第32話 黒歴史とおねんね



 ナツキちゃんがほくほく顔で戻ってきたのは次の日の朝のことだった。


 眠れぬ夜を過ごした俺にとっては地獄のような時間だった。


「とー兄さん! ただいまっす!」

「……おかえり。どうだい。俺は、俺として見られてるか?」

「何言ってんすか? とー兄さんは、いつも通りかっこよくて、可愛いですよ?」

「あぁだめだ終わった」


 黒歴史。


 もちろん風花が全てを把握しているわけではない。


 俺の心の保管庫にはまだまだたくさん黒歴史が眠ってはいるが、風花も風花でそれなり、というか一般人が恥ずか死する程度の黒歴史は把握しているはずだ。


 だって、疎遠になったのも丁度厨二病が全盛期を迎えかけていた頃だし。


 確か、それくらいからお互いを異性として意識し始めてしまったから少しづつ距離が出来ていったんだっけかな。


 まぁ、俺と風花の話はここまでにしておいて。


「どんな……地獄を聞いたんだ……?」

「聞きたいですかっ?」


 ナツキちゃんの顔を見ると、それはそれは嬉しそうにキラキラな笑顔を振りまいていた。


 その笑顔が眩しくて、黒歴史が浄化されていく、なんてことはなく逆に記憶の奥底から黒歴史がひょっこりと顔を覗かせ他ので布団にうずくまって叫んだ。


「はぁ……はぁ……」

「『この世の混沌の塊一つ』」

「がはっ!!!」


 それは俺が駄菓子屋で、黒棒を買うときに使っていたセリフ……黒いからと安直につけたが、その当時は至極気に入っていたやつだ……あぁぁぁぁ……。


「中身が空のギターケースを背負って学校に行ってた、とかですかね?」

「あっ、あぁぁっ!! って……あれ?」


 一時期楽器をやっていればモテると勘違いしていて、ずっとギターケースを持ち歩いていた。学校にいく時も、数少ない友達と遊ぶ時も、決まってそのギターケースを持ち運んでいた。


 そのギターケースは何かと聞かれれば「……ちょっと、バンドのメンバーが、ね?」とか言ってた気がする。


 でも……。


「ケースの中身を見せたことをなかった……はずなんだけど?」

「まぁ、油断大敵ってことっすよねぇ……ブフッ」

「あぁぁぁぁぁぁっぁ!?!?!?」


 そんなっ……ただでさえ深い傷を致命傷にしやがったこいつっっ!!


 相変わらずナツキちゃんはケラケラと笑っている。しばらく笑い倒して、ふぅ、と息を整えて言った。


「麦茶振って泡立ててビールに見立てて飲んだり?」

「そっ、それは誰でも通る道だろ!?」

「結構ダサいっすよ??」

「わ、わかってるわ!!」


 今度は控えめにクスクスっと笑った後、いじることに満足したのか、大きなあくびをしながら背伸びをした。


「ふぅ、結構疲れたっすね」

「人をいじって疲れたとはなんだ……全く」

「ふふっ、だってとー兄さんの反応が面白いのが悪いんっすよ!」

「ナツキちゃん。人を弄ぶような人間になっちゃだめだよ? いい?」

「後輩の女の子の服を無理やり脱がせようとする人には言われたくありませーん」

「がはっ……その節は誠に申し訳ありませんでした……」


 俺がそう言って頭を下げると、ナツキちゃんは何か企みのありそうな笑みを浮かべる。


 その笑みを見て、どうしてだか背筋がゾワリとした。


「でも、誠意は行動で示してもらわないとっすよね〜? ぼく、まだ口での謝罪しか受け取ってないんですよね〜?」

「そんなこと言われても……菓子折りでも買ってこようか……?」

「ムー」


 何が不満だったのか。ぷくりと頬を膨らませたナツキちゃん。その顔は幼さを宿しながら、女の子として見るには十分すぎるほどの色気があった。


「とー兄さんはそのベッドに座って目でも瞑っててください!」

「それくらいなら……」


 俺はベッドに腰をかけ、言われた通りに目を瞑る。


 この部屋の物でも何か取るのだろうか。この部屋にあるものは別に大した価値のものはないからいいのだけど。


 でも、わがままを言うならあんまり日常的に使わないものがいい──と考えていたときに、ドンッ、と俺の身体に何かがぶつかってベッドに背中から倒れ込む。


「目、開いていいですよ?」


 と、言われると同時に目を開くと。


 鼻先がふれあいそうなほどの至近距離にナツキちゃんの顔があった。


 ナツキちゃん特有の匂いと、風花の家の匂いが混ざってなんとも形容し難い香りを醸し出していた。


「実はあれから女子会が夜通し続いてたから、一睡もしてないんです。だから、すっごく眠くて……」


 そう言いながらも「ふぁー」と可愛らしいあくびを漏らしていた。


 目の下をよく見ると、確かにうっすらとクマが見えた。


「だから謝罪の代わりにぼくの抱き枕になってくだひゃーい……よろひくお願いしまひゅぅ…………すぅ……すぅ」


 そう言って俺の首元にうずくまるように、顔を下げたナツキちゃんは一瞬で可愛らしい寝息を立て始めた。


「ちょい? ナツキちゃん? 許可、出した覚えはないんだけど???」


 それに、この状況、誠意を見せるというよりは、罪で罪を上塗りしてるようにしか見えないんだけど??


 だが、俺の言葉に反応する様子はなく。


 俺が離れようとしてもいつの間にか首元に腕を回され、ガッチリとホールドされていて離れられなかった。


「はぁ……言い訳、どうしよう……」


 もはや見つかる前提でことを考えながら、上に乗っかっているナツキちゃんに布団を掛ける。


 ぼーっと打開策を考えているうちに、俺はいつの間にか眠りついていたのだった。

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