第一章 庶民転生(幼児編)

第1話 幼児編1 来栖勇

 平和な世界。

 俺は、その世界に転生したのだろう。


 ……だが。


 神様……あんたちょっとうっかり者なんじゃないか?


 こ こ は ど こ だ 。


 生まれ変わった俺は、まず世界を認識して、そう思った。


 ……まあ、生まれ変わったので、赤子からやり直しだ。

 赤子の時代を、俺はよく覚えていない。

 気がついたら、幼児(四歳)だった。

 そこは神様に感謝している。

 勇者としての記憶(26歳、男)を持ったまま、赤ん坊プレイを年単位で行うのは、すごくつらい。

 成長するまでに、精神的にヤバいことになりそうだ。変な性癖が身についたらどうするんだ――という懸念は、神様の配慮によって未然に防ぐことができた。

 なるほど、できる神はこういうところが違うと思う。


 さて。

 俺の今いるところは――


 ニッポン、という国だ。


 ど こ だ よ!


 俺が命を張って守った世界は、フィードルシェント大陸の人類諸国連合だ。

 俺が生まれたのは、その中のシェントライト王国だった。


 だが、俺の生まれた時代は、魔族との戦いで、人類国家全てが疲弊していた。

 食い物は優先的に前線の軍へ送られ、俺たちは満足に食うこともできなかった。

 満足に食うためには、兵士になるしかなかった。

 だが、兵士になれる年齢まで成長できるという保証もなかったし、兵士になるための身体を作るために、十分食わなくちゃいけなかった。

 ――俺は勇者に選ばれたことで、ガキの頃から十分な力が発揮できて、自力で獲物を確保でき、家族共々十分食うことができた。まあそうしないと逆に獲物に襲われる、というのもあったが。

 それで勇者として戦うことができたようなものだ。


 ――だが、今俺がいる「ニッポン」という国。


 ここでは、人が飢えているところは見たことがない。食料品を売っている店はどこにでもあり、十分な食料がある。お貴族様ぐらいしか食べられなかった甘い菓子もふんだんにある。しかも安価で。

 人々は(勇者の前世感覚で)豪勢な家に住み、誰もが学校へ行き、知識を誰もが持ち、誰もが本を読むことができる。

 本といえば、前世では王侯貴族や金持ちの持ち物だったが、日本では書店があちこちにあり、庶民が毎日のように本を購入している。


 ……そして何より、「戦っていない」。


 日本は、平和だ。

 世界全体が平和かといえばそうではないかもしれないが――少なくとも、日本は平和だ。

 神様が約束してくれた、「平和な世界」。


 それが、この国の民としての転生だったのなら――


 家族や知っている人たちには、もう会うことはできないだろうが――


 彼らの世界を平和にしたことに対する褒賞として、俺はこの世界にいるのだから、俺はこの世界で新たに生き直せばいいだけだ。


 うん、子供に戻ったことだし、子供らしく好き勝手に生きよう。




 さて。

 今の俺は、「来栖勇くるすゆう」として、ごく普通のサラリーマン家庭の長男として生まれた。長男ではあるが、姉と妹もいる。

 父は来栖央介おうすけ、母は鳴乃なるの。姉が愛、妹が美衣みい

 俺が4歳、姉が7歳、妹が2歳。姉が小学二年生で、俺は幼稚園児だ。

 父はIT業界のエンジニア?とかで、母は同じ会社の営業マン――営業ウーマンだ。社内結婚、というやつだそうだ。ちなみに同じ学校の先輩後輩でもあるという……父上、かなり前からがっちり捕縛されていたようですよ? まあ幸せならいいですけどね。


 我が家があるのは、東京から二時間通勤圏のとある地方都市だが、これもテレワーク?とかいう仕事のやり方で、月の半分以上は家にいながら仕事ができるからこそ買えた家なのだそうだ。仕事場自体は東京と、その周辺にもあるとかで、毎日そこまで二時間かけて通勤しなくていいから楽なのだそうだ。

 まあ大人の仕事のしかたはよくわからん。俺は子供なのだから、今は知らなくていい。

 だが忙しすぎたり重労働すぎるようなこともなさそうで、平和な時代に合った働き方だと思う。

 俺が勇者のときなんか、敵地で寝る間もなく一週間戦い続けた……なんてこともあったが、この平和な世界でそこまでやることはないだろう。


 ……ちなみに。

 ここまでの知識を得るために、俺は「テレビ」というやつを毎日見て過ごした。

 これを見ていると、自然とこの世界の状況やら文化やら、文字言語まである程度習得できる、便利ツールだ。

 ただ欠点は、近くで見ていると目が悪くなるらしい……度々、母にテレビの前から引き離された。

 父は小型のテレビの前にずっと座っているのに……あれはテレビじゃない? ぱそこん? なんですかそれ? 世界のことがなんでも解る魔法の道具? なるほど、マジックアイテム……父上は魔導士なのですね?

 「そんなようなものよ」と母は言っていた……なるほど、父はインテリ魔導士だったのか。

 母はむしろ体力のあるアウトドア派のようで、一日おきにここから一番近い会社に行っているそうだ。

 つまり、魔導士と女戦士みたいな取り合わせかな?




 さて、俺は――面倒であるが、大人と違って毎日、幼稚園とやらに通わねばならない。

 大人が家にいられるのに子供の俺がどこぞに通わねばならんとは……だが、姉も同様で、小学校とかいう庶民学校へ通っているそうだ。将来はシリツ?とかいうところへ通いたいとか言っているが、そこはお貴族様とか金持ちが通うような学校だそうで、言っては何だが、脳筋な姉の行ける学校ではないと思う。それならまだ俺の方が可能性はあるのではないだろうか。まあ行く気はないが。

 俺は庶民なのだから、庶民学校へ行ければ十分だ。

 それ以前に、俺は幼稚園通いだがな!

 聞けばこの幼稚園とかも、庶民学校の一種らしいが、なんでもバイリツ?とかいうのが高いらしくて、なかなか入りたいところに入れないとかなんとか……選択もできるのかよ!

 平和でなきゃこんな庶民学校とか構築できないだろうしな……平和万歳!


 まあ通うと言っても、毎朝「通学バス」とやらが迎えに来る。

 でっかい乗り合い馬車みたいなものだが、「えんじん」とかいうのが車に入っていて、それが車輪を動かすので、馬は不要だそうだ。

 かつてこの国でも馬車は使われていたそうだが、今は町中を走る車は全てこの「えんじん」を載せている。中に小さい馬でも入れているのか? それとも精霊を閉じ込めて? その力で車輪を回しているようだ。

 ……「えんじん」というぐらいだから、猿でも入れているのだろう。猿回しだ。種族は「ディーゼル」と「ハイブリッド」という二種族が確認されているが、他にもいるらしい。いーぶい? こいつは新種らしい。

 謎の猿動力で動く、とてつもなくパワフルな車だということは解った。何せ、俺ら幼児とはいえ、三十人近くを乗せて、ものすごいスピードで走り、素晴らしい機動性を発揮するのだ。すごいな猿君!

 そんな車が何十台も走っている道路の光景は、初めて見たときは「世界は技術で革命されたのか!」とかのたもうてしまった。馬が引いてないのにあんなに速く走るとは……猿って馬よりスゴいんだな。それとも専用に調教した魔物だろうか。でなきゃあんなにパワフルなわけないもんな。きっとスーパーな猿で、金色に輝いているんだろう。

 まあ親には「そんなに車が好きなのかい?」とか生暖かく聞かれたので、子供らしく「車がたくさんはしっててすごい!」と言っておいた。実際、吃驚仰天していたから嘘ではない。


 ……この世界は、平和であるけれども、そのための「かがく技術」とやらが凄まじく発展している。

 俺が見聞きしただけでも、車、テレビ、電話、エアコンに、でんしれんじ?とかいう多数のアイテムが、生活を非常に便利にしてくれている。

 それに、清潔なトイレと風呂があるというのも素晴らしい……温水風呂など、王侯貴族でもなければ入ることなど夢また夢で、俺も王に謁見したときに一度入らせてもらったきりだ。あれが一般庶民の家に普通についているとか……極楽である。

 そしてトイレだ。川の上にポットン場があるなら気の利いている方で、穴を掘って小屋を建てて、糞尿が溜まったら埋めて別の場所に穴を掘って新しく小屋を建てる……なんて便所は、俺ももう耐えられない。それなら森の中で立ちション&野グソでも変わらん。

 しかしこの世界のトイレ……「水で洗う」とか、どれだけ水を無駄遣いしているのだ!と、最初はマジで貴族にでも転生したかと勘違いしたが、この国では庶民でもこれくらいちょっと金を出せばなんとかできるらしい……平和とはこのようなことまで可能にするのか! 平和万歳!

 神様には一日十回、五体投地にて礼を伝えたいぐらいだが、子供の身体でそれをやると怪我をしそうなので、頭の中での五体投地で感謝を伝えるに止める。そして唱えよう、平和万歳!


 それに、なんといってもアニメだ! テレビはこれがあるからやめられない。

 これは面白い――父親が録画しているアニメをいろいろ見せてもらったが、思わずドハマリしてしまった。ちょっとエロスなのもまたいい! 父が乳みて喜ぶ姿! 母がそれ見てじっとり視線! おおこわいこわい。ボク子供だからわかんなーい。

 父よ、アニメ乳は一日30分にしとこうね?

 でも母はなんでこんな乳を、じゃない父を許容しているのだろうか……そういう男だと知ってて結婚したと? ……母よ、あなたは博愛主義者ですかな? 違う? 大人になれば解る? そういうもんですか。


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