昼 ヘッダ遺跡群 3


 男の体が消え去り、背負っていたバックパックだけがその場に残る。



 犬飼 灯美 → Louis LEROY[KILL]



 視界の端に映った頃には、既にキルログは一つだけになっていた。ハウンドが仕留めた誰かの名前は知らずじまいに、ただ、わたしが撃った相手のものが脳裏に焼き付く。


「――っ、はぁっ、はぁっ……!」


 止めていた呼吸が独りでに再開し、合わせて全身の震えも戻ってきた。さっきよりもずっと大きく、世界が揺れているような気さえする。足に力が入らない。


「――トウミっ」


 後ろに傾ぐ体を、いつの間にか隣にいたハウンドが支えてくれた。そのままゆっくり、彼女にもたれ掛かりながらしゃがみ込む。さりげなく壁際に付くように誘導してくれたのは、周囲からの射線を切る為だろうか。気持ち悪いくらい冷静な頭のほんの片隅が、そんな風に考えて。


「はっ、はっ……おぇっ……!」


 その次の瞬間にはえずいていた。何も口にしていないんだから、当然何も出てくるはずもなく、ただ苦しさが増すばかり。左手を付いた壁の感触すら不快だ。


 でも、そんな最中でも。


「トウミ、良く頑張った。偉い。流石は私の相棒」


 背中を撫でる温もりは、ひたすらに優しかった。

 服越しに伝わる少し硬い手のひらが、ゆっくりとゆっくりと、わたしの震えを鎮めてくれる。


「……はーっ……は、っ……」


 大丈夫、大丈夫と何度も囁きかけられて。まるでそれが、そのまま体に作用したみたいに、段々と吐き気が収まっていって。一緒に、乱れていた呼吸も落ち着いていく。


「……っ……」


 どうにか唾を呑み込んで、顔を上げた。恐らく周囲を警戒しつつも、わたしが気を取り直すまで待っていてくれた相棒と、目を合わせる。


「……ごめん……ありがと」


「私こそ」


 いつの間にかAKMにはセーフティが掛かっていて、もう、何度お礼を言えば良いのか分からない。だというのにハウンドは、小さく笑って返してくれた。わたしも、上手くできてるかは分からないけど、どうにか口角を上げて。それから、壁伝いにゆっくりと立ち上がる。


「トウミ、もう少し休んでても――」


 押し留めるように、背中の手に少しだけ力が入ったけれど。ここで無意味に時間をを費やすのは良くないし、ハウンドにもこれ以上迷惑かけたくない。

 ……それに正直なところ、冷静になり過ぎると自分の所業について考え込んでしまいそうで。今はまだ、このゲームを生き残るって目標に意識を委ねていたかった。


「大丈夫。さ、アイテム漁ろ?」


 なるべく何でもないように。元通りとは言い難い声だろうけど、それでもわたしの意を酌んでか、ハウンドは小さく頷いてくれた。


 今の銃撃戦を聞きつけて、また別のパーティーが寄ってこないとも限らないし。さっさと装備を整えて、ここを抜けてしまおう。


 というわけで、わたしが倒したプレイヤーのバックパックを漁ってみる。一瞬また呼吸が乱れかけたけど、ハウンドが隣に付いていてくれたお陰で耐えられた。


 装備の構成上、わたしが消費した7.62mm弾は残念ながら入っていなかった。けれども代わりに、目を引くものが一つ。彼らが戦闘前に話題にしていた武器――ヴェクターだ。


「……ハウンド」


 45口径の弾を用いた、近距離での威力と精度が抜群なサブマシンガン。コンパクトで取り回しにも優れ、アサルトライフルなんかよりも軽いので構えながらでも素早く移動できる。連射速度も◎……というのがゲームでの性能。実銃としてどうかは知らない。


 あと、一番の特徴としてはこう……見た目が変。

 ひときわ目を引くシルエットというか。黒とアイボリーのツートンで、銃身もマガジンの収納部もトリガーもグリップも全部ひとまとめになったような四角っぽい中心部分から、短いバレルと骨ばったストックがちょちょっと飛び出してる。ついでに細長いマガジンも下にぴょいっと伸びてる。

 人間工学がどうのこうので計算され尽くした形状、らしい。分っかんない。


 とにかくその性能と見た目のトガり具合から、ハウンドに似合うって事で愛用してた武器。間違いなく、彼女が一番使い慣れてる銃。当然、彼女に渡す。


「ん、ありがとう。ここで入手出来たのはラッキーかも」


 サイガを捨ててこちらに持ち替えたハウンドは、そのままテキパキと銃弾も回収していく。ハウンドにヴェクター、文句なしに様になってはいるんだけど。


「……なんか、見た目がカッコいいからー……とか。そういうの、言い辛くなっちゃったな……」


 実際に人を撃つ経験をしてしまった以上、どうしても不謹慎な気がしてしまう。思わず呟けば、ハウンドは手を動かしたまま小首を傾げていた。


「……そう?私は変わらず、この銃が好きだよ」


 迷いがない言葉。やはり傭兵として、その辺りは割り切っているのだろうか。聞くかどうか迷っているうちに、もう一言彼女の方から投げかけられた。


「トウミが、似合うって思ってくれたものだから」


「……それはちょっと、ズルい」


「そう?」


「そう」


 絶対、そんなロマンチックなものじゃない。

 弾丸を撃ち出す鉄の塊。人を殺すために作られた道具。もっと厳かに浮足立たず、恐怖と罪の意識に苛まれながら持つべきだ。わたしの中の一部がそう言ってる。


 でもそれ以外の大部分が、暖かい感覚に包まれた。だから何とも返事に困る。そんなわたしを見透かすように、やっぱりハウンドは小さく微笑んでいた。


「……向こうのも見ておこう」


 気恥ずかしさと格闘してるうちに、ハウンドは彼女が倒したもう一人のバックパックへと向かいだす。慌てて立ち上がり後に付いて行けば、手早く中を確認していた彼女から筒状の物を渡された。


「これは、トウミが持っておいた方が良いかも」


 受け取ったそれは、アサルトライフルにも装備可能な中倍率スコープ。ガチの遠距離戦をするにはやや物足りないけど……ズームの度合いが二から四倍で調整できて、中距離で撃つには良い塩梅のアタッチメント。確かに、AKMを単発で撃つ今のわたしのスタイルには向いてるかもしれない。


「ありがと……当てられるかは、分からないけど」


「それは追々、撃っていく内に慣れる」


 良い事かは、分からないけど。

 そう呟くハウンドに、曖昧な返事しかできなかった。



 ……まあ、そんなこんなで。わたしは初めて人を撃ち、生き延びた。

 感傷に浸っていては、動けなくなってしまうから。貰うものを貰ってさっさとこの場を後にする。


 今はそれが、わたしにとって一番の選択だった。

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