第4話 キツネの神様 

「き、きゃあああああああああああああ!!!!!!」


 私がそう声を上げると、そのケモミミ男はうざったそうに耳をふさいだ。上の、つまり、ケモミミの方を。


「うるせぇなぁ、叫ぶんじゃあらへんで」


 ケモミミ男は謎の方言をべらべらと喋ると、尻もちをついている私にずかずかと寄ってきた。私はこんな体勢なので逃げることも出来ず、ただそのケモミミ男の顔を凝視することしか出来なかった。


「あ、あの……」


 私がおずおずとそう口を開くと、ケモミミ男はその鋭い目で私を真っ直ぐと見た。


「なんや?」


「あ、貴方は一体……?」


 そう尋ねるとケモミミ男は変ににやり、と笑って私を見た。


「俺はここの神様やで、神様」


「……は、はぁ……?」


 何を言っているんだこのケモミミ男は、と私は首を傾げた。が、そこで私の頭の中にある考えが浮かんだ。


(もしかしてこの人、神社に住み着いてる変質者……?)


 だってどう見ても変な髪だし、なんかの動物の耳が生えてるし、尻尾も生えてるし、絶対変質者だ。ああ、きっとそうに違いない。ならば「変質者!」と叫ぼう、と口を開いた時だった。


「おいおい、俺はここの神様やで。変質者扱いとはえげつないじゃあらへんか」


 ケモミミ男はそう言ってふん、と鼻で笑った。でも、その言葉はおかしかった。だって、私はまだ「変質者」って叫んでない。なのにこのケモミミ男は、私が変質者だと思っていることを知っている。


「どうして……わかったんですか?てか、どこの方言?」


 困惑を通り越して恐怖している私にケモミミ男はにやり、と笑った。


「京都。俺の出身は京都やさかいな。お前さんが毎日毎日ここでおねえに会えるようにやら、お姉ちゃんと話したいやら……」


「うわああああ!!!な、なんで知ってるんですか!?やめてください!」


 突然の暴露に言葉を言葉でかき消す。ケモミミ男は満足そうに笑うと、


「神様なんやさかい、そんなんわかって当然やろ?」


 と、堂々言い放ちやがった。私ははぁ、とため息をついて「いい加減に嘘は……」と言いかけた。その時、ケモミミ男は賽銭箱さいせんばこの近くにある、キツネの石像をちょこんと指さした。その後、自分の頭のケモミミを指さした。私はそこで「あ、」と声を漏らした。


 キツネだ。ケモミミ男の頭のそれはキツネの耳をしている。ここにはキツネの石像がある。きっとおそらくはキツネの神様を祭っている。だから、つまり、このケモミミ男は……。


 私は思わず身を乗り出して、男性に尋ねた。


「ほんとに、神様ですか?」


「ああ」


「ほんとの、ほんとに?」


「しつこいなあんた。そうや言うてるやろ」


 その言葉に、私もいよいよ納得せざる終えなかった。どうやら、本物の神様らしい。私が毎日お祈りしていることも知ってるし、胸の中のことも知ってるし、それに何よりキツネの耳、生えてるし。まだ半信半疑ではあるけれど、でも、神様だというとことを信じざるおえない。


「えっと、その、神様は一体どうして本殿ほんでんから……」


私がそう尋ねると、ケモミミ男もとい神様は、こくりと頷いた。


「おう、そんなんお前さんに文句を言いに来たに決まってる」


 神様は、堂々とそう告げた。


「私に文句、ですか?」


 私が聞き返すと、神様は急に深刻そうな表情で頷いた。


「俺は神様の前に妖怪みたいな存在やさかいさ、人間の感情を食べるんやで。嬉しい、楽しい、好き、愛してる、基本的にポジティブな感情」


「はぁ、ポジティブな感情……」


「そう。で、俺は基本参拝客の感情を食べる。つまりお前さんの感情。で、お前さん、今日、自分が何祈ったか覚えてるか?」


「な、何を?」

 

私はそこで今日お祈りしたことを思い返した。


『私を見て、お姉ちゃん』


 それはただの私の願望。それが一体何なのだろうか?


「それが一体……?」


「俺は基本的にポジティブな感情を食べる。嬉しい、楽しい、好き、愛してる。なんでかって言うと、美味いさかいだ。つまり、逆を言うたらネガティブな感情はくそまずいで。お前さん、今日泣いたやろ?」


 私はその言葉ではっとした。私のその感情は、悲しい、と言うネガティブな感情だ。なるほど、神様はそれを食べてしまって、だからまずい、と言っているのか。


「わかったようやな」


 と、神様は満足げに頷いた。


「お前さんの感情はいつも美味い。ポジティブな感情の中でも、恋愛感情って言うのんは極上に美味いで。そうやな……あんたら人間の世界で例えるんやったら、きゃんでぃ、ってやつに似てる。そやさかいあんたのおねえ?言うやつへの気持ちは、俺にとっては超絶品料理って訳」


「なるほど……」


 まさか私のお姉ちゃんへの気持ちが神様に食べられるとは思っていなかった。と、言ううか神様って本当にいるんだ、なんてまだ目の前にいる神様の存在を信じられずにいた。そんな疑いの目がばれたのか、心の中を読まれたのか、神様はまた私を見てにやり、と笑った。


「人間。あんたは神様おれにくそまずいもんを食わした。その罰を受けてもらわななんねーのは、わかんでな?」


 その言葉に、私の口から「え、」と声が漏れた。


「ば、罰って……?」


「まあまあそう怖がりなや、人間。ちょいお仕置きされるぐらい、我慢しろ」


 そう言って神様は私の顔に自分の顔を近づけると、にやり、と笑って、そのまま私の口に自分の唇を押し付けてきた。私が驚いている間に開いた口の中から舌を入れてきた。そうしてひとなめすると、神様はそのまま私から離れた。口に生々しい感触が残る。


「き、きゃあああああああああああああ!!!!!!」


 本日二度目の、絶叫である。

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