第2話 モスラ

 ‌気分が沈んだ時は屋上で弁当を食べる。

 ‌一人でいると、心が落ち着く。


 ‌持ってきた弁当を地面に置き、屋上の手すりに ‌肘をつき景色を眺める。


 ‌校庭には数人の生徒たちがいる。

 ‌体育の授業が終わった所なのか、生徒達がまばらに教室へと帰る所であった。

 ‌徐々に校庭には誰もいなくなっていった。



「1人は落ち着くなー……」



 ‌雲も少ない晴れた空。

 ‌涼しい風が吹き抜ける。

 ‌爽やかな初夏の風が髪をかきあげていく。



 ‌……さっきの桃州ももすのパンチ、当たってたらやばかったな……。



 ‌他のクラスも授業が終わったのか、教室の窓からはガヤガヤと楽しそうな声が聞こえてきた。



 ‌悪いのは私なのか……。

 ‌……いや、人の事を傷つける方が悪に決まっている……。

 ‌先に心を傷つけられたのは私の方だ……。

 ‌けど、私の拳が男子を傷つけていたら……。



 ‌……桃州は、誰も傷つけていない……。



 ‌どちらが良いかなんて、考えれば分かる。


 ‌それでも悪口言われると感情が抑えきれない……。


「……ちきしょう……」



 ‌その時、屋上への階段の扉が開く音が聞こえた。



「そんなに俺に負けたのが悔しいか、後白ごしろ。一緒に弁当食べてもいいか?」


 ‌振り返ると、桃州ももすが弁当を持って立っていた。

 ‌メガネを上げながら、こちらの返事も聞かずに近づいてくる。


「……なんでお前がここに来るんだよ。なんでお前なんかと一緒に食べなくちゃいけねぇんだよ……」



 ‌桃州ももすのことを考えていたところにやって来られると、少し恥ずかしい。


 ‌さっき喧嘩してたのに、飯一緒に食うとかいう発想がイカれてる。

 ‌……そもそも、男子とご飯を食べること自体恥ずかしい。



「アイツらの代わりに謝ろうかと思って。ゴメンな」


 ‌私の弁当がある隣に座り、桃州ももすは弁当を開け始めた。

 ‌弁当を楽しみにしている無邪気な子供の顔をしている。

 ……‌先程の鋭いパンチを放ってきたやつとは思えない。


「アイツらには注意しておいた。後白ごしろの事を変なあだ名で呼ばせないようにって」



 ‌なんだコイツ?

 ‌意外と良い奴なのか……?



「俺とお前は、拳を交わしたから友達だ」


 ‌桃州ももすは割り箸を割って弁当を食べ始める。



「……なんだそれ、少年漫画かよ。私は納得しねえな。おめぇはいつかぶっ飛ばしてやるからな」


 ‌桃州ももすに近づき、パンチを繰り出す。

 ‌無防備な野郎に本気のパンチをするほど落ちぶれちゃいない。

 ‌もちろん寸止めする。


 ‌桃州ももすは繰り出されるパンチに殺気が無いことを感じてか、全く気にする事無く弁当を食べている。

 ‌ムカつく。



「分かった。俺の1番楽しみにしてるタコさんウィンナーをやる」


「はっ?子供扱いすんじゃねえ」


 一緒に飯を食べる気にならないが、謝るって言うなら大目に見ても良い。

 ‌ここは大人な対応をしよう。


 ‌しょうがなく‌桃州ももすの隣に座って弁当を開く。

 ‌すかさず桃州ももすがタコさんウィンナーを私の弁当に押し込んできた。



 ‌綺麗に丸まった足。

 ‌目には黒ごまが入っている。

 ‌口も切られており、こちらを向いてニッコリと微笑んでいる。


 ‌……可愛い。



「これで俺とお前は友達だ!……ん? ‌タコみたいに赤くなってないで、お前のおかずもなんか分けろ。」


「……はっ? ‌赤くなってねえし! ‌そもそもタコが詫びの証なら、こっちから渡すもんなんてねぇよ! ‌ばーか。」


「友達の印に分けるのが普通だろ。卵焼き貰うぞ!」



 ‌それ、私が作った卵焼き……。



「おっ!これ美味しい! ‌俺の好きな味をしている、最高だ!」


「……っ。バカかてめえは……。……黙って食ってろ」


 ‌初夏の暑い陽気。

 ‌暑い風の中、頬の赤みはしばらく消えなかった。


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