第94話 すれ違う人々


 生徒たちで賑わう廊下は、今や騒然としていた。ジェームズ殿下の思いがけない頼みに、驚きを隠せずにいるのだ。


 そんな中、ルーファスが私を背に庇う。視線を遮るかのような動きに、殿下は訝しげな声を上げた。


 「君、僕はシャーロット嬢に用があるのだが」

 「申し訳ございません、殿下。こちらにも事情があるのです」


 そう断りを入れ、ルーファスは続けて問いかける。話し合いの場にブリジット嬢は同席するのかと。

 その問いかけに、殿下は言葉を詰まらせた。


 どうやら、ブリジット嬢の同席はないようだ。そして、それが問題であることも殿下は理解しているらしい。


 婚約者のいる身なら、他の令嬢へ個人的な誘いなど慎むべきだ。婚約者が同席するのならともかく、婚約者不在では可笑しな噂になりかねない。

 殿下にとっても私にとっても、害にしかならないだろう。


 「でしたら、今回はお引き取りを」


 ルーファスが話を切り上げる。このまま終わるかと思われたが、殿下が制止の声を上げた。


 「待ってくれ! 非礼であるのは百も承知だ。僕とて、シャーロット嬢に迷惑をかけたいわけではない。

 彼女に可笑しな噂が立たぬよう、君たちも同席してくれないか。その上で、彼女と話す時間をもらいたい」


 このとおりだ。殿下がそう口にした途端、周囲が再び騒めき出す。何事かと顔を覗かせると、頭を下げる殿下の姿が見えた。


 予想外の行動に絶句する。衆目の場で頭を下げるなど、一体何を考えているのか。頭を下げてでも私と話がしたい、そう言っているも同義だ。


 殿下にしてみれば、頭を下げるほどの理由があるのだろう。

 だからと言って、彼が取るべき行動とは言えない。


 私は重い息をのみ、ルーファスの隣へ並ぶ。横からもの言いたげな視線が刺さるが、かまっている場合ではなかった。


 「殿下、どうかお顔を上げてください。そのようなこと、あなたがすべきではありません」


 私の言葉に、彼はゆっくりと顔を上げる。合わさった瞳は不安げに揺れていた。


 相当追い込まれているのだろうか。彼にどんな事情があるのかは知らないが、こうなっては話を聞くしかあるまい。


 「ご存じのとおり、本来ならば個人的な席を設けるべきではありません。

 ですが、余程の事情があるご様子。

 ルーファスたちが同席の上でなら、お話を伺いましょう。場所は、裏庭のガゼボでよろしいですか?」

 「もちろんだ。君に悪評がつくのは避けたい。周囲から見える場所の方が良いだろう」


 私の提案を聞き、殿下はすぐに同意した。

 ガゼボは周囲から中の様子が見える。いわば、衆人環視の状況だ。やましい事などないと、一目で分かるだろう。


 幸か不幸か、この場には多くの生徒がいる。事の経緯は皆が知るところとなった。そうである以上、この件で私に悪評が立つことはないはずだ。

 今打てる手は、全て打ち切ったといえる。


 「ルーファス」

 「はあ……仕方ないね」


 この状況で断れば、それこそ騒ぎになる。彼の呟きに首肯した。

 王族が頭を下げたにもかかわらず、拒否したとあれば大事だ。

 断るという選択肢は、既に無くなっている。






 夏の名残があるからか。外は暖かく、夕方であっても肌寒さを感じない。木々は未だ青く、赤く染まる葉はなかった。

 時折吹くひんやりとした風だけが、秋の訪れを教えてくれる。


 裏庭のガゼボは、残暑から逃れるに最適な空間だった。屋根が日差しを遮り、爽やかな風が吹き抜ける場所。

 本来なら、ほっと一息つけるはずなのに。生憎と、今の私たちに和やかさはない。


 ベンチに腰を下ろす。私の両隣にメアリーとヘレンが座り、殿下は向かいへ腰かけた。

 ルーファスは座らず、立ったまま控えている。遠目からでも、第三者がいると分かるようにするためだ。


 「まずは感謝を。急な願いを聞き入れてくれてありがとう」

 「いえ、ご事情がおありのようですから」


 感謝を述べる殿下に、私は微笑んで言葉を返す。


 ちらりと視線を外へ向けると、遠巻きにこちらを見る生徒たちの姿があった。野次馬だろう。やましい事がないという証明にはなるが、視線に晒されての会話は落ち着かない。


 長い時間注目されるのは避けたいと、挨拶もそこそこに本題へ切り込んだ。


 「私に話があるとのことでしたが、内容をお聞きしても?」


 そう言うと、殿下の表情が切り替わる。言い淀むこともなく、はっきりとした声で語り始めた。


 「先日の茶会についてだ。君を危険に晒したこと。また、婚約者の過ちを正さなかったこと。深く謝罪する」


 すまなかった。真剣な表情で語る殿下に、私は小さく息を吐く。


 やはり、この件だったか。コードウェル公爵も、殿下たちが謝罪に行くだろうと言っていた。

 殿下が一人で来たことは不思議だが、ひとまず、謝罪は受け入れよう。


 「お受けしましょう。ブリジット嬢については、ご本人の謝罪がない限り判断できませんが」

 「かまわない。婚約者とはいえ、僕の謝罪で済ませるものでもないからね」


 そう言って、殿下は眉を下げる。困ったような表情を見るに、本当は二人で来るつもりだったのだろう。


 殿下に嫌われたくないと、形だけでも謝りに来るかと思ったが。我を押し通すほどに、彼女は私を嫌っているのか。


 「それから……もう一つ、君に謝らなければならないことがある」

 「もう一つ、ですか?」


 殿下の言葉に首を傾げる。他に彼が謝るようなことはあっただろうか。

 思考を巡らせるも、浮かぶのはブリジット嬢の問題ばかりだ。昨晩の騒動が尾を引いているらしい。


 「本来は、君だけに謝罪することではないのだけれどね。

 僕が今までした、無礼な発言全てに謝罪をしたい。君やスピネル寮の生徒に、不快な思いをさせてしまったから」

 「殿下……」


 苦しげに語る彼に、私は思わず声を漏らす。


 正直なところ、過去の発言に謝罪するとは思っていなかった。

 困った事に、殿下には悪意が無かったのだ。悪い事をしたという認識すら無かったはず。

 彼の周囲も特段咎める素振りはなかったし、改善は難しかろうと考えていた。


 そんな彼が、なぜ。一体どのような変化が起きたのか。


 「殿下……その、無礼な発言になるかもしれませんが……」

 「かまわない、好きに発言してくれ」


 僕の無礼さを超えることはないだろう。自嘲の笑みを浮かべ、殿下が先を促す。


 「殿下の発言に、悪意はなかったと思っています。だというのに……なぜ、謝罪をしようと?」


 悪意がない以上、自身の過ちを認識していなかったはず。謝罪するのであれば、その認識に何らかの変化が起きたということだ。


 それは一体何なのか。言外にそう問いかける私へ、殿下は苦く笑う。「随分と気を遣ってくれたみたいだね」と呟き、彼は俯いた。


 「君の言うとおり、僕に悪意はなかった。

 いや、単に無知だったんだ。人の心情を慮る能力に欠けていた。視野が狭く、自分の発言がどれほど人を不快にさせるのか理解していなかった」


 悪意がない、その一言では済ませられない失態だ。語る声は暗く、過去を悔いているのがよく分かる。

 

 「茶会の一件で、自身の愚かさに気づいてね。きっと、僕が気づいていないだけで、今までも失態を犯していたのではないかと考えたんだ。

 そこで、イアンに尋ねたんだよ。僕の犯した罪を教えて欲しい、と」

 

 それは、どれほど勇気がいることだろうか。いくら自身に非があったとしても、他者に指摘されるのは苦しいものだ。相当の覚悟がなければ、自身から尋ねるなどできやしない。


 「……殿下は、勇気がおありなんですね」

 「そんなことはない。そうしなければならないほど、僕が愚かだっただけのことさ」


 不甲斐ないね。ぽつりとこぼされた言葉には、彼の苦悩が込められていた。


 殿下は、基本的に善人だ。至らないところが多く、難はあるけれど。

 それでも、決して悪人ではなかった。環境が違えば、教え導く者がいれば、今頃違う在り方をしていただろう。


 仮定の話に意味などないが、そう思わずにはいられない。


 「イアンにはっきりと言われたよ。僕がどれだけ無神経で、無礼だったのか。

 言い返す言葉など、どこにもない。全て、彼の言うとおりだった」


 相当厳しいことを言われたのだろう。殿下の表情が、それを物語っている。


 イアンは、いつも殿下に一線を引いていた。そんな彼だからこそ、殿下も質問できたのかもしれない。忖度することなく、指摘してくれる相手と知っていたから。


 「おかげで、どれだけ自分が愚かだったか気づけた。

 もちろん、直せたとは言えない。一朝一夕で直せるものでもないだろう。

 それでも、諦めるわけにはいかないから。地道にやっていこうと思う」


 今日君に迷惑をかけた身で、言えることではないけれど。そう語る殿下に私は目を細めた。


 そこまで分かっていて、なぜ。今日話すことに固執したのか。焦っていたのは分かるが、ブリジット嬢を連れてくれば良かっただけなのに。


 「殿下。なぜ、今日だったのです? せめて、ブリジット嬢に同席いただけなかったのですか?」


 私の言葉に、殿下は悲しげに笑った。


 「本当なら、リジーと二人で謝罪するつもりだった。けれど、それができそうになくて」

 

 できそうにない。その言葉に、私は眉を顰める。


 やはり、ブリジット嬢は私に謝りたくないのか。それゆえに、殿下に同行しなかったのかもしれない。彼女が着いていれば、話はスムーズに進んだだろうに。


 「リジーは昨晩から部屋に籠っていてね。今日は授業を休んでいるんだ。寝込んでいると侍女から聞いたよ」


 お茶会の件で思い詰めているのだろうか。そうこぼす殿下は、心配そうな表情を浮かべている。


 どうやら、殿下は昨晩の騒動を知らないようだ。もし知っていれば、お茶会のせいで落ち込んでいるとは思わないだろう。


 ブリジット嬢は、取引通り沈黙を選んだらしい。

 彼女が主張した被害は、冤罪の可能性が極めて高い。話せばかえって不利になることも考えられる。話さないのは賢明と言うべきか。


 「彼女の中で、まだ整理がついていないのかな。そんなときに、僕が一方的に謝罪に行こうと言い出したから……追い詰めてしまったのかもしれない」


 もっと彼女の不安を減らしてあげれば良かったのだろうか。殿下の言葉は、彼女への優しさに満ちていた。


 その姿を見て、胸中に苦い思いが広がる。殿下の優しさが、本当の意味で報われることはないだろう。そう思ったからだ。


 殿下の知る彼女、それは彼の中にしか存在しない。あまりにも、彼女を美化し過ぎている。


 現実の彼女は、もっと自分本位な人間だ。自身の願いを叶えるためなら、他者の悲劇すら利用できる。

 そんな彼女が、私へ謝罪しようという殿下の提案に、心から同意するはずがない。


 殿下がどれほど心を砕いても、その気遣いが活かされる日は来ないだろう。彼女自身が変わらない限りは。


 殿下たちの関係は、決して良い関係ではない。それを分かっていながら、私は何も言わなかった。


 二人は互いを好いている。酷く歪な愛に思えるが、どんな形であれ互いを大切に思っているのは事実だ。


 恋人を悪く言われて、喜ぶ人間はそういないだろう。自身が愚痴を吐くのと、他人に恋人を否定されるのは違うもの。下手に口を挟めば、面倒になるのは間違いない。

 その危険を冒してまで、忠告する気にはなれなかった。


 そもそも、彼らは現実を見ていないように思う。自分が見たい相手を見ているだけなのだ。

 殿下は自らの思うブリジット嬢を、ブリジット嬢は彼女が知る理想の王子様を。相手を通して、自らの理想を見ているようにしか思えない。


 そんな二人に、忠告など無意味だろう。自ら目隠しをする者に、現実を見せることなどできるはずもない。


 「リジーと共に謝りに行くのは無理そうだったからね。それならば、いち早く君に謝ろうと思ったんだ。

 気が急いてしまって、迷惑をかけたけれど……」

 「いえ、事情は分かりましたから」


 こういうところも直さなくては。そう言って項垂れる殿下に、私は苦笑する。


 問題はあったけれど、真意は理解できた。

 茶会の件だけでなく、過去の発言全てを振り返ったのだ。いち早く謝りたいと思うのも無理はない。


 罪を抱えるほど、人は苦しくなるものだ。真っ直ぐ過ぎる殿下には、耐え難かったことだろう。


 今日の一件は、決して褒められたやり方ではなかったけれど。今更咎めても仕方ない。


 謝罪は受けたのだし、今回は幕引きとしよう。反省しているのなら、同じ事はしないはずだ。


 「その、良ければ質問をしてもいいだろうか」

 「質問ですか?」


 一人納得していたとき、殿下が唐突に口を開いた。どこかそわそわとした様子で、落ち着きがない。

 それほどまでに、気になることがあるのだろうか。


 「その、君の従者に質問があるのだが……」


 殿下の言葉に笑みが固まる。

 私の従者、つまり、ルーファスに質問があるということか。


 彼の正体に気が付いたのだろうか。そう思って殿下を盗み見るも、悪感情を抱いている素振りはない。


 対するルーファスも、冷静な表情を保っている。不快感を示すこともなく、ゆっくりと口を開いた。


 「私で答えられることならば、喜んで」

 「ありがとう、感謝する」


 ルーファスの答えに、殿下は嬉しそうな笑みを浮かべた。

 その瞳は、どこかきらきらと輝いている。何が起きているのかと、内心目を見張った。


 「君は成績も優秀で、聖女の従者となれるほどの実力があるだろう? きっと、相当な努力をしたのだと思う。

 君は何を願い、そこまで実力をつけたのか。何故そこまで努力できたんだい?」


 後学のために教えてもらえないだろうか。その問いに、私は息をのんだ。


 ルーファスが強くなった理由。それは、生きるために必要だったからだ。より正確に言うのなら、殺されないためのものだった。


 王妃たちの悪意から逃れるには、強くなるしかなかった。

 そんな彼に、王妃の息子である殿下が理由を尋ねるとは、なんと皮肉なことか。


 ルーファスが身分を偽っている以上、殿下が責められる謂れはない。


 それでも、彼らの関係からすれば際どい質問なのは事実。大丈夫かと、慌ててルーファスへ視線を移したのだが。

 予想に反し、彼は至って冷静な瞳で殿下を見ていた。


 「自身を高めようと思ったのは、弱さが死を招くと知っていたからです」


 ゆっくりと、ルーファスの口から語られる。いつか聞いたのと、同じ話だ。


 「生き残るためには力が必要でした。魔術だけでなく、剣や知識すらも」


 第一王子派から差し向けられる魔の手。対抗するには、多くの力が必要だったはずだ。

 庇護者となるはずの母も、とうに儚くなった。彼が歩んできた道は、決して平坦なものではなかっただろう。


 「そうか……君は、大変な人生を歩んできたのだな」


 僕は本当に、何も知らないんだな。殿下はそう言って、両の手を握りしめる。

 同い年の生徒が過酷な人生を歩んできた事実。それに胸を痛めているようだ。


 もし、殿下がルーファスの正体を知ったなら。この言葉に、何と返すだろうか。


 私は、二人が互いをどう思っているのか知らない。憎み合っているのか。それとも、シアとルーファスのように割り切った付き合いができるのか。


 何も、分からないけれど。


 「ならば、君の苦労が報われることを願おう。そして、僕も君に負けぬよう、努力しなくては。

 同級生にこれほど優秀な者がいるのだ。その幸運に、感謝しなければならないな」


 切磋琢磨すべき相手。そう認めて、殿下は輝かしい笑みを浮かべている。


 兄弟として、正しい在り方のはずなのに。

 これはきっと、仮面の上でしか成り立たない関係だろうと思う。


 私に言えることなど何もない。それが分かっていてもなお、胸が軋むのを感じた。






 「シャーリー!」


 ジェームズ殿下から謝罪を受け、一週間が経った日のこと。廊下を歩いていると、突然大きな声で呼び止められた。


 声の主はソフィーだ。隣にはシアの姿もある。二人はどこか焦った表情で、こちらへ駆け寄ってきた。


 「ご機嫌よう。どうかなさいまして?」

 「どうかなさいまして? ではないわよ! 着いてきなさい!」


 ソフィーは声を荒げ、私の腕を掴み歩き出す。慌てて振り返ると、シアがルーファスに着いてくるよう命じていた。

 他方、メアリーたちには別れの挨拶をしている。どうやら、内々の話らしい。


 今日の授業は終わっているし、断る必要もないか。そんな思いで着いていくと、ある研究室に到着した。ソフィーは手早く鍵を開け、中に入る。


 どうやら、事前に手配をしていたらしい。わざわざ人気のない場所を選んだのか、机や床の上には薄く埃が積もっていた。

 続いてルーファスたちが部屋へ入ると、間を置かずガチャリと鍵が閉められる。


 驚くほど徹底した動きに、目を瞬いた。それほどまでに、人に知られてはならない内容なのだろうか。


 ソフィーがおもむろに一枚の紙を取り出した。活字が印字されているそれは、新聞紙のようだ。

 

 「何も言わずにこれを読みなさい」


 黙したままの私に、ソフィーが紙を押し付けてくる。戸惑いながらも、それを受け取った。


 名前を見る限り、知らない新聞だ。一部地域でのみ発行されている地方紙だろうか。

 とりあえず目を通すかと、一番大きな記事に目線を落とす。


 すると、驚くべき見出しが飛び込んできた。


 「は?」

 「どうかしたのかい?」


 思わず声を漏らした私に、ルーファスが不思議そうに問いかけてくる。


 しかし、それに答える余裕はなかった。なんだこれは。見出しからして理解できないものの、恐る恐る続きを読んでいく。


 読めば読むほど、脳が混乱していくのを感じた。一体なぜ、こんな記事が? ご丁寧にイメージ画まで描かれていることも含め、何もかも理解できない。


 「……失礼するよ」


 返事一つ返さない私に、痺れを切らしたのか。ルーファスが後ろから記事を覗き込む。

 その直後、息をのむ音が聞こえた。どうやら、彼も知らない記事だったらしい。


 「これは、つい先日発行されたものよ。巷はこの記事で大盛り上がりだとか」


 ソフィーの言葉が、脳内でぐるぐると回る。

 待て、待ってくれ。こんなくだらない記事が巷を賑わせているというのか。なんという拷問か。記者に文句を言えば良いのか? それとも発行元か。


 静かに混乱する私をよそに、無情にも見出しが読み上げられる。


 「『ジェームズ殿下、聖女シャーロット嬢に求愛か。障害多き恋の行方は?』……君、いつの間に彼から求愛を?」

 「そんなものあるわけないでしょう!? 従者であるあなたが一番分かっているでしょうが!」


 何を言っているんだと後ろを振り返るも、瞬時に後悔した。

 私の背後には、恐ろしいものがいたのだ。


 「新聞ねえ……随分、愉快な手段に出たじゃないか」


 口角を上げ、そう呟くルーファスの瞳は据わっている。煮えたぎるような怒りが見てとれた。


 さあ、どうしてくれようか。口元が美しく弧を描くのを見て、どくりと心臓が鳴った。

 好意などではない。純粋な恐怖だ。


 勘弁してくれと内心で悲鳴を上げる。被害者の私が、なぜ恐怖に胸を鳴らさねばならないのか。


 顔も知らぬ誰かは、虎の尾を踏んだらしい。


 美しい獣が、獲物を見つけ笑っていた。

 

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