第20話 新たなる願いの代償は

 願いの代償である、呪いと<真愛晶みあいしょう>。


 そのお願いをなしにするってことは、私がお姉ちゃんと付き合ったことが無しになるってことだ。神様に叶えられた、私とお姉ちゃんの恋愛関係。それをなしにするということは、昨日起こったお姉ちゃんとの出来事の全てはなくなるということ。


「美孤が犯した責任なら私が取る。だから美孤の呪いを解いてくれ」


 お姉ちゃんは神様に堂々と言い放った。神様は少し考える素振りを見せており、この状況を冷静に見ている私は先ほどと同様に肝を冷やしていた。


(そんな、私の尻拭いをどうしてお姉ちゃんがするの……?)


 神様に願ったのは私だ。お姉ちゃんに私を見てほしい、と願ったのは私だ。そうしてその願いは奇跡的にも叶えられた。だったらその代償は私が払って当然じゃないのか?呪いだって当然の報いじゃないのか?神様は何も、呪いをかけたままではない。<真愛晶みあいしょう>さえ作れば呪いは解くと言っている。だから、私がお姉ちゃんと付き合い、真愛晶みあいしょうを作り、神様に納めればいいだけの話じゃないのか?……どうして、それだけの話に、お姉ちゃんが出てくるんだ。


 でも、その言葉をお姉ちゃんに投げかけるだけの声と勇気を、私は今持っていなかった。これは本音だ。私の紛れもない、本音だ。だけれど、いや、だからこそお姉ちゃんに伝えることは出来ない。いや、厳密には出来るのだけれど、喉を潰してまで言うことではないような気がするのだ。この先の会話で、本当に言わなければ、伝えなければならない状況に陥った時、私がちゃんと言えるように、この喉はまだ使わないでおくことにした方がいい気がした。そう自分に言い聞かせて、私は口を閉じた。


「ふうん、おもろいこと考えるな、人間」


 神様はさぞ楽しそうに、面白そうに、お姉ちゃんを見てそう言い放った。お姉ちゃんは依然としてさっきから態度を変えず、神様を半ば睨むような形相をしていた。神様とお姉ちゃんの間には誰にも入れない、冷たい空気が張り詰めていた。しばらく、神様は考える素振りを見せた後、ひょい、と私に視線を向けた。


「まぁ、呪いはあんたさんがわしにまずいもん食わした罰やさかい、あんたさんのおねえに責任を取られても意味はあらへん。そやけどあんたさんのおねえが、あんたさんの呪いを解いてほしいとわしにお願いするって言うんなら、話は別やな」


「そ、そんな……!」


 思わず口から言葉が出てきてしまう。もしそんなことをお姉ちゃんがしたら、私はこの先お姉ちゃんに申し訳なくてどうしようもなくなる。でも、一番怖いのは、それをお姉ちゃんがやりかねない、というところだ。昔からの性格で、お姉ちゃんは一度決めたことは何があってもやり通す。もしお姉ちゃんが私の呪いを解く、というお願いをして呪いを受けると決めてしまったら、お姉ちゃんは本当にそうしてしまう。それだけは、それだけは辞めさせないと……!


 私は頭をひねり、真剣に考えた。おそらくお姉ちゃんはさっきの神様の提案を飲む。お姉ちゃんが口を開いたら最後だ。その前に、なにかお姉ちゃんが考え直すような、この提案のデメリットを探さなきゃいけない。


(なんだ……?この状況下でお姉ちゃんがこの提案を飲んだら不利になるなにかはなんだ……?あるはず、どんな条件にも必ずデメリットが……!)


 その時、私はあることを思い出した。そういえば私の呪いのことばかりで忘れていたが、もしお姉ちゃんの願いが叶えられてしまった場合、<アレ>はどうなるんだ……?

 

「か、神様!」


 私は色々考えて、ようやく口を開いた。これは本音ではない。。だから、本音を言えないという呪いは適用されないはずだ……。


「……なんかええ案でも思いついたんかいな?あんたさんは」


 私はぎゅっとこぶしを握り、息を飲んで、神様に問いかけた。


「神様。もし仮に、お姉ちゃんの願いが叶えられてしまったら、神様の出した条件である<真愛晶みあいしょう>はどうなるんですか?」


 神様は目をギラリ、と光らせて私を見た。私はそれに負けず声を出す。


「だって神様は<真愛晶みあいしょう>が欲しいんですよね?もしお姉ちゃんの願いを叶えてしまったら私には、その<真愛晶みあいしょう>を収める義務がなくなってしまいます。そう考えたら神様がお姉ちゃんのお願いを叶えることは、デメリットではないですか……?」


 お姉ちゃんははっとして顔を上げ、神様はまたにやり、と笑った。


「……そう言うことになるな、あんたさん。つまり、わしからしたらあんたさんのおねえの提案はあんまりええ提案とちがうってわけなんや。そやさかいできたら、あんたさんちのおねえの願いは叶えたないのが本音なんやけど……。その決定権はわしにはあらへん。動物の神様って言うのんはあくまで人の願いを聞き入れる神であって、わしの都合のええように提案するのんは神とちがうさかいな」


 神様はそう言うと私やお姉ちゃんを通り過ぎて、本殿の前に立った。


「決定権はあんたさんにあるんやで。お宅のお姉ちゃんとよう話し合うてどないすんのか、また決まったら来なはれ。それまで今の関係性はそのままってことで。ほなな」


「……あ、ちょ、ちょっと、待って……!」


 神様は私が呼び留める声も聴かずに、そのままポン、と、消えていなくなった。私とお姉ちゃんはそれを唖然としたまま眺めていた。

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