夏の少女は小説のなか

都月 みやこ

第0話【わたしを物語にして】

「──わたしを物語にして」


 カラン、とコップのなかの氷が音を立てる。


 反射的に僕は「…えっ?」と素っ頓狂すっとんきょうな声をあげてしまっていた。そこそこの声量が出ていたことに気がつき、慌てて口元を覆うが、隣のテーブル席に座る老夫婦とばっちり目が合った。やや驚いており、僕はごめんなさいと何度もぺこぺこと頭を下げた。


 どうか、お二人の寿命を縮めていませんように。


 そんなことを胸中で祈りながら、僕は目の前にいる奥宮さんへと身体を向ける。


 いっぽうその頃の奥宮さんと言えば、「言い切ったぞ!」という達成感とどんな返事がくるのだろうかという不安が入り混じったような表情を浮かべている。


 その返事をゆだねられたのは僕に違いないのだが。


 …全ッ然わからない。どういう意味だ?

 …奥宮さんに物語のモデルにしてほしいと頼まれたことがあったっけ?


 たぶん言葉足らずな部分があるだろうが、そこを含めて察してあげるのが高校生作家の腕の見せどころではないだろうか。自分で自分を持ち上げるのはむず痒いが、業界の若手ホープとしての意地とプライドにかけて、ここは華麗に立ち回りたい。


 顎に手を添えて、思考を巡らせてみる。


 僕は奥宮さんの発した文章をぐるぐると反芻はんすうさせ、味がしなくなるほど咀嚼してみるけれど。


 思考の末、頭上に三つの疑問符を浮かべた男子高校生が残った。


「オクミヤサン、ドーイウコト?」

「…っ! その‼」


 言いたかったことが伝わらずもどかしかったのか、彼女はテーブルに両手をついて立ち上がり、興奮するように声を上げる。


 その突発的な言動にファミレス内の喧騒はなぎのように止み、僕らの席に何十という注目が集まる。


 もともと目立つのが苦手な僕は、きっと今の奥宮さんの立場なら顔面が沸騰するくらいに赤くなっていただろう。それは彼女も同じなようで、小さく「すみません」と呟いて座り込み、小さな身体をさらに縮こませている。


 なんとなくいたたまれなくて、僕は自分の口をつけていないコップを差し出す。


「お水でもどうぞ…」

「ど、どういたしまして」


 遠慮がちな言葉とは裏腹にお冷を豪快に飲み干した彼女は、手をうちわ代わりに顔をパタパタと扇ぎだした。


 普段の学校生活では見られない奥宮さんの姿に僕は申し訳ないと思いながらも、噴き出して笑ってしまう。


「なんで笑うの!」

「いや、ごめん。学校のときの印象が違くてさ」

「そうかな?」

「うん、奥宮さんはもっとこう、しっかり者というかきっちりしているイメージがあったからさ」

「それはわたしのことを知らないだけで、ふだんは全然そんなことないよ」


 それはまったくもってその通りだ。


 一度だけ学校でのグループ発表で同じになったことがあり、そのときは確か日本史の授業で、地元の歴史を紹介する内容だった。


 班のまとめ役として、司会進行役を買って出てくれたおかげもあり、準備から発表までスムーズに行うことができた。彼女はやっぱりしっかり者だと僕は思う。


 「それで…」


 僕は奥宮さんに話を切り出す。


 話題を察してか、奥宮さんは姿勢を正して座り直した。僕もつられて背筋を伸ばす。


「わたしを物語にしてというのはどういう…」

「さすがに意味が分からなかったよね。ごめんね、ちょっと緊張してたのもあって」

「奥宮さん、緊張してたの? そんなふうに見えなかった」


 あはは、と奥宮さんは目を細めて小さく笑う。 


「意外と緊張しいだよ、わたし。それに男子とこうやって休日に遊ぶことは滅多にないし」


 もともと人付き合いが多くない僕と違って、奥宮さんはクラス内でも人気者だ。休み時間になると彼女の席には常にだれかが訪ねていて、昼休みも仲良しグループとお弁当を囲っている。


 そんな彼女に言い寄る男子も少なくないだろうが、言われてみれば浮いた話を耳にしたことはない。本人が男性が苦手ならば、ここにいる僕は例外か、もしくは男として眼中にないことなる。考える間もなく後者だろうけど。


 お待たせしましたと注文していた抹茶パフェが運ばれてきた。


 なかなかのボリューム感だが、奥宮さんは目を輝かせて一口頬張る。


「んまぁい~!」

「甘党?」

「うん! 甘いものは別腹だね」


 手を小さく上下に揺らし、体全体で喜びを表現する奥宮さん。


 しばらくそんな幸せそうな様子を見ながら、だからこそ疑問に思ってしまう。


「それで、話が脱線したから戻すんだけどさ──」

「わたしを物語にしてってやつね。…真城くんはさ、夏の少女のウワサって聞いたことある?」

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