第33話 思いがけぬ再会


 山に雪化粧が施され、寒さが身に染みるこの季節。

 今日は12月19日、私、シャーロット・ベハティ・アクランドの誕生日だ。


 「11歳のお誕生日おめでとう、シャーリー! 今日はシャーリーの好きなものをたくさん用意しているから、目一杯楽しんでね」


 晴れやかな笑顔でそう告げるのは、父だ。誕生日というめでたい日だからか、今日の装いはいつもの白衣ではない。

 ライトベージュのジャケットに、同色のベストとパンツ。柄は大きめなウィンドウ・ペンだ。伝統的な柄だからか、チェック柄といえどもカジュアルさは控えめになっている。窓枠がいくつもあるようなその柄は、クラシカルな印象を与えた。

 胸元にはシルクでできたレンガ色のネクタイを結んでいる。濃い色のネクタイは、柔らかな色合いに包まれた姿をきゅっと引き締めていた。


 「ありがとうございます、お父様。今日を楽しみにいていました!」


 笑顔を浮かべて父に感謝を述べる。


 そんな私の格好は、エメラルドグリーンを基調とした華やかなドレスだ。上から下に向けて色合いが薄くなっていくドレスは、スカート部分にふんだんにレースが使われている。

 胸元はシンプルな造りで、ゴールドの刺繍が施されていた。


 髪はアップヘアにし、エメラルドの髪飾りで留めている。これ一つでいくらするんだろう、と皮算用してしまったのは貧乏人の性だろうか。


 「うん! とても可愛いよ、シャーリー! 春が来るのを待ちきれず、遊びに来た華の妖精のようだ。ブルーのドレスも君に似合っただろうけれど、やっぱりシャーリーにはそちらの方が似合うね!」


 うんうんと頷きながら言う父に、内心でため息をこぼす。というのも、父が今まさに告げたドレスについてだ。


 本来、私はスカイブルーに目をつけていた。冬に行われる誕生日会のため、雪を連想できる色合いがいいかと考えたのだ。


 それに待ったをかけたのが、何を隠そうこの父である。絶対にグリーンの方が可愛いとごね……言い張り、結局スカイブルーを諦めエメラルドグリーンにしたのだ。


 もちろん、今着ているドレスは申し分ないものだ。それ自体に不満はない。だが、父がこちらを選んだ理由に複雑な思いがあるだけで。


 「お気持ちは分かりますが、まだお嬢様は子どもです。ドレスの色くらい好きにさせてあげても良かったんじゃないですかねぇ」


 呆れたようにぼやくのはカーターだ。私もそのぼやきに同意する。適齢期になってからなら考えるが、まだ子どもだ。今は好きな色で良くないかと思ってしまう。


 父がスカイブルーをあれほど嫌がったのは、それが王家の色だからだ。今の父は徹底的に王家を連想するものを避けている。言うなれば、王家アレルギーといったところだろうか。


 王家に不満があるというよりも、娘はやらん! といった意味合いが強い。まだ打診すら受けていない状況で早すぎる、と言いたいところだが、そう悠長に構えていられないのも事実だ。


 その原因が、二ヶ月前に従者になったオーウェンだ。彼は、私に虫がつかないよう自分が従者に選ばれた、と語っていた。

 誰にとっての虫か、という問いに答えなかったのを見る限り、王家からよこされた人選である可能性は高い。王妃の生家であるケンドール辺境伯と上手くいっていない今、前にもまして重用されているのがヴァレンティ辺境伯家。オーウェンの生家なのだ。


 彼自身には基本的に問題はなく、よく仕えてくれている。しかし、どうにも王家の影がちらつくため、少々警戒してしまうのも無理からぬことだと思う。


 そういったあれこれもあり、カーターや私としても父の心配を否定することができないのだ。ドレスの色を変えることで父が安心できるなら、と今回は父の意向を汲んだのである。


 「……たしか、今日はヴァレンティ辺境伯子息も来るのだったね?」


 先ほどまでにこやかに笑っていた父は、すっと表情を変えた。言葉少なに問いかけてくるのは、まさにオーウェンのこと。


 本日の誕生日会は、私と親交のある者だけを招待している。まだ聖女としてのお披露目もしていないし、デビュタントも数年後だ。大勢呼ばなければならない理由もないため、親しい間柄のみに限っている。

 パーティー自体も特段気張ったものではなく、割と自由な形だ。いずれそういう誕生日パーティーは出来なくなるので、せめて今は気楽にしたいという思いもあった。


 「はい。彼は私の従者ですので。関係者ですから、本日も招待しております」

 「呼ばないわけにもいかないね。本当に、面倒なことになったものだ」

 

 吐き捨てられた言葉は、泥水のように濁っていた。それは、父の内心を表しているのだろう。


 従者としてオーウェンがつくことには利点もある。

 彼は辺境伯家の人間。武芸に優れ、実力がある。武力の身でなく知略も重視する家柄ゆえか、頭も切れる。何より、彼の家名は私の虫よけとしては十分な力を持っていた。下手に貴族に絡まれるのは私としても望ましくない。それらを思えば、彼が従者となることは都合のいい事でもある。


 彼に問題があるとしたら、ただ一点。王家の影が見え隠れするということだけだ。父もそれを分かっているから、表立って文句は言えないのだろう。

 オーウェンに実力が無ければ、従者にする意味がないと切り捨てられた。なまじ優秀であるために、王家の影があろうとも従者にしておくメリットがあるのだ。


 「……シャーリー、彼自身が悪い子だとは言わない。あの年齢の子どもとしては、かなり秀でた子だろう。

 けれど、気を許し過ぎないように。王家の意向が不明瞭な今、下手は打てないからね」


 憂いを抱えさせてごめんね、と謝る父に、慌てて首を振る。

 謝る必要などない。王家が私を狙うのではというのも、結局は推測にすぎないのだ。その状況で下手な動きなどできるわけもない。


 心配しないでと笑いかけ、父の手を握る。

 少しでも父の不安が軽くなればいい。生まれたときからずっと、愛し続けてくれた父。できる限り心労はかけたくなかった。






 「お誕生日おめでとうございます、シャーロット様!」


 大広間に明るい少女の声が響く。駆け寄ってきて祝辞を述べてくれたのは、メアリーだ。

 初めてあったときは、義母であったカミラの呪いにより体調を崩していた彼女。今ではすっかり健康になり、元より美しかった美貌は一層華やいでいる。

 頬は少女らしい丸みを帯び、白磁の肌はかさつき一つない。あの頃ですら美しかった白銀の髪は、雪の結晶のような輝きを見せていた。


 「メアリー、来てくれてありがとう。会えてうれしいわ!」


 メアリーに微笑みかけ、きゅっと手を握る。初めて会った頃が嘘のように、彼女の手は美しい。白くすべすべとした手を握り、彼女が元気になったことに心から安堵した。


 「こちらこそ、お誘いいただきありがとうございます。シャーロット様が聖女になられて、会える日も減ってしまいましたから。こうして会えるのが本当に嬉しいんです」


 頬をほんのりと赤らめて言う彼女は、とても可愛らしい。普段は雪の妖精のような美しさを持つ彼女だが、時折こうして愛嬌のある姿を見せてくれる。


 「中々会いに行けなくてごめんなさい。また次に帰省するときは是非遊びましょう?」

 「謝る必要などございません。聖女様の役目が重要なことは分かっていますから。

 ですが、遊べるのは嬉しいです! 戻られる際は教えてくださいね」


 デゼル男爵領にあるおすすめスポットについて話を聞いていると、彼女の父や兄からも挨拶を受けた。仲睦まじくて何よりだという言葉に、メアリーと二人顔を見合わせて微笑んだ。


 「お、いたいた! 誕生日おめでとう、シャーロット嬢!」

 「ウィリアム公爵、もう少し落ち着いて挨拶をなさい」

 「ははは、すまないな、フレデリック殿!」

 「全然反省しているようには見えないわね」

 「そう言わないでくれ、サブリナ。性分なものでね!」


 明るい声と共に現れたのは、事業でお世話になっている三名だ。

 ウィリアム公爵に、彼を嗜めるランシアン前侯爵ことお爺様。そしてお爺様のご息女であるランシアン侯爵だ。


 どうやら彼女は、ウィリアム公爵に呆れているようだ。隠すことなく口にしている。

 なじられたウィリアム公爵はというと、彼女をとがめる様子はない。事業を通して関わることが多いため、お互い気安い間柄になったようだ。


「お久しぶりです、ウィリアム公爵、お爺様、ランシアン侯爵。

 遠路はるばるお越しくださり、ありがとうございます」


 一歩前に出て、彼らへカーテシーをする。三人は穏やかな笑みを浮かべ、一人ずつ祝いの言葉をかけてくれた。


 「あぁ、改めて誕生日おめでとう、シャーロット嬢。本当は妻や子どもたちも連れてきたかったんだが、娘のソフィアが風邪をひいてしまってね。

 次の機会には是非会ってもらえると嬉しいよ」

 「私の方こそ是非お会いしたいです。ソフィア嬢のご加減がよくなるよう願っております」

 「あら、自分の子どもということなら、是非私の子にも会ってもらいたいわ。残念ながら男の子だから、今は悪ガキなんだけどね」

 「ふふ、そういえばランシアン侯爵にはご子息がいらっしゃるのでしたね」

 「えぇ、そうよ。シャーロット嬢みたいにしっかりした子からすると、子どもっぽく見えるかもしれないわね」


 頬に手を当てて、ほうっとため息をつくランシアン侯爵に、私はくすりと微笑んだ。

 どの世界も、男の子の方が子どもっぽいというイメージがあるようだ。もちろん、当人にもよるし、成長につれて頼もしくなるものだけれど。


 「まぁまぁ、サブリナ。あの子だっていずれは年相応に落ち着くさ。

 シャーリー、お誕生日おめでとう。君にとってこの一年が良いものでありますように」


 お爺様はそう言うと、私へ優しく微笑んでくれた。

 外見こそとっつきにくそうな印象があるが、笑うととても優しい笑みを見せてくれる。そんなお爺様は、その笑顔通り温厚な方だ。


 「ありがとうございます、お爺様。きっと良い一年になると思います」

 「それはなにより。今度はうちにも遊びに来てくれ。教会からなら王都はそう遠くないだろうしね」


 そんな会話をしていると、外からなにやらざわざわとした音が聞こえてきた。

 お爺様と顔を見合わせ、首を傾げる。大広間内を見る限り、特段何かが起こった様子はない。


 そうなると、廊下の方でハプニングでも起きたのだろうか。

 慌てて父を探すも、いつの間にか席を外していたようだ。今回は仲間内でのパーティーということもあり、別行動でも問題なかった。

 おそらく、何らかの事態が起きて、その確認等で大広間から離れているのだろう。


 どうしたものかとお爺様たちと話をしていると、大広間の外が一層ざわついた。これは本格的に何かがあったらしい。

 一度確認に行こうかと足を踏み出したが、すぐにランシアン侯爵に止められてしまった。


 「ダメよ、シャーロット嬢。気になるのは分かるけれどね。何か異常があるのなら、あなたのお父様や執事たちが対応しているでしょう。

 ざわつき程度であるところを見ると、何か危険なことが起きているわけでもないようだし、今はここで様子を見ましょう」

 「そうだよ、シャーリー。君のお父様は優秀だ。大体のことなら対応できるだろう。まぁ、思いがけないお客様だったりすると難しいかもしれないな」


 君のお父様はそういったことは苦手だからね、というお爺様に、内心深く同意する。

 父は人付き合いが得意ではないため、そういうハプニングの対処には不向きだ。


 とはいえ、あくまでも子どもの誕生日会。身内しか呼んでいないパーティーだ。お父様も既に慣れた相手がほとんどだし、それ以外の方が来るとも思えない。対応できないようなことはそうそうないと思われるのだが。


 「おっと、どうやらフレデリック殿の予想が当たったようだぞ。とんでもない大物のご登場だ」


 ひゅう、と口笛を吹いていうウィリアム公爵の声に、大広間の入口へと視線を向ける。

 開かれた扉の先にいたのは、もう会うこともないだろうと思った少女だ。


 「久しぶりね、シャーリー」


 そう口を開き、少女は優雅に大広間へ足を踏み出す。

 ドレスやアクセサリーだけではない。少女自身の立ち居振る舞いから優雅さが見て取れた。

 

 一歩、一歩と踏み出す度に、空気が引き締まるような印象を受ける。

 高貴さとはこういうものかと、息が詰まりそうな緊張感の中、一人考えていた。


 夜に浮かぶ月のように、静かな美しさを放つ少女は、私を見てゆっくりと微笑んだ。



 

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