彼女にフラれて、俺はライトノベルを書くことにした。
まにゅあ
第1話
俺、
なぜって、恋をしていた女の子にフラれたからだ。
何を言ってるか分からないって?
まあ待て。今の俺の気持ちを綴るには、まだまだノートに余白がある。
彼女の名前は、文京読子と言う。彼女はライトノベルを愛していた。
デートのときには、いつも愛用のピンク色のポーチに、一冊のライトノベルを入れていた。
歩き疲れたと言う彼女を休ませ、自販機で飲み物を買って帰ってくると、彼女はそのライトノベルを手に取って、熱い眼差しを紙面に向けていることもあった。
歩き疲れたというのは、ライトノベルを読みたいがための口実だったのでは?
そんな風な考えが頭をよぎったが、口に出すことはしなかった。
何より彼女のことが好きだったし、こうしてデートに付き合ってくれている以上、彼女もまた俺のことを少なからず好きでいてくれていると思ったからだ。
だが、俺は間違っていた。
彼女は俺のことなど好きでも何でもなかったのだ。
夏も終わる頃、俺たちは所沢市にある角川武蔵野ミュージアムに行った。
ライトノベル好きな読子に楽しんでもらおうと思ったからだ。
だけど、彼女がチケットは要らないと言う。
「え、どうして?」
「私、ここの年間パスポートを持っているの」
彼女は角川武蔵野ミュージアムの常連だったのだ。考えてみれば、それもそうかという気がした。彼女の家からミュージアムまでは電車で二十分ほど。普段から通っていても不思議じゃない。なにせ三万冊ものライトノベルが読み放題なのだ。彼女のために用意されたようなミュージアムなのである。
「じゃあ、俺も年パス買おうかな」
彼女と同じ年パスを買えば、次のデートに誘う口実になる。そんな魂胆があったことは認めよう。
だけど、チケット販売機に「年間パスポート」の文字が見当たらない。
「年パスって、どこにあるの?」
彼女にそう尋ねてみれば、
「年パスは販売されていないの。コロナの影響で販売中止になったみたいよ」
「じゃあ読子さんが持ってる年パスは? 販売中止になる前に買ったってこと?」
「違うわ」
彼女の流れるような黒髪が、ふわりと左右に踊った。
その光景に見惚れていた俺に、彼女が言う。
「直人くんは、ライトノベルを書く人?」
「え、いや、書かないけど。読むだけかな」
「そう」
彼女は白い指を桃色の唇に添えて、
「ここだけの秘密なのだけれど、私、ライトノベルを書くの」
「へえ、それはすごい!」
俺は彼女のことが好きになってから、彼女との話題作りのためにライトノベルを読み始めた人間だ。ライトノベルを書くという発想は、これまで全くなかった。だから、彼女がライトノベルを書いていると知って、素直に感心した。
「角川武蔵野文学賞っていうのがあってね。年パスは、そこでもらえたの」
「賞を獲ったってこと⁉ すごいじゃん!」
彼女は頬を染めて顔を背けた。ますます彼女のことを愛らしく思った。
ライトノベルを書いているという秘密を打ち明けてもらえたことで、俺のテンションはこれまでにないほど上がっていた。
彼女、俺のこと好きなんじゃね?
そんな風に思いあがってしまった。
それで俺は、ミュージアム内にある源義庭園で、彼女に告白した。
「それはダメよ」
だけど、彼女の答えはノー。
十中八九オーケーしてもらえるものと思っていたから、愕然とした。
おいおいまさか、そんなわけないだろって。
続けて彼女は言った。
「ライトノベルを読む時間が、減っちゃうでしょ」
衝撃だった。
え、だったら何で今まで俺とデートしてたの?
その時間もライトノベルを読む時間が減ってたよね?
おかしくね? おかしいよね?
彼女を問い詰める言葉が、脳内で湯水のごとく溢れだす。
自制心を保とうと、深呼吸をした。
「……一つだけ聞かせて。なんで俺と今までデートしてくれてたの?」
「次に書く予定のライトノベルが、恋愛モノなの。それで、異性を付き合うっていうのがどんな感じなのか、知りたいと思ったから」
詰まるところ、彼女は俺のことなど、好きでもなんでもなかったのだ、
ただ単に、ライトノベルを書くための取材として、俺と付き合っていたと。
俺は、絶望した。
それから一か月が経った。
ミュージアムでフラれてから、彼女とデートはしていない。これまでのデートはすべて俺から誘っていたことに気づいた。俺が誘うことをやめれば、彼女とデートをする機会がなくなるのは必然だった。
彼女は俺にとって初恋の相手だった。それまでの俺は、「恋などくだらない」と鼻で笑う人間だった。俺が「恋した」と友達に打ち明けたときには、彼は「熱でもあるのか⁉」とすごく驚いていたっけな。
時間が経つにつれ、彼女のことが恋しくなってきた。
初恋の相手を忘れられない、なんて言ったら、女々しいなんてバカにされるかもしれない。だけど、事実そうなんだから仕方ないだろ。彼女のことを忘れようとすればするほど、彼女に対する想いがどんどん強くなっていくんだ。
――そうか、ライトノベルを書こう。
それからさらに一か月が経ち、俺はその考えに至った。
彼女はライトノベルを書いていると言った。
ならば、俺もライトノベルを書こう。
ジャンルは決まっていた。
恋愛モノだ。
初恋の少女を諦めきれない少年の物語だ。
物語の舞台は、俺たちの住む街、武蔵野。
物語を通して、彼女に想いを伝えるんだ。
俺は、君が好きだって。
締め切りまで一週間。打ってつけの文学賞もある。
――角川武蔵野文学賞。
「やるだけやってみるさ」
だから俺は、ライトノベルを書くことにした。
彼女にフラれて、俺はライトノベルを書くことにした。 まにゅあ @novel_no_bell
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