」


 懲りないな。


「錦小路たちに匿ってもらってからは逃げてないもん。その前だよ、その前。そんでそん時は見つからなかったんだよね」


 凪月がいぇーい、とピースする。


「そっか。じゃあなんであのとき階段まで来てたんだ?」

「あぁーあれはね。思ったより先生が来るのが早くて。図書室まで逃げ込む暇なかったんだよね」

「なるほどな」

「でも良かったよ、あの時先生の反応早くてさ。だって錦小路と会えたから」


 ふふん、と勝気に笑う凪月。

 ……うーん。やっぱ馬鹿みたいに可愛い。ヒロインの破壊力ってすごいな。


「そっか……ありがとう」


 一瞬、「俺も朝比奈と会えてよかったよ」と返そうか迷ったけど、こっちにしといて良かった。さすがにキラキラ少女漫画ムーブをするのはちょっとイタい気がするからな。

 あぁでも思いついたセリフ、このゲームの主人公のセリフだったりしたかも。それなら、余計よかった。


「もうー、そこは俺も会えてよかった、て返すとこでしょ」

「俺も会えてよかった」

「絶対本気じゃないじゃん」


 凪月がぷう、と頬を膨らます。

 

「本気だよ」

「ほんと?」

「ほんと」

「じゃ、いいけど」


 少し騒がしい昼休みの図書室。2人きりの狭い空間。薄暗い。思い返してみたらいい条件が揃ってるじゃん。

 てかなんでこんな雰囲気なってんだよ……! いや、凪月は最高に可愛いし嬉しいんだけどさ……! でも俺じゃこうなるんじゃ困るんだよ……! 主人公に頑張ってもらわないと……! 最高に嬉しいんだけどさ……!

 心の中で声にならない叫び声をあげていると、凪月が呟いた。


「でもよかった」

「ん?」

「錦小路、ちょっと元気になったっぽいから」

「えっ」


 手をいじいじしていた凪月は目線を下に落としたままだ。


「なんか元気なかったでしょ? だからちょっとでも元気になってほしいなって思って。休憩とかしたら元気になるかなって」


 それで、ここに誘ってきたのか。


「ありがとう」

「ま、まぁ、なつきも話したかったし! そんな、お礼を言われるようなことでは……」

「でも本当に元気になったから」

「じゃ、よかった」


 凪月がにっこり笑う。やっぱり可愛いなぁ。


「なんかよくわかんないけど、頑張ってるんだよね。雰囲気でわかるよ。応援してるから」

「ありがとう。頑張る」


 応援してる、の一言でこんなに元気が出てくるとは。凪月の笑顔は世界を救う……じゃなくて、頑張らないとな。死亡フラグも叩き折って、このゲームが終わる頃、ちゃんと笑っていられるようにしよう。


 頷いたところで、チャイムが鳴った。


「もう教室戻らないと」

「あっという間だったな」

「そうだね。なつきもほんと、あっという間だった」


 さっきまでいた空間から出る。

 でもあの空間、本当に心地よかったな。


 ……来週もまた喋りたいとか思ったら、死亡フラグ立つだろうか。

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