第3話 聖都ギモアとやべえ天使
「我々を見守ってくださる神に祈りを捧げましょう」
女神官の言葉を皮切りに、聖都ギモアのとある教会内の全員が手を合わせて祈りを捧げ始める。その時だった。
「オラっぁぁぁ! 殺されたくなけりゃ金を出しなァァ!!」
教会の壁を破壊しながら蛮族が入って来たのだった。
「う、うわっぁあぁ!?」
「み、皆さん落ち着いて!」
「なぁぁにが落ち着いてだぁあ! この俺サマの前で落ち着いているヤツがいたら真っ先にぶっ殺してやるよぉぉ!!」
「ひいいぃぃぃいぃ!?」
蛮族は椅子を破壊しながら教会の中へと突き進んでいく。その動きに一切の躊躇いなどは無く、ただただ破壊を楽しんでいるようだった。それもそのはずだ。この蛮族は巷で話題の極悪人『破壊のオウガ』だったのだ。街々を襲ってはただひたすらに破壊と殺戮を繰り返す。そんなやべえ奴が教会に乗り込んできたのだから、中はもう地獄だった。
「神聖な教会でこのような狼藉を許すわけには行きません!」
「ほーう、俺を許さないってか。ならどうする気だ? 言葉で説得されるほど俺は軟じゃねえ。俺を止めたきゃ力で止めて見な」
オウガの前に立った神官に向けて、彼は挑発するような口調でそう言った。
「仕方がありません……。いと慈悲深き我が主神よ。わが身に悪を払う力を授けたまえ……セイントクロス!」
神官の体を中心に十字の眩い光が出現し、オウガへと飛んでいく。
「ヒッヒッヒ! そうでなきゃなぁぁ!!」
「悔い改めなさい……! ……嘘、どうして……!?」
十字の光はオウガに衝突した瞬間に霧散し消滅してしまった。神への信仰心によって借り受けた強力な聖属性の魔法であるはずのセイントクロスは、オウガになんのダメージも与えることは無かったのだ。
「残念だが、俺に聖属性の攻撃は効かないぜぇ。こいつがあるからなぁぁ!!」
「そ、それは……うぷっげぼぁあっぁ」
オウガは腰に吊り下げていた袋から何かを取り出して神官に見せた。それを見た神官は突然嘔吐してしまい、吐き出された吐しゃ物が彼女の神官服を汚して行く。
「うっっどうして……」
「聖属性魔法は神の加護を受けた聖職者に対しては効果を為さない。知ってるんだぜ俺は。だからこの嬢ちゃんを借りたってわけよぉ」
「嫌……こんなの悪夢に決まってる……」
現実から逃避するように自分に言い聞かせる神官。今の彼女はまともな精神状態では無かった。神官学校で訓練されていた彼女は目の前で人が殺されただけではそこまで動揺することは無い。しかしオウガが取り出したモノ。ソレが彼女にとどめを刺した。
ソレは、神官学校で知り合った彼女の一番の友人の首だったのだ。
「ざぁんねぇぇん夢じゃありませぇぇぇん!!」
「うっげほぁっ」
今一度目の前のかつて友人だったモノを見て神官は嘔吐した。
「おいおい汚ねえなぁ。まあどちらにしろこれからお前も死ぬんだ。血に塗れようがゲロに塗れようが変わりゃあしないか。この子も不幸だったよなぁ。偶然俺サマが襲った教会にいたなんてよぉ。ま、お前もコイツと同じところに埋めてやっから心配すんなって。あの世で仲良くしなよぉ」
オウガは妙に律儀なヤツで、今まで殺して来た存在はきっちり墓を作り埋めてきたのだ。もっとも、供養のためというよりかはどれだけの殺戮を行ったかを示すための一種のトロフィーのようなものなのだが。
「さぁて、それじゃあさよならだっっうおぉ何だぁおい!?」
オウガが神官の首をクソデカ鉈で斬り落とそうと振り上げた瞬間、またしても教会の壁が破壊されたのだ。
「オラっぁぁぁ! 殺されたくなけりゃさっさと逃げなぁ!」
「さっさと逃げないとこの刀の錆になるよ!!」
「な、なんなんだてめえら!!」
教会に入って来たのは拓夢と理沙の二人だった。
「あれ、もしかして先客か?」
「教会の周りが騒がしいと思ったらそう言う事だったのね」
「お逃げください! ただの賊ではこのオウガには敵いません!」
「自分が殺されるってのにお優しいもんだなぁ神官さんはなぁ」
神官は入って来た二人にそう言って逃げるように促した。実際、オウガは最高位の冒険者でも手に余る極悪人。並みの蛮族程度では足元にも及ばないだろう。
だが拓夢は違った。
「なるほど、とりあえずあの男は敵っぽいな。なら倒しちまっても良いか」
「はぁ? お前みてえな貧弱なヤツに俺が負けるわけ……ぁ? あぁあっぁああぁ俺の腕があぁっぁぁ!?」
一瞬で至近距離へと肉薄した拓夢は手刀でオウガの両腕を斬り落とした。格闘術スキルMAXの拓夢の手刀はもはや名匠が鍛えた刀のような切れ味となっている。
「何だこの程度か。じゃあもう邪魔だからあっち行ってろ」
「ふぐべぎゃっっ」
拓夢はオウガを軽く吹き飛ばし、教会の奥へと進んでいく。
「あ、あの……」
「邪魔をしたらアンタも殺すから」
「ひぃっ」
拓夢に近づこうとした神官の首に理沙は後ろから刀を回して脅す。二人は決して善意でオウガを倒したわけでは無いのだ。
「あった。これが封印の刻印か」
この教会に上位召喚獣である天使が封印されているためにやってきたのだ。そこに偶然オウガとかいうのがいたから倒した。それだけだった。
「っ! それは駄目です! その封印は絶対に解いてはいけません!」
「解呪っと」
「あぁっぁ」
拓夢は解呪スキルMAXの力を使って天使の封印を解いた。その瞬間、膨大な魔力とともに教会の周辺の空気が歪み始める。
そして数秒後、空間を裂くように何かが出てきたのだった。
「おおこりゃすごいな」
「これが……」
巨大な人型のそれは機械と生物の入り混じった見た目をしていた。金属のようなパーツを動かす血管の浮き出た筋肉。天使と言うには何とも恐ろしい見た目をしたそれだが、神官の反応からもそれが天使であることは間違い無かった。
「其方らが我の封印を解いた者か」
「ああそうだ」
神官と理沙は目の前に降りてきた天使の圧に負けその場に崩れ落ちてしまったが、拓夢は臆することなく会話を続ける。
「なるほど。其方のその胆力、ただものではあるまいな。だが残念だ。我が復活した以上、生きて帰ることは出来ないのだからな」
天使は背部に接続されているキャノン砲を移動させ、拓夢に向けて構える。
「心配はいらない。俺たちはもう行くからな。お前は勝手に暴れてくれ」
「……? どういうことだ。我の力を利用しようと復活させたわけでは無いのか?」
天使は拓夢の答えを聞いて驚いたようだった。今まで天使を復活させようとした者はそのほとんどが天使の力を私利私欲のために使おうとしていたのだ。だが拓夢は明確な目的など無く、ただひたすら破壊行為をすることを求めた。それが天使にとっては意外だった。
「お前を利用するってのはそうなんだが、それはお前を使役するとか力を借りたいとかそういうことじゃなくてだな……。単刀直入に言うが、この世界を破壊しまくって欲しい」
「……面白い奴だな。気に入った。其方に力を貸してやろう」
「いやそういうのは良いんで」
「えっいやっうん?」
まさか断られると思っていなかった天使は盛大に動揺した。
「古代文明の圧倒的な力が手に入るのだぞ!」
「別に俺が使いたいわけじゃ無いんだよな。ただ単にこの世界を破壊してほしいっていうか別動隊が欲しいって言うか」
拓夢はエレメンタルドラゴンもヴィーネ王国周辺を破壊して回るように放し飼いにしていた。世界を滅茶苦茶にするには拓夢達だけでは時間がかかりすぎるのだ。
「仕方が無い。其方がそう言うのなら我はそれに応じるとしよう」
「助かる。俺たちはもう行くから、適当にこの辺破壊し終わったら別のとこで続けてくれ」
「あ、あの……」
「何だ?」
神官は恐怖で震える体を無理やり動かし、拓夢に声をかけた。
「どうしてこのようなことを……天使が復活すれば世界が滅ぶと言う逸話を知らないのですか!?」
「知っている。だから復活させた」
「そんな……!」
「俺はこの世界の神に裏切られた。聖職者のアンタに話すのもどうかと思うが、この世界の神はクソだよ。だから俺は反逆する。クソッたれの神に……そしてこの世界に」
拓夢はそれだけ言って理沙と共に街の外へと跳んだ。
「……神よ。我らをお救いください」
神官が言い終えると同時に、聖都ギモアは天使の砲撃によって火の海と化した。
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