第12話 そして全て暴かれる
「では、カミラ夫人。改めて質問をさせていただきましょう。
昨晩、マンサクの木に近づく姿を誰かに見られた可能性はありますか?」
私の問いかけに、場の空気が凍り付いた。
問いかけられたカミラ夫人は、唖然とこちらを見ている。言われた質問が理解できないのか、質問の意図が理解できないのかはこちらからは判然としない。
しかし、本人にとって予想外の質問であったのは確かだろう。彼女が今まで通り即答することはなかった。
そんな彼女に、私はにっこりと笑みを向ける。おそらくその表情に愛らしさも親しみやすさもないだろう。
昔、笑いの起源は威嚇だと聞いたことがある。働いていた店の先輩キャストに聞いた話だ。
なるほど、今の私には威嚇という言葉はよく似合う。親しみを込めてではなく、ただ彼女を威圧するためだけに笑みを見せているのだから。
そして、彼女が即答できないのも無理はない。これは彼女の動揺を誘うための質問なのだから。
私がしたのは、いわゆる可能性質問というものだ。犯人であればあり得る可能性について質問するものである。
先ほどマンサクの木に近づいたかどうかを尋ねたとき、彼女はすぐに否定した。それも当然だ。彼女にとってそれは否定すべき内容だからだ。
しかし、「マンサクの木に近づく姿を誰かに見られた可能性」について問いかけると話が変わってくる。このような質問をする意図を考えてしまうのだ。
人は隠し事があると、それに関わる言葉にネガティブな反応をするものだ。とにかく否定したくても、もしかして誰かに見られたのではと邪推する。その結果、証言を変えることがあるのだ。
また、私が昨晩と断定したこと、そして協力者がいると仄めかしたことも彼女にとっては都合が悪いことだろう。昨晩と断定したのはマンサクの木の方へ向かう人影を見たからだが、協力者などそもそもいない。
だが、彼女からしてみればその真偽など分からないのだ。何としても疑いを晴らしたい彼女は、私の予想通り証言を変えた。
「確かに、昨晩そちらの方に向かいました。けれど、マンサクの木には近づいていません……!」
「そうですか。では、何故先ほどそう話してくださらなかったのですか?」
私の問いに、カミラ夫人は目を吊り上げて私を睨みつけた。小癪な小娘と思っているのか、脅威を与えてくる敵と思われているのかは定かではない。それでも、その目に確かな敵意が宿っているのは見て取れた。
父がそっと私の肩を抱き、足を組みかえる。その姿を見て我に返ったのか、彼女は不安げな表情を取り繕うと言葉を続けた。
「それは、私が疑われているのかと怖くなったからです。だからこそ、昨夜そちらへ向かったのだと言えなかったのです」
「なぜだ? そのように考えたのは君だけだろう。マンサクの木に近づいたことがこの疑惑とイコールだと、なぜ考えられたんだ? 屋敷の使用人たちは、質問の意図すら理解していない素振りだった。
この質問に、何の意味があるのだろうとね」
私が口を開くより早く、父が夫人の言葉を切り捨てた。そしてその言葉は正しい。男爵から確認を受けた庭師やその他の使用人たちは、皆一様に困惑した表情を浮かべていた。何故こんな質問を受けるのだろうと考えているのはよく分かった。
「それなのにそのことに思い至るというのなら、心当たりがあると言っているのも同じだろう」
「っ! 違います! いくらなんでも失礼ではありませんか!?
私はメアリーに献身的に接してきたつもりです。だというのに、何故このような、」
「それが必要だったからでしょう」
夫人の言葉を遮るように、私は口を開いた。
そして、畳みかけるなら今だと言葉を重ねていく。
「貴女にとっては、メアリー様に献身的に接する姿を見せることこそ重要だった。
だから、わざわざマンサクの木におまじないをしたんです。どうか、メアリーの食欲を無くすようにと」
その言葉に、一番驚いていたのはメアリーだ。ずっと献身的に支えてくれていると思っていた義母が、自分を害していたと言われれば驚くだろう。
「貴女がもしメアリー様を殺したかったのなら、それこそ毒でよかったのです。金を使い人に命じて始末させる方法もあったでしょう。
しかし、それは取らなかった。貴女は別にメアリー様を殺したかったわけではなかったからです。
ただ、弱ってくれれば良かった。そしてそれは長ければ長いほどよかったのでしょう。そうすれば、誰もが貴女の献身的な姿を認めてくれるのですから」
けれど、それは毒を用いて行うのは困難だ。素人が手を出して上手く使いこなせるものではない。また、足がつく可能性もあった。
彼女は後妻だ。表向き女主人として扱われていても、周囲の視線は厳しかっただろう。その状況で、リスクの高い方法を取るのは危険すぎる。
「だからこそ、マンサクの木だった。あれは元々おまじない程度の力しかありません。けれど、無力ではないのです。きちんと手順を守り続けていれば、必ず成果は出ます。
残念なことに、メアリー様はまだ5歳でした。食事をとれなければ大人より早く衰弱してしまう。本来なら食欲不振で済む程度が、体調に大きく影響してしまった」
「そんな……そんなことがマンサクの木でできるわけがないでしょう!? 貴女も言ったじゃない! おまじない程度の効力しかないと! それなのにメアリーをここまでやせ細らせることができるというの!?」
「できますよ」
即答する私に、カミラ夫人の勢いが止まる。
そう、これはおまじないなのだ。だからこそ成り立ってしまったことだ。
「食欲を無くしたい。それは、そんなに悪い願いでしょうか?」
そう問いかける私に、夫人は言葉なく私を見つめる。何を言われるのかが分からないのだろう。私を見る瞳にはどこか怯えが映っていた。
「メイドの皆様ならわかるのではないでしょうか。少しでも綺麗になりたい、少しでも可愛くなって好きな人に振り向いてほしい。痩せて魅力ある女性になりたいと、思ったことのある人は多いのでは?」
私の言葉に、メイド達は互いの顔を見合わせる。思い当たることがあったのだろう。頷きながら納得する素振りが見受けられた。
女性にとって美とは、永遠のテーマでもある。少しでも良くしたいと、ダイエットに励むことはよくあることだ。その際にぶつかるのは、やはり食欲だろう。
「食欲が落ちれば、自然と体重は落ちます。もちろん、それがいい痩せ方なのかという問題はありますが、今は置いておきましょう。
ダイエットを考える多くの人がぶつかる壁は食欲です。それさえなければと思う人だって多いでしょう」
メイド達が頷く仕草に、男性陣はそういうものかと見渡している。比較的代謝の高い男性にはあまりピンとこないのかもしれない。しかし、メイド達の姿から納得しているようだ。
「だからこそ、おまじないなんです。誰しもがほんの少し願うこと、そんな内容だったからこそ叶ってしまった。
これがメアリー様を難病にしたいだとか、殺害したいという願いであれば叶わなかったでしょう。あくまでもおまじないの範囲に過ぎない、小さな願い事だったから実現できたのです。
そして、貴女にはおまじないを実行することができた。
マンサクの木を使ったおまじないは、本来であればハードルが高いのです。毎日同じ時間に木を訪れ、熱心に願う必要がある。仕事を抱える男爵様や使用人の方々では到底できません。
ですが、貴女ならば別です。忙しく仕事をしているわけでもなく、敷地内にマンサクの木がある以上遠出をする必要もない。
毎日早く就寝するというイメージをつけていれば、人目も無く屋敷を出ることができ、毎日同じ時間にマンサクの木を訪れることも可能でしょう」
私の言葉にカミラ夫人が立ち上がる。その姿には、穏やかさも控えめな雰囲気もなかった。ただ私への憤りだけがうかがえる。
「酷い言いがかりだわ! そこまで言うのなら、私がマンサクの木を訪れていたという証拠でもあるのでしょうね!?」
「あるでしょう? 貴女自身に」
冷静さを無くした彼女に、私は吐き捨てるかのように口を開く。その声は、きっと子どもが出したとは思えぬほどに冷たい声だっただろう。
「そのシュミーズドレス、とても珍しいデザインですね。
――裾に泥を付けているなんて」
その一言は、重かった。彼女は啞然とした後に、自分の足元へ視線を向けた。同様に、その場にいる全員の視線が彼女の足元へと向けられる。
そこには、赤い血で出来たシミと、茶色い汚れ――即ち、泥が付着していた。
この部屋に入室した際に、裾の汚れは確認していた。その汚れは、夫人にとっては文字通り汚点だろうが、私にとっては推測を固めるに足る素晴らしいものだった。
彼女は何も言わず、ソファーへ身体を落とす。両手で顔を覆い俯く様は、酷く哀れなものだった。
「先ほど、言いましたよね。3つ目の違和感はグレイソン様とマンサクの木を見に行ったときだと。
あのとき、マンサクの木の周辺には大人ほどの足跡がありました。連日の雨の中、泥になった地面にはっきりと跡が残っていましたよ。
その大きさはおおよそ成人男性ほどでしたけれど……長身の貴女なら、同じ靴を履くことができるでしょう。
昨日も夕方から夜にかけて、一時的に雨が降りました。貴女は雨が上がってから屋敷を出たので、気に留めていなかったのでしょうね。
ですが、雨上がりの地面を歩けば泥水が跳ねるのは当然です。
加えて、マンサクの木は木々の間を抜けなければ行くことができない場所にありました。その地面は整えられた庭と異なり、土の量が多い。芝生も、地面を覆うレンガもないのですから。
地面を踏みしめる貴女の裾に、汚れた水のみでなく泥そのものが付着するのも無理はありません」
私の言葉は聞こえているだろう。それでも、カミラ夫人は一切顔を上げることはなかった。その表情が怒りに満ちているのか、それとも悔いているのかは分からない。
できれば、後者であってほしいけれど。
「そして最後に1つ。
カミラ夫人、貴女が吐血したのはマンサクの木によるものです。
先ほど、メアリー様へマンサクの小枝を手渡しました。ご存知ですよね? マンサクの木が人々にお守りとして愛されているのは。
メアリー様が持った瞬間、眩い光を発しました。その後に、小枝は炭となり崩れたのです。まるで役目を終えたかのように。
『マンサクの贈り物』、あの物語で双子の兄を救ったように、マンサクの木はメアリー様を守ってくれたのですよ」
そこから後は早かった。
男爵の手動により、マンサクの木周辺が検められ、4種類の足跡が見つかった。小さな子どもの足跡が2種類と、女性の平均的な大きさをした足跡、そして成人男性ほどの足跡が多数発見された。子どもの足跡は私とグレイソン様、女性の足跡は後ろに控えていたナースメイドのものだ。
そしてカミラ夫人の私室も検められると、鍵付きの引き出しから泥にまみれた長靴が見つかった。その靴は残されていた足跡と一致したという。
「まさか呪いをかけられていたなんて……メアリー、気づいてあげられなくて本当に悪かった」
そう言ってうなだれる男爵に、メアリーが首を横に振った。
そもそも気づくことも難しかっただろう。魔術師の使う魔術であれば、強力な効果がある反面、魔力の跡がしっかりと残る。人が行使する魔術は、必ず人が介在した痕跡を残すのだ。
しかし、今回はマンサクの木が起こしたおまじないだった。弱い力だからこそ、異変に気づけなかったのは無理もない。
「屋敷には結界がある。呪いをかけられるなんて、思いつかなくても無理はないだろう」
父の言葉に、内心で同意する。外部からの攻撃をはじくために結界があるのだ。屋敷の中なら安心だと無意識に考えるのは当然だ。
今回の悲劇は、マンサクの木が屋敷の結界内にあったことが原因でもある。外からの攻撃を避ける結界でも、内部で起きた悪意をはじくことはできない。
だからこそ、平民はマンサクの枝をお守り代わりに家に飾るのだ。結界を張った屋敷に住むことがでいない平民にこそ、マンサクの枝は必要なのだ。
本来であれば、不思議な力を持つ木として愛されるにもかかわらず、悪用されたことに悲しみを覚えてしまう。マンサクの木は、私にとっては日本を思い起こさせる木なだけに虚しさもあった。
「シャーロット様、どうかお礼を言わせてください」
そんな私に、メアリーがそっと近づいてきた。まだ顔色も悪いままだが、呪いが消えたせいかその足取りはしっかりとしている。
「シャーロット様が助けてくださらなければ、私は死んでいたかもしれません。ご飯も食べられず、本当に苦しかったのです。でも、シャーロット様からマンサクの枝をいただいて、すぐに苦しくなくなりました」
「私からも礼を言わせてくれ、シャーロット嬢。君のおかげで、愛する娘を救うことができた。君に心からの感謝を」
メアリーと男爵の言葉に、微笑んで首を横に振った。自分はただ、放っておけなかっただけなのだ。成人済みの人間だったこともあり、幼い少女が苦しんでいるのを見て見ぬふりができなかっただけだ。
「それにしても、あの質問の仕方は素晴らしかった! ただ事実を聞くのではなく、可能性を聞くとは! 君のお姫様は驚くほどに聡明だな、オスカー!」
「当然だ。シャーリーは天使だからな」
そんな2人の会話に、内心顔を覆ってしまう。
――言えない、これがキャバ嬢時代に培ったものだなんて。
働いていた店の先輩が、お客様の奥様に訴えられかけたことがあった。あくまでも、店の中でのやり取りだったこともあり、大きな問題にはならなかったのだが。もちろん、不倫という疑い自体事実無根だった。
しかし、その話を聞いた私は思い切り怯えた。お金を稼ぐためにいるのに、訴えられるなんて冗談じゃない! と。
そこから何を思ったのか、万が一訴えられた場合に備えて様々な勉強をした。民事訴訟関連について目を通し、不倫問題にも目を通し、挙句の果てに尋問の仕方にまで目を通した。
自分が尋問された際、自分に不利なことを言わないためだったが、今思えば頑張るところが大分ずれていた様に思う。
「時を改めて、是非お礼をさせてくれ。メアリーとも、ゆっくり時間を取ってほしいしね」
「それなら僕も! シャーロット嬢、マンサクの木の話を聞かせてください! まさか物語の通りの力があるなんて!
それに、メアリーを助けて小枝が灰になったことも気になるんです! お話聞かせていただくのを楽しみにしていますね」
「お兄様! 私のお友達ですよ!」
そんな賑やかなデゼル男爵家に見送られ、私とお父様はアクランド子爵家へ出発した。想像以上に大きな問題があり頭を悩ませたものの、無事に解決できて安堵する。
とりあえず、当初の目的であるお友達作りは大成功だ。それだけでも意味のあるものだっただろう。
窓の外を見ると、太陽の光が揺れる草花を揺らしていた。陽の光を浴びて美しく輝く姿に、自然と顔が綻ぶのを感じる。
清々しい気持ちで帰路を進む中、遠い王都では小さな異変が起きていた。
切っても切れない因縁で結ばれた少女が目を覚ましたのである。
――そんなことを知る由もない私は、ただ美しい風景に見惚れていたのだった。
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