第14話 新たな出会いと波乱の予感?
風は乾き、木々に雪の花が咲く季節。
私、シャーロット・ベハティ・アクランドは6歳になった。
今までの誕生日は屋敷の者だけでお祝いをしていたが、今年は伯父一家やデゼル男爵家がお祝いに駆けつけてくれた。
デゼル男爵家と言えば、メアリーだ。彼女の食欲はすっかり戻り、今では健康的な身体を取り戻している。やせ細っていた時期が嘘のように、元気な姿を見せてくれた。
彼女が早く元気を取り戻した背景には、私がデゼル男爵家へ送ったプレゼントも貢献したらしい。
カミラ夫人と男爵は、あの後離婚したようだ。
前の奥方が亡くなり、子どもたちのためにと考えて再婚したそうだが、結果はご覧の通り。子どもたちのためどころか、子どもを害したことに男爵は怒り心頭だったらしい。
あの事件以降、度々やり取りをしていたこともあり、今ではすっかり親友になった。メアリーの兄グレイソンとも仲良くなったのだが、こちらは友達というくくりでいいのか怪しい部分がある。
会う度にキラキラした目を向けられており、友人というよりヒーローを見ているかのようなのだ。キラキラした瞳で駆け寄ってくる姿に、子犬を連想した私は悪くない。
そして無事6歳を迎えた私には、ビッグイベントが待っていた。そう、魔術の専門教師を迎えるのである。
今日は新しい先生が屋敷へ来てくださる日だ。どうやら伯父ともう一人お客様もいらっしゃるようで、屋敷の中は朝から準備に追われ大賑わいだ。
「シャーロットお嬢様、お支度できました!」
明るい声で言うアンナに、はっと意識を戻す。お客様をお迎えするため、アンナに身支度をお願いしていたのだ。満足そうに笑う彼女を見る限り、今日も素晴らしい出来に仕上がったのだろうと予想が付いた。
今日の私の格好はロイヤルブルーのドレスだ。落ち着いた色合いのドレスだが、胸の下で切り替えられ、スカートがドーム状に広がっている。切り替え部分には白いリボンが巻かれており、後ろで蝶結びになっている。
スカートの裾はリボンと同じ白で刺繍が施されていた。雪の結晶が散りばめられた意匠は、今の季節にぴったりだ。メアリーのように雪の妖精とまでは言わないが、それなりに似合っているのではと内心頷いた。
本日のヘアスタイルはポニーテールだ。ふんわりと巻いた髪を後頭部の高い位置で一本に結んでいる。髪にはロイヤルブルーのリボンが飾られていた。
アンナはツインテールにしたかったようだが、断固拒否させてもらった。
幼女にツインテールが似合うのは分かる。だが、自分がやるのは勘弁してほしい。
見た目幼女でも中身が私だ。鏡を見るたびダメージを受けるのは目に見えている。そんなに積極的に自分を傷つける趣味はない。
「シャーリー、入ってもいいかい?」
扉がノックされ、声をかけられる。それに了承すると、扉を開け父とカーターが入ってきた。
父は入ってきた姿のままこちらを凝視し、一向に動こうとしない。
「おはようございます、シャーロットお嬢様。旦那様がこうなることは予想できましたので、先にこちらへお連れしました」
「気を使ってくれてありがとう、カーター。伯父様のときみたいに、お客様を待ちぼうけにするわけにはいかないもんね」
一礼するカーターに、私は苦笑交じりに答えた。
はじめて伯父とお会いした日、父が私のドレス姿に感動して泣いていたため、伯父の到着に気づかなかった。
そのため、あの日以降カーターが父を連れてきてくれるようになったのだ。
「シャーリー! 今日もとても可愛いよ! 可愛らしい色のドレスも似合うけれど、そういった落ち着いた色合いもとてもよく似合う。きっとその色はシャーリーを引き立てるために生まれたんだね。君が着るに相応しいドレスだ!」
うん、それは違う。そう言いたくなるのをぐっとこらえて笑みを浮かべた。私を引き立てるために作られたドレス、それはある。そもそもオーダーメイドとはそういうものだ。
しかし、私を引き立てるために色が作り出されるとはどういうことか。スケールが違う。ロイヤルブルーを愛用するすべての人に謝ってほしい。
「ありがとうございます、お父様。褒めてもらえて嬉しいです!」
ちなみに、ここで父の言葉を否定してはならない。単純に面倒なことになるからだ。
仮にここで否定したとしよう。そうしたら次に父が言うのは、ならシャーリーに似合う色を作ろう、だ。
植物に詳しい父の無駄な本領発揮だ。発揮しないでくれ頼むから。どういった色合いがいいかと様々な植物を用いて染色を開始するのだ。
何故そこまで具体的に動きを予測できるかというと、実際にやらかしたことがあるからだ。優秀かつ金のある親馬鹿とはなんと罪深い。
この世界では、医薬品の開発が遅れている。魔術がある弊害なのかは今のところ不明だ。
そんな中、様々な薬を開発し世に送り出す父は、子爵とは思えないほどに裕福だったりする。
そろそろ時間だと、全員で玄関ホールへ向かう。ホールには既に使用人たちが控えており、こちらへ向けて一礼した。
白い大理石の床には、モスグリーンの絨毯が敷かれている。初夏にはライトブラウンの絨毯を敷いていたが、季節ごとに変えているのだ。定期的に来るお客様からは、絨毯の変化で季節の移り変わりを感じられると好評だ。
「ランシアン前侯爵、ペイリン伯爵、フローレス伯爵夫人、ご到着!」
その言葉に、使用人たちが一斉に礼をする。父と私は扉の外から入ってくる三名を見つめた。
「やぁ、アクランド子爵。今日はお招きいただきありがとう」
「ランシアン前侯爵、こちらこそお越しいただきありがとうございます」
まず初めに挨拶をしたのは、ランシアン前侯爵。白髪交じりの赤毛に、琥珀色の瞳をした紳士だ。
髪は短く、七三分けできっちりと整えられている。黒のフロックコートを着ている姿も相俟って、少し硬い印象を受ける男性だ。
「君がシャーロット嬢だね。はじめまして、フレデリック・エル・ランシアンだ。君に会えるのを楽しみにしていたよ」
「ありがとうございます。シャーロット・ベハティ・アクランドです。お会いできて光栄です」
笑顔を浮かべカーテシーをする私に、前侯爵の表情が和らぐ。子供好きなのだろうか。硬い印象を受けた姿はどこへやら、今は眦を下げて穏やかに笑っている。
「アクランド子爵、これほど可愛い娘がいたら心配で仕方ないだろう。片時も目を離せないのではないかい?」
「さすがランシアン前侯爵。娘を持つ父の悩みは同じということでしょうか」
「ははっ! 違いない!
あぁ、そうだ。そう固くならずにフレデリックと呼んでくれたまえ。今となっては爵位を娘に譲った身でな。どうにも座りが悪いのだよ」
その言葉に父は穏やかに笑って頷いた。それを確認すると、改めて私の方へ視線を向けた。
「シャーロット嬢、君もどうか楽に呼んでくれ。名前でも、何ならおじいちゃんでもかまわない」
それはさすがに、と父が遠慮しようとしていたが、私は突っ込んでみることにした。これから先、社交界の荒波を泳ぎ切るには人脈が何より大事だ。仲良くなっておいて損はない。
それに、今は子どもの身だ。大抵のことは笑って済ませてくれるだろう。
「それなら……お爺様とお呼びしてもいいですか?」
おずおずと、遠慮がちに見えるように口を開く。両手はお腹辺りで組み、指をもじもじと動かした。上目遣いで相手を伺うように見上げるのも忘れない。
そんな私の姿にランシアン前侯爵は一瞬固まるも、すぐに好々爺然とした笑みを浮かべ嬉しそうに答えた。
「もちろんだとも! これほど愛らしいお嬢さんにそう呼んでもらえるなら大歓迎だ! うちには女の子の孫がいなくてな。ずっと孫娘というのに憧れていたんだ。可愛い孫娘にお爺様と呼んでもらえるなんて、こんなに嬉しいことはない!」
そういうランシアン前侯爵――お爺様は嬉しそうで、私も自然と笑みがこぼれた。そんな私たちを、父は仕方ないというような笑顔で見守っていた。
「良かったな、シャーリー! いいお爺様ができたじゃないか。 フレデリック殿、うちの両親はこう言っちゃあなんだが、問題の多い人たちでしてね。可愛い姪には会わせていないのです。是非、仲良くしてやってください」
ひょっこりと顔を覗かせて言うのは、伯父だ。その顔はどこかほっとしたような笑顔を浮かべていた。
おそらく、私に祖父母と会わせることができないのを気に病んでいたのだろう。私とお爺様が仲良くすることに好意的なようだ。
「あぁ、彼らは確かにね……。しかし、そのおかげで私にはこんなに愛らしい孫娘ができたんだ。私だけでも彼らに感謝しないといけないな!」
お爺様もどうやら私の祖父母についてよくご存じのようだ。一瞬顔を曇らせたが、私の前だからだろうか。一転して明るく祖父母へ礼を述べた。
「さて、シャーリー。君が待ち続けていた方を紹介させてくれ。
フレデリック殿にご協力いただいて、君に相応しい先生を見つけることができた。
こちらはナタリア・フローレス伯爵夫人、今度から君の魔術の先生になる」
「はじめまして、シャーロット嬢。ご紹介に預かりました、ナタリア・フローレスと申します。ナタリアと呼んでください。
わたくしが授けられる全てを授けたいと思っておりますので、どうぞよろしくお願いいたしますね」
伯父に紹介されたのは、薄いヴェールを被った美しい女性だ。
ヴェールの下には美しい金の髪が波打っており、赤い宝石のついたサークレットが飾られている。褐色の肌はエキゾチックで、金の髪に琥珀色の瞳を一層魅力的に見せていた。
彼女はおそらくエクセツィオーレに縁のある女性なのだろう。我が国の南方にある国だと、以前アンナから聞いている。
エクセツィオーレでは、女性はヴェールを被るのが一般的らしい。また、明るい色味が好まれ、女性の服装はとても色鮮やかだそうだ。
彼女はきっとそう言った服が似合うだろう。明るい色にも負けない、華やかな女性だ。
「はじめまして、ナタリア先生。シャーロット・ベハティ・アクランドです。先生の授業が受けられるのを、ずっと楽しみにしていました!」
挨拶と共に一礼すると、心からの笑みを彼女に向けた。
――えぇ、本当に待ち遠しかったですとも!
RPG世界(暫定)に生まれた私としては、魔術の勉強は急務だった。いつファンタジーらしい困難に見舞われるか分からない身としては、すぐにでも勉強を開始したかった。
大人の事情もあり、本格的な勉強は待たなければならなかったが、どうしてももどかしい気持ちがあったのだ。
それがついに! 解禁されるのだ! これが嬉しくないわけがない!
ただファンタジー世界の恐怖に怯えて待つこともなくなる。自分の身を自分で守り、この世界を生き抜く術が得られるとなれば喜ぶのは当然だ。
私の満点花丸な笑顔に、まぁ! と先生は頬を緩める。やる気のある生徒で嬉しいのかもしれない。
やる気ならある。生き抜くためならどれほど大変な授業だって乗り越えて見せる、と私は心の中で拳を握った。
――これが後にフラグになるとは思ってもみなかったが、大丈夫だ。後悔はしていない。
……本当ですよ?
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