星に願いを、銀河に未来を
江池勉
第1話
事故を起こして失敗したら、おれは死ぬのかもしれないな……。
カウントダウンの残りがわずか数秒となったところで、ふと冷静になった。死の可能性は指摘されてはいたが、それほど重くは感じていなかったし、計算上、その確率はゼロではないが非常に低く見積もられていた。
なにも主任自らがテストパイロットになる必要はないじゃないですか――。
部下をはじめ、プロジェクトチームの内外からそんな声は聞こえていたが、おれは意に介さず平然と受け流していた。テストパイロットの選定に当たって、資格を持つ者がリストアップされる前におれがそうそうに立候補していたために問題なく選ばれてしまった。宇宙軍の実戦部隊に所属していた経験が役に立ったのだといえるだろう。
プロジェクトの計画主任といっても、実験機の試験運転の段階では、もうほぼおれの仕事は完了したともいえる。正直、ここでおれが死んだところで、今後のプロジェクトの推進に影響はない。そのことが早くからわかっていたからこそテストパイロットに志願したのだし、実際、これからの「宇宙旅行」を経験できる貴重な機会なのだから、どうしてそれに心が躍らないでいられよう。
じゅうぶんな広さに作られたコクピットに据え付けられた、試作機とは思えないほど座り心地のいいシートに収まって、おれはそのときを迎える。両隣のシートについている、同じく選ばれたテストパイロットの二人に交互に視線を送った。微笑み返す
窓の代わりに設置された目の前の大型ディスプレイに表示されたカウントダウンの数字が0となった。
「ワープ、スタート」
ワープエンジン、作動。人類初のテスト運転が始まった。
☆
――居眠りしていた?
おれはチャイムの音ではっとなる。
「起立」
と声がして、がさごそとイスが動く音が教室に満ちる。
おれものそのそと立ち上がり、他の生徒といっせいに礼をした。そそくさと教室を出て行くのは数学の教師。
(最後のほう、ノートをとってたっけ?)
うっかり眠ってしまうとはいただけない。――疲れていたんだろうか? 月曜日だから。
六限目の授業のあとは担任がやってきて、伝達事項を口頭で言って本日は解散となる。クラブ活動がある生徒は残り、ない生徒は帰宅する。いつもと同じルーチンだ。
この高校ではクラブ活動は必須だ。よほどの事情がない限り、誰もが強制された。そうなると、運動部は毎日のように活動するガチであるのに対し、文化部には特定の曜日しか活動しないユルい部活なので、エネルギー値の低い生徒はたいがいがそういう文化部を選んだ。文化部のなかには、競技かるた部やコーラス部、吹奏楽部など、全国大会を目指す意識の高い部活もあるが、おれはユルいほうに入っていた。
eスポーツ部。ゲームが好きだからという単純な理由で選んだ。入部してみると、対外的には、将来的にスポーツとして認知されるだろうテレビゲームを極め公式大会への出場を目指す、という大義名分を掲げていたが、その実、単にゲームで遊んでいるだけのクラブだった。実情を知らない生徒からは、ガチではないかと敬遠されているため、部員数は八人あまりのこぢんまりとした所帯で居心地がいい。
今日は、その部活がある日だ。その前に今週は掃除当番にあたっていた。
クラスメートたちがそそくさと教室を出ていくなか、おれはのそのそと隅っこの掃除道具を入れたロッカーに移動する。
「よう、
声をかけてきたのは、牛岡だ。高校に入学してからできた友人だ。
学校生活において友人の存在は重要だ。いかに早く友人を侍らせて孤立を回避していくか、それができるかどうかで天と地との差があるとわかっていたから、おれは積極的に近づけそうなやつに声をかけまくって親しくなり、入学から二ヶ月がたったいま、安定したスクールライフを送れている。
牛岡もその一人で、オリエンテーションのときに親しくなった。以来、なにかとつるんでいて、義理堅くeスポーツ部にもいっしょに
偶然、今週の掃除当番にあたっていて、仲良く教室の掃除に汗を流すのだ。
「進学エキスポ……。ああ、あれね」
さっき担任が配ったプリントには、一か月後、
高校に入学したばかりで、ようやく受験から解放された気分でいるのに、もう大学受験を考えないといけないと思うとどこか憂鬱だった。将来の夢を「宇宙飛行士」などと作文に純粋な思いを書いていた小学生の頃と違って、手の届く未来が見えてきたいまは、具体的な目標を設定しなければならないのだ。
「ああ、そうだな。どこかで待ち合わせて行こう。でも大学入試なんて、まだそこまで考えられないよな……」
そう言いつつも、その日は授業を受けなくていいわけで、それはそれで気分が楽だった。
掃除の手が止まってしまっていた。もたもたしていたら部室に顔を出すのが遅れてしまう。いや、べつに遅れてもかまわないフレンドリーな部活なのだが、そこはやはり一年生としての態度というのがあるだろう、一般的に……とおれは思っている。
掃除当番は五人だった。おれと牛岡以外は女子で、その三人とは交流がない。おれはとりあえず高校生活のスタートは無事にリフトオフできたわけだし、女子と仲良くなるのに積極的である必要は、いまのところない。嫌っているわけでないし、話しかけられてもそつなく応対するつもりでいるが、そこまでである。あまり交流範囲を広げてもフォローできないと考えている。
ところが……。
床掃除、机の雑巾がけを終え、一通りの作業をすませてしまうと、あとは鍵をかけて職員室に鍵を返すがてら報告に行けば解放される、というところまできて、
「じゃあ、おれが鍵を戻しておくよ」
そう言って、女子二人が「じゃあ、お願い」と、教室を出て行き、残ったおれと牛岡が戸締りをしようとしたら、
「ねぇ、縣さん……」
残っていたもう一人の女子が神妙な顔をして声をかけてきた。名前は……そう、確か
「ちょっと話があるんだけど……」
牛岡に目配せした。
「あ……それじゃ、おれ、先に部室に行ってるわ」
かばんを持って、
「うまくやれよ」
言い残して教室を出て行った。おれと入堂が、牛岡の姿が廊下に消えていくのを見送ると、ついに二人きりになった。
「…………」
なんの用事だろうかとおれは想像してしまう。牛岡に席を外させてまで伝えることっていえば、なにがある……?
(まさか、告白?)
ありえない。そんなアニメみたいなことがあるわけない。おれはそこまでお花畑ではない。
(なにか文句を言いたいことがあるのだろう)
おれはそう想像し、なにか入堂に迷惑をかけただろうか、と過去を振り返った。直接ではないでも、思ってもみないことが回りまわってなんらかのとばっちりを受けてしまった、というのはあるかもしれない。
「で……なにかな?」
なかなか言い出さないので、訊いた。言い出しにくいことなのだろう。でもここまで来たら言わないわけにはいくまい。
入堂はひとつ吐息をついて、
「なにか、聞いてない?」
と、そう言ってきた。
「え?」
まったく想定していなかった言葉に、おれは混乱する。頭のなかに浮かんでいたあらゆることを捨てて、
「なにかって、なに?」
すると、入堂はすごく残念そうに目を伏せて、
「そう……、まだ聞いてないんだ……」
つぶやくように言った。
「だから、なんなのさ」
おれは先をうながした。早くしないと、牛岡が部室であることないことしゃべっていそうで怖い。
「うん……」
すごく言いにくそうである。
「ホントに聞いてない……?」
「だから、なんの話」
おれは少し苛立ってきた。入堂となんか関係のある話なのだろうけど、身に覚えがない。ぜんぜん、まったく。しかしなかなか本題に入らないその態度から、なんだか重要な、それでいて微妙な話なのだろうな――と、なんとなく予想した。だがそれがなにかというと、そこは少しも思いつかない。
入堂は視線をさまよわせた。
そしておれは、衝撃的な事実を聞いた。信じられなかったが、入堂の言うことはあまりに具体的で疑いようのない話であった。
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