昼 ヘッダ遺跡群 2


「ぎぃっ……!?」


 ドガッと大きな銃声、次いで上がる短い悲鳴。

 その後でようやく、わたしは壁の上から上半身を晒した。


 AKMを構えながら男達を視認する。壁二枚を隔てた位置に、顔付きも刈り上げた金髪も似た二人。より体格の良い方が、苦悶の表情でよろめいていた。

 恐らくそちらがキャラクターなのだろう。ハウンドがキャラクターを、わたしがその援護もしくはプレイヤーの方を、というのが昨晩決めた基本陣形だから。


「……っ」


 アイアンサイトを覗き込んで、茫然と立ち尽くすプレイヤーに銃口を向ける。同時にハウンドが二発目を放ち、キャラクターの男がさらに呻き声を漏らした。


「ぐっ、くそッ……!」


 ここでようやく相手方も動き出す。とは言っても、片や奥の壁裏に避難、片や狼狽えながら後退る、って感じだったけど。


 タッチの差で外れた三度目の発砲が、キャラクターが逃げ込んだ石壁に幾つもの弾痕を残す。[DAY WALK]ではああいう痕は残ってもオブジェクトは破壊されず、それはここでも同じ。

 一旦身を伏せたハウンドは、リロードしながら壁沿いに奥の方へと駆けていった。プレイヤー側が戦意を喪失しているのを見て、狙いをキャラクターの方に絞ったんだろう。わたしに撃たせる為、っていうのもあると思う。


 だから、いい加減撃たなくちゃ。

 セミオートに設定されたAKMの引き金に、指をかける。


「……っ!」


 ダンッダンッ、と乾いた音。


 トリガーを引く度に一発ずつ。引きっぱなしで連射されるフルオートじゃ、反動が大き過ぎてわたしには扱えないから、この撃ち方で。それでも撃つたびに銃口が跳ねてしまうけど、鼻を強打する事は無い。


「ひぃっ……」


「くっ……!」


 四発撃ったけど、一度も当たらず歯噛みする。相手はただ怯え、覚束ない足取りで後退っているだけ……なのに五、六発目も外した。彼我の距離は十メートルかそこらで、一方的に撃てる状況だというのに。さらに、二発外す。

 わたしが下手過ぎるのか、最初はこんなものなのか。それともまだ、人を撃つのを躊躇っているのか。照準はずっと震えたままだ。


 少し息を吐いて、トリガーにかけた指の位置を調整する。直後にプレイヤーの男の後方で、もう二度ショットガンの銃声が鳴った。


「ぐッ……がッ……!」


 かすかに聞こえる断末魔の呻き。丁度男を挟む位置で、ハウンドが低めの石壁から頭を出す。


「ひっ……なんでっ……!」


 相棒が倒れた事を知った男は、ひと際怯えたような声を上げて。更に数歩後退り、何かに躓いて倒れ込んだ。わたしと彼との間にある石壁二枚が、尻餅を付いたらしいその姿を隠す。一瞬、安心してしまった。

 けれど、視線の先でハウンドと目が合って気を持ち直す。わたしの射線から逃れるように、彼女は再び身を伏せた。


「……っ……」


 小走りで移動して、遮蔽に使っていた壁の内側に入り込み。男のいた地点を目指す。見よう見まねで、記憶の中のハウンドのように銃を構えながら。

 最初にハウンドが駆け込んだ、外から見て二層目の石壁に張り付く。苔むした灰色の上から頭を出せば、転んだまま一歩も動けずにいた男の姿が。恐らくもう、五メートルも無いだろう。


「――ひっ」


 目が合った。彼が何かを言いかける前に、撃つ。


 外した。撃つ。

 外した。撃つ。

 外した。撃つ。


 撃つ、撃つ、当たらない。


「はっ、はっ……!」


 ひどく息が上がる。肩が大きく揺れていて、指先も震えたままで、狙いが全く定まらない。何度引き金を引いても、弾は掠めていくばかり。

 わたしが撃つ手を止めたからか、彼は泣きそうな声で懇願してきた。


「……ぁ、やめてくれっ……助けて……」


 銃なんてとっくに手放して、足元に放り捨てられている。戦意も無くただ怯えているだけの姿に、昨日の自分が重なって見えた。



 逃がしても良いんじゃないか。

 本人には戦う気力も能力もない。キャラクターの方は既に仕留めている。彼をここで撃つ必要は、無いんじゃないか。



 楽になりたい心が、ハウンドの姿を探し求める。


「…………」


 いた。

 男の右側、壁に開いた穴から身を乗り出した彼女は、右手にグロックを構えている。銃口は既に向けられ、引き金にも指が掛かっていた。


 ダメだ。


「っ、すぅっ――……」


 ここで彼女に撃って貰ったら、昨日と何も変わらない。だから大きく息を吸い込んで、ずっと手先を狂わせていた逡巡を抑え込むように、呼吸を止める。

 この距離でダメならもっと近づけば良い。外したなんて言い訳できないくらい目の前まで。


「――っ、――」


 もう一度、壁を越えて内側に入った。昨日教わった、呼吸を止めて手ブレを抑える方法を実践しながら、名前も知らない男を視界の中心に捉える。遮るものはもう、何も無い。


「……あ、あぁ……っ」


 色白で掘りの深い顔立ちに、骨の太そうな体格。こちらを見る暗い緑の瞳には、ただただ怯えの色だけが浮かんでいた。近づいて、震えを止めて見るほどに、彼の生きている証が目に付くようになる。

 それらから意識を逸らすように、見慣れた都市迷彩服の胸元に照準を合わせた。


「――、――」


 後ほんの数メートル。逃げも隠れもできない距離で、立ち止まって構える。


 相手に対して半身に、脚は肩幅、銃は体に引き付ける。後端を右肩に押し当て、ストックに頬をしっかりと付けて。両脇を締めつつ、銃身を支えるのは左手。標的とサイトと自分の顔を水平に。

 曰く、ライフルの基本的な射撃姿勢。


 息も指先の震えも、まだ止まったまま。


「や、やめ――」


 発砲。


「がぁっ!?」


 当たった。


 胸に一発。[DAY WALK]でのダメージボーナスはヘッドショットのみで、弾は貫通もしないから、この7.62mm弾が心臓を貫く事はない。15ダメージの弾丸を、一発ずつ打ち込んでいく。


「あ゛っ……!ぎ……!やめ゛っ……!!」


 反動が肩を揺らすたびに、乾いた銃声と、肉を叩くようなヒット音と、濁った悲鳴が鼓膜に刺さる。努めてそれを無視するように、五、六度目のトリガー。


「あ゛あ゛っ……!」


残りHP10の男が、仰向けに倒れ込んだ。涙で顔はぐしゃぐしゃ、体は痙攣してしまっている。


「――、――ッ」


 そろそろ酸素が足りなくて、胸が苦しくなってきた。終わらせないと。

 もう一度だけ、右手の人差し指に力を籠める。トリガーにかかる僅かな反発を押し切れば、指先に伝わるのは、一線を越えた感触。



 ばんっ。



「ぁっ――」


 最後はひどく小さな声で、男のHPは全損した。

 わたしが、その命を奪った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る